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「知的財産推進計画2014」の策定に向けた意見

国の内閣官邸の下にある知的財産戦略本部 (http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ )から、「『知的財産推進計画2014』の策定に向けた意見募集」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ikenbosyu/2014keikaku/bosyu.html )が出ていた。

言いたいことがいくつかあり、しかし、地球環境情報に関する専門家を自負しているにもかかわらずそれにふさわしい学術的立場からの論考をする時間はとれなかったので迷ったのだが、しめきりの5月16日に、個人として次のような意見をeメールで送った。

なお、同様な前回の機会は2013年3月にあり、そのときも「知的財産推進計画2013」および「知的財産政策ビジョン」の策定に向けた意見を送り、このブログにも書いた。

政治的争点になりうること、とくに現政権の政策と対立することを書くと、政治的対立に関係なく支持できる提案まで取り上げてもらえなくなるのではないか、という心配を感じる。知的公共財に関する主張を聞いてもらうために、軍事利用の件にふれるのを避けたほうがよいか、だいぶ迷った。結局、軍事利用の件にもふれたが、論点をしぼって、現政権内にも多数かどうかはともかく賛同者がいると思われる主張を構成するように努力した。

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[要旨]
知的公共財を育てることをも重視していただきたい。
公的情報アーカイブ事業担当機関には継続性が必要です。
オープンアクセスの国際学術雑誌を育てるべきです。
著作権の年限の延長は意思明示を条件とすべきと思います。
個人のfair use相当の制度が必要と思います。
職務発明の制度は研究者への配慮も必要です。
非商用プログラムの利用を促進する制度が必要と思います。
軍事利用に対する歯止めのルールが必要と思います。

[本文]
昨年3月の「知的財産推進計画2013」へのコメントとして申したことのくりかえしになってしまいますが、知的公共財の健全な発展なしに知的商業財の繁栄もありません。知的公共財を育てることをも、重要な柱として位置づけていただきたいと思います。

(アーカイブについて)
今回重視されている「アーカイブ」は、知的公共財のためにも重要な政策と思います。ここではとくに、公共部門からの情報提供(行政情報や、公共支出による研究活動の成果の提供)をとりあげて意見を申します。現在も各官庁別の情報提供は行なわれていますが、たとえば気象データならば国内の天気予報産業のように限定された目的が想定されており、その他の目的の利用者、あるいは他の情報と組み合わせて利用する人への支援が不充分です。公共目的と、付加価値をつけた商用の両面に、継続してサービスを提供できる体制が必要です。また、少なくとも学術情報や地球観測情報は、国内だけでなく外国への提供も重要です。現在、政府事業は、政権交代のほか、科学技術基本計画や各独立行政法人の中期計画の切れ目である5年ごとに、大幅な変更がされるのがよいとされているようですが、情報アーカイブ事業は、20年くらいを見据えた継続性(もちろんその間に技術革新に対応する変更も必要ですが)が必要です。それは、情報の保存自体のためにも必要ですし、国内外の情報提供者や情報利用者から信用を得るためにも必要です。アーカイブを担当する法人の監督官庁だけでなく、全府省が協力するような体制をつくり、国会にも働きかけて法人設置法改正によってその法人の本来業務とするべきだと思います。

学術情報のうち文献情報については従来から制度はありますが、たてなおしが必要です。世界に通用する学術雑誌の出版元はほとんど外国にあり、日本の研究機関はそこに代金を払わなければならず、値上がりと限られた予算の中で行き詰まりつつあります。日本が世界に商業出版で勝負することは困難ですが、オープンアクセス雑誌を育てることは可能と思います。ただし国際誌とする必要があり、日本特有のルールをつけるべきではありません。オープンアクセスの場合、経費負担義務は論文著者またはその所属機関にかかってきます。学術研究費に出版経費を計画的に含めるとともに、経費にめぐまれない人の研究成果を出版につなげるための支援のしくみも必要になると思います。

(著作権と知的公共財)
知的財産権の多くは年限のあるものになっています。知的財産は最終的には知的公共財にとけこんでその後の知的生産の基盤になるわけです。著作権の年限を単純に延長することは、公共財を貧しくすることになります。著作権者が延長してほしい意思を明確に示したものだけ延長するのならばよいと思います。また、著作権が有効な期間内でも、孤児著作物対策や、著作権保有者に出版する能力が乏しく利用したい人がいる場合に双方に不満の残らないような調整も考えるべきだと思います。

音楽の著作権は、音楽産業に雇用された人以外の創造性の芽を摘んではなりません。アメリカ合衆国の法律でいえばfair useにあたるものの一部を、日本の法制度に合った形で、明示していく必要があると思います。たとえば、しろうとが、音楽産業による摘発におびえずに、メロディーの作者や曲名をたずねるためサンプルをネット上に置く自由、既存のものと似ているかもしれないが自分では自作だと思っている曲を公開する自由、かえ歌を(名誉毀損にならない範囲で)公開する自由、などはあるべきだと思います。映像についても同様なことが言えると思います。

(職務で生産された知的財産について)
今回の重点は職務発明の件のようですが、議論が企業の立場に偏っているように思います。労働者の立場にももっと配慮がひつよう必要だと思います。企業の場合は雇用主に帰属する形に賛成する人のうちにも、大学では違うという考えもあります(例、山本大臣所感の別添の細野教授の意見)。わたしは「大学では個人に帰属するべき」と主張するわけではありません。しかし、研究者のキャリアについては、終身雇用よりも、雇用主間で移動しながらキャリアを積むことが奨励されています。移動すると自分の発明を使えなくなるのでは、人事が停滞します。発明や利用の性格に応じた個別対応が可能な制度が必要と思います。

職務上のプログラムの著作権についても同様な問題が生じます。雇い主またはプロジェクト発注者が、職務上作成されたプログラムを知的財産として使う意図をもって、そのための制度を整備している場合は、それでよいと思います。しかし、利用には法人の許諾が必要というルールを作りながら、許諾する事務体制を作らないと、せっかく作ったプログラムが、法人外のだれも使えないものになってしまうおそれがあります。著作権者に商品とする意思はないが、利用の需要はあるプログラムについては、事務的に煩雑でなく、著作権者の意向に反しない流通が可能になるようなライセンス制度を整備すべきだと思います。

(知的財産の軍事利用について)
知的財産政策には、人道に反する利用を(防ぐのは困難でも)促進しない配慮が必要です。軍事利用可能な技術には、それ以外の利用が可能なものもあり、規制はむずかしいです。しかし、少なくとも明確な軍事技術は、国際法や世界の人権規範の観点から規制すべきだと思います。たとえば、日本の防衛技術のアメリカ合衆国との共有は安全保障条約のもとで必然かもしれませんが、日本はイスラエルパレスチナの紛争に関して一方に加担しない政策をとっているのですから、パレスチナに出してはいけない技術情報は、イスラエルに渡らないという確約がない限り、アメリカに対しても出してはいけない、という方針を明確にすべきだと思います。