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テレビ番組「氷河期」(NHK BS 「地球事変」) について

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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この記事は、別のブログ http://macroscope.world.coocan.jp/yukukawa/ に書いている「読書メモ」の同類で、ただ、対象が本ではなくテレビ番組だ。読書メモのブログをはじめるまえに、「読書ノート」のウェブページにビデオ作品やテレビ番組についての記事を書いたことがある。ただし「教材関係の読書ノート」 http://macroscope.world.coocan.jp/ja/reading/index_edu.html の項目として、実際に授業の教材として使ったことのあるものをあげたのだった。今回のはそこにあげたものと関係がある。読書メモのブログのほうに書くかどうか迷ったが、ひとまずこのブログに書くことにした。

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今回おもに話題にするのは、NHKの「BSプレミアム」(衛星放送の3チャンネル)で2017年12月6日 16:30--18:00 に放送された、「地球事変 GIGA MYSTERY」というシリーズの「氷河期」という番組だ。番組のウェブページは http://www4.nhk.or.jp/P3682/x/2017-12-06/10/18094/2420420/ にある。2015年9月19日に最初に放送されたものの再放送だ。

番組の最後に流れた字幕によれば「制作 NHKエンタープライズ、制作・著作 NHKテレコムスタッフ」とあった。わかりにくいが、おそらく、NHKNHKエンタープライズテレコムスタッフとに下請けで作らせ、NHKエンタープライズNHK著作権を譲ったが、テレコムスタッフは分担部分の著作権をもちつづけている、ということなのだと思う。

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このシリーズは、ドキュメンタリーに分類されるだろう。視聴者の日常とちがった景観のところをたずねる観光ものと、地球の歴史についての知識を伝える科学ものの、両方の性格をもったものだと言えるだろう。

そのうちこの回は、第四紀(地球史のうちでは最近の約2百万年)を扱っている。

予告のキーワードを見て、わたしが教材に使っている、1987年の「地球大紀行」シリーズの「氷河期襲来[読書ノート]とかさなる題材を含んでいることに気がついた。1987年の作品は傑作だと思うが、今から見ると、もっと精細な画像があるとよいと思うこともあるし、学術の進展で改訂すべきところもあるかと思う。教材を新しいものにさしかえることができたらよいと期待した。

見た結果、過去の氷河のあとの地形の実写画像などはすぐれていると思ったが、わたしにとってかんじんの気候の変化の周期性やメカニズムの説明にまちがいやあいまいなところが多くて、教材には使えないことがわかった。とても残念だ。

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北アメリカ大陸のうちで、まず今は氷河がないアメリカ合衆国本土の地域で地形を観察して過去の巨大な氷河(大陸氷床)の証拠を見つける、という趣向は「氷河期襲来」と共通だ。出発点がナイアガラの滝であるところがちがうが、「氷河期襲来」に出てきたニューヨーク市のセントラルパークもちょっと出てくる。エリー湖の中の島にある岩の氷河擦痕はみごとであり氷河の侵食力を感じさせる。

それから氷河の実写が出てくるが、大部分はグリーランド氷床の風景だ。「氷河期襲来」にあったような、雪が積もって固結した氷になっていく過程の説明はなく、氷河の流動を示す こま落とし(微速度撮影)の動画はあるにはあったが短すぎて はじめて見た人にはなんだかわからないうちに次の話題に移ってしまう。これでは氷河のしくみに関する教材には使えない。しかし番組制作者がその目的に使えるとうたっているわけではないから、もんくを言うべきではないだろう。

グリーンランド氷床コアが出てくる。これは1998年の「海--知られざる世界」の「深層海流[読書ノート]に出てきたのと、同じ画像ではないと思うが、よく似た題材だ。専門家のコメントもついているので、その部分は教材に使える可能性がある。残念なのは、それに続くナレーションや図解が(あとに述べるように)学術的に不正確なことだ。

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氷河期襲来」にはなかった、今度の番組の特徴は、「最後の氷期の終わり」が人類がすでにいた時期であり、人類が気候に適応して生きてきたことを強調していることだ。

考古学の新しい成果を取り入れている。「2014年、ミシガン大学の調査隊が有力な手がかりを発見した」といい、ミシガン大学考古学研究室のアシュリー レムケさんが登場して解説している。ヒューロン湖の底 (かつての中洲)にある遺跡の石積み、石器、木の加工品(舟など)が見つかり、それは北極圏のイヌイットのものに似ているのだそうだ。

国立公園の学芸員による現地説明、(一般向きの著書で知られた)考古学者のブライアン フェイガンさんによる解説、寸劇アニメーションなどを組み合わせて、当時の人びとが、狩猟技術およびその背景となる動物の行動についての知識や、衣服をつくる(骨で針をつくって縫う)技術をもち、氷期の寒い気候に適応して生活していた、ということを述べている。

そして、今から約1万3千年前の氷期の終わりには急激な温度上昇が起こった。その場で温暖な気候に適応した人もいた。これはアニメでトウモロコシの絵などを使って簡単に示されている。他方、後退する氷河(のふちの動物)を追いかけて北へ向かう狩猟民もいた。番組はおもにこちらを追いかけて進み、現代のラブラドルでのイヌイットの生活を見せる。

なお、アメリカ大陸にいつごろどのルートで人がやってきたかという話題(番組名を思いだせない別のドキュメンタリーでは主題になっていた)は出てこなかった。複数の説があるのでとりあげるのを避けたのかもしれない。

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表題は「氷河期」となっているが、番組の中では「氷期」ということばも使われていた。デンバーにある「国立アイスコア研究所」のジェームズ ホワイト博士による説明の中で「80万年の間に7-8回、約10万年周期で氷期があった」という話があり、続いて「過去100万年に8回の氷期」というナレーションと、「氷期」(およそ10万年)と「間氷期」(1万年ほど)が複数回くりかえしていて、その全体をさして「氷河期」と書いてある図解があった。

番組のこの部分での「氷河期」は、おそらくわたしの[2012-04-24の記事]で説明した「氷河時代」に対応し、氷期間氷期を含む、少なくとも約100万年前から約1万年前にわたる時期をさしていたにちがいない。いつから始まったと考えているかはわからなかった。いつまでを含めているかもはっきりしなかった。氷期間氷期サイクルを考える専門家の多くは、現在もひとつの間氷期だと考えている。しかも番組中で、ホワイトさんもフェイガンさんも、これからまた氷期が来るにちがいない(ただし人間活動による温室効果強化のせいで、いつ来るかは不確かになった)と言っていた。したがって、用語を首尾一貫して使うならば、今も「氷河期」のうちのはずなのだ。

しかし、この番組のナレーションを聞いていて、わたしは、「氷河期」ということばが必ずしもこの意味で一貫して使われていないと感じた。「これからまた『氷河期』が来る可能性がある」と言っていた(そうだとすると今は「氷河期」ではないことになる)ような気がしたのだが、これはわたしの聞きちがいだったかもしれない。「氷期」と「氷河期」を区別して使うのはむずかしい。長いほうの期間については「氷河時代」のような表現のほうがよかったと思う。また、「氷期」より短い時間規模の寒冷期をさす用語を決めなかったので、話がわかりにくくなっていた。

氷期」については、ホワイトさんの話で「気温が今よりも5℃から10℃低かった」(どこのどの季節の気温か説明がなかったがグリーンランドで雪の降った時期のだろう)、字幕で「海面は130m下がった」などという説明があった。これは氷期の平均ではなくそのうちの氷床の極大期のことだと思うが、その区別は明確でなかった。

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氷期の終わりに地球は急激な温度上昇にみまわれた」という話があり、ホワイトさんが「13000年前、毎年1℃上昇が5年、いったん停滞してまた5年続いた。人の一生の間に10℃上昇した」と話した。

そこでナレーションに移り、「原因は太陽だとわかった」と言い、さらに「地球と太陽との距離が実際にちぢまった」と言った。そして、地球の公転軌道が変動することが図解で示されたのだが、その図は、軌道短半径がかわらず、長半径がのびちぢみするように見えた。そして「公転軌道が大きくなると氷期」と言っていた。

万年のけたの時間規模の氷期サイクルの原因ならば、地球の軌道要素による、いわゆるミランコビッチ フォーシングが重要であることがわかっている。しかしそれは地球と太陽の平均距離が変化することではない。番組で使われた図解はまちがっていた。公転軌道の離心率の変動の効果はあるけれども、それも地球に達する太陽放射の年平均値への効果は小さく、季節別の値に大きくきくのだ。

ところが、それが出てくるのは1万3千年前の急激な温暖化のところだ。しかも、この番組では、アニメの登場人物に「太陽が大きくなっていく」と言わせている。次に「この暑さは異常だ」とあるから、太陽が大きくなったというのもそこにいた人の主観としては悪くないかもしれないが、科学番組としては、太陽自体あるいは太陽・地球間の距離に当時の人の目で認識できるほどの変化があったかのような誤解を招く表現はまずいと思う。また、軌道要素の変化に伴う地球に達する太陽放射の変化は、実際は数千年から万年の時間規模で起こるのだが、気温が数年とか数十年とかで変化したことの主原因であるように紹介されるので、それと同じ時間規模で変化したという誤解も招きそうだ。

軌道要素による北半球の夏の太陽放射の偏差に注目するならば、1万年前ごろが極大だから、1万3千年前ころには(数千年にわたって徐々に)増加していて氷床の融解を強めていた、とは言える。しかしそれを説明する図解としては、楕円軌道の近日点が北半球の夏にあたることを示すべきだろう。

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番組の終わり近くでは、地球温暖化の一般的な話に続いて、「温暖化がもたらす氷河期の新しい局面とは」という話になる。

「フェイガンさんが、『温暖化が次なる氷期のひきがねとなる』と警鐘をならす」という。「海洋学の第一人者、ロバート ガゴシアン博士が2003年に発表した説」では、「深層海流」...が止まって、ヨーロッパと北アメリカが寒冷化して、一気に氷期に突入する、という。(番組で「氷期」ということばを持ち出したのはフェイガンさんではなくナレーションだったと思うのだが、わたしは区別してメモをとらなかった。)

ガゴシアンさんの説というのは (番組からはわからなかったがGoogle Scholarで検索してみたところ)、次の解説(研究論文ではない)に書かれた議論をさすらしい。

これは、大西洋の深層の南北鉛直循環が止まって、ヨーロッパや北アメリカ東部の寒冷化を含む気候変化が起きることを示唆するものだが、その類似例は新ドリアス事件(Younger Dryas event)であって、時間規模は千年程度のはずだ。また、「氷期」は英語ではふつう glacial period だが、Gagosian (2003)の文章には glacial ということばは出てこない。なお "Little Ice Age" ということばは出てくるが、これは日本語では「小氷期」で、それが示す現象の時間規模は千年よりも短い([2012-04-24の記事]参照)。「次の氷期が来る」というのは Gagosian (2003)の主張ではなく、番組の制作者がとりちがえたのだろう。

また、この因果連鎖は、ガゴシアンさんのオリジナルではなく、仮説として語る人は多いけれども、起こる可能性が高いとされているわけではない。しかしこの話題を聞く機会がほかにない視聴者には、定説と受け取られそうであり、誤解を招く番組づくりになっていると思う。

続いてナレーションは「ホワイト博士も氷期が近いと予想しています」という。しかしそこでのホワイトさんの話は、地球の軌道要素変化にともなって次の氷期がやってくるという話で、急激な気候変化の話ではない。氷期はいつか必ず来るが、何千年もかかる変化だから、人類は適応できるだろう、と言っていた。ただし、それがいつかの予測は、人間活動由来の温室効果気体のために、困難になっているとも言っていた。

番組の終わり近くで、フェイガンさんが、人間社会にとって気候変化への適応が(昔も今も)重要であることを力説している。今の人間社会にとって重要な気候変化としては、人間活動由来の地球温暖化を想定していると思う。ただし、地球温暖化が新ドリアス型の急激な寒冷化をもたらす可能性も(高くはないが無視できない確率で)あると考えて心配しているのだろう。

番組制作者は、時間規模が十年から千年くらいまでのいわゆる「急激な気候変化」(abrupt climate change, rapid climate change)に関する話題の背景知識をほとんどもたず、それと時間規模が1万年から10万年の「氷期」とを混同したまま番組をつくったにちがいないと(わたしは)思った。これではこの主題の科学番組としては失格だと思う。

「急激な気候変化」の知識は、NHKが「氷河期襲来」の番組をつくったころには、専門家のあいだでも共有されていなかったが、「深層海流」の番組では(当時なりの形で)主題のひとつになっていた。NHKが「深層海流」をつくったときの知識を今もひきついでいれば、世代交代しても、さらに下請けに発注するにしても、こんなひどいことにはならなかったはずだ。知的生産をする組織には、参照可能な形で知識を保持するしくみがあってほしいと思う。

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地球事変 GIGA MYSTERY」というシリーズ名は、近ごろのドキュメンタリー番組にありがちなのだが、驚くべき内容であることを競い合うような用語がいわばインフレを起こして、驚きの効果がない冗長な表現になってしまっていると思う。放送局やプロダクションは考えなおしてほしいと思う。

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このシリーズの番組は、次のように放送された。

氷河期」のほかはいずれも人類がいなかった時代の話なので、話題は景観と自然科学になり、人間社会への教訓はあるとしても間接的なものになる。

「地中海消滅」は、わたしにとっては、Hsü (1982) で知っていた話だったが、それ以後、証拠がふえたようだ。ただし、ジブラルタル海峡ができて地中海に水がみちるのに2年しかかからなかったというのは、おそらく不確かな仮説だと思う。

  • Kenneth J. Hsü, 1982: The Mediterranean Was A Desert.
  • [同 日本語版] ケネス・J.シュー 著, 岡田 博有 訳 (2003): 地中海は沙漠だった: グロマー・チャレンジャー号の航海古今書院

【他の回について、これから書くかもしれないし、書かないかもしれない。】