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TPP貿易協定には自然資本保全条項(ナチュラル・ダンピング関税など)が必須

いわゆるTPP (環太平洋戦略的経済連携協定) に対して、菅総理大臣や、いくつものマスメディアが「前向き」なのだそうだ。国の間の意思疎通をよくすることはよいことだろう。すべての国の間で無差別にしたほうがよいのだが、世界じゅうの国の代表を集めると何も決まらなくなるとすれば、近いところから始めるのもよいかもしれない。それならば日本は東アジア・東南アジアでやるべきだと思うが、「環太平洋」であっても反対するほどのことではない。

しかし、TPPは基本的に自由貿易協定であり、しかも今までの二国間協定とは違って、農産物も含めて関税をなくすことが原則となっているそうだ[農文協(2010)の読書メモ]。その原則をそのままにして、日本がこれに積極的に参加することには、わたしは反対する。

貿易の制限をなくしたほうがよいという理屈には、いろいろな前提がある。わたしから見て最大の問題は、経済的利益に関する評価であること、しかも、市場の需要と供給がつりあう程度には長いと想定されているが人の一生に比べて短い期間の利益の評価に基づいていることだ。

人は、そして人間社会は、生きつづける必要がある。ところが現代世界の人間社会のしくみはこのままでは持続不可能であり、持続可能なように組みかえていかなければならないところなのだ。

人間社会は自然環境の中にあり、自然環境の資源を消費している。資源のうちには自然によって更新されるものもあるが、更新されず減っていくものもある。こういうものを、自然資本の消費として評価に入れるべきだ[Daly (1996)の読書ノート][倉阪(2010)の読書メモ]。そうしないと生産活動として自然資本を消費するほうが有利になりますます促進されてしまう。

自然資本のうちでまず重要なのは土壌だ。これは自然に更新されるものの、それはゆっくりした現象なので、耕作に伴って失われてしまうことが多い[Montgomery (2007)の読書ノート]。水資源もそうだ。地下水は、自然の更新よりも速く使ってしまう場合は更新不可能な資源と見るべきだ。(アメリカ合衆国南西部の水問題についてはAlbuquerque Journal記者のJohn Fleck氏の個人ブログ http://www.inkstain.net/fleck/ が詳しい。) もちろん、エネルギー資源もそうだ。化石燃料の消費も、将来の人がそれを使う機会を奪うことを自然資本の消費として負に評価することが必要だろう。ここにさらに温暖化問題に関する考慮が加わるが、ひとまず別にしておこう。

自然資本のうちには、経済学でいう公共財になっているものがある。また私有財産であっても、その代金はたまたまそれを保有している人の権利に対して払われるだけであり、保有者が資本の減少ぶんを補う義務を負うとは考えられていない。

人間社会の持続可能性を高めるために、とくに自然資本の保全については、市場まかせにするのではなく、明示的に支援する政策が必要だ。持続可能な農業には、農作物を作る仕事だけでなく、土壌を生産可能な状態に保つ仕事がある。仮に農作物の生産として採算がとれないとしても、土壌の保全を支援する政策をとるべきだろう。

自由貿易協定を結ぶにあたっては、次のような原則を含めることが必要だと思う。

  • 自国の自然資本を保全するための政策は、貿易障壁とみなさない
  • 輸入商品について、その生産過程(運搬過程を含む)での自然資本の減少に対する費用が価格に含まれていない場合は、ダンピングとみなしてそのぶんの関税をかけることができる

農業に伴う自然資本の減少として考えておくべきものを列挙してみる。

  • 土壌について
    • 土壌流出
    • 塩分の集積 (灌漑水が蒸発する状況で起こりやすい)
    • 農薬などの有害物質の集積
    • 土壌生態系の変化 (上記のほか肥料などの影響)
  • 水資源関連
    • 更新されない地下水(化石地下水)の減少
    • 灌漑のためのダムの上流・下流の生態系変化
    • 水質汚染とそれに伴う生態系変化
  • 化石燃料の消費 (更新可能エネルギー資源によってまかなわれる分を除く)
    • 農業機械
    • 化学肥料
    • 農薬
    • 灌漑ポンプ
    • 輸送

もちろん、自然資本の減少の評価はむずかしい。しかし対策はすぐ打たなければならない。ダンピング課税の慣例に従って、輸入国は自国のルールに従って計算して課税してしまう。輸出国がそれに不満ならば根拠を示してさしとめ請求する。解決しない場合には国際紛争になるが、それを平和的に解決するしくみを用意しておくことこそ、今追求すべきpartnershipだろう。

なお、自然資本の問題のほかに、農家の持続性という、いわば人間資本・社会資本の問題もある。市場が平均的によいつりあいを示していても、ゆらぎが大きすぎると、不利にゆらいだときに農家の生活が成り立たなくなってしまい、有利にゆらいでも復帰できなくなるおそれがあるのだ。