【まだ書きかえます。いつどこを書きかえたかを かならずしも明示しません。】
【結論的主張は 途中の 3 節にあります。】
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日本の学校教育の教科書をはじめとする教材での物理量の単位は、SI (国際単位系) に準拠したものに、だいたい統一されている。社会の現場でつかわれている単位がさまざまであっても、教育の現場では首尾一貫した単位をつかうのがのぞましい、それには世界標準にあわせるのがのぞましいという考えで、1960年代からすこしずつ進んで、ここまできたのだと思う。
ところが、教科書や試験問題などでの記述のなかで、単位をどのようにあつかうかについて、物理学そのほかの理工系分野の専門家のやりかたとちがった、日本の高校の物理という「むら」に特有の慣習が生じてしまった。
物理学などの専門家がのぞましいと思う書きかたは、だいたい、つぎのようなものだ。数量の数値を書くばあいには、長さ「3 m」、時間「30 s」 (30秒) のように、単位をつけるが、数量を文字であらわすばあいは、長さ「L」、時間「t」のようにし、単位は書かない。
ところが、日本の高校の物理の教材では、「L [m]」、「t [s]」のように、数量をあらわす文字のあとに、角かっこにいれて単位をつける。
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たとえば、日本高校物理流に書かれた、つぎのような問題があったとする。
速さ V [m/s] で 60 [s] 移動した距離はいくらか。
選択肢式の問題だったとして、正解は 「60 V」とするべきだろうか、「60 V [m]」とするべきだろうか?
問いが「いくらか」でなく「何 m か」だったら正解は「60 V」だろうか?
これは出題がまずいと思う。日本高校物理流の「[m/s]」が、読みとばすべきものか、読まなければならないものか、あいまいなまま、つかっているからだ。
わたしは、つぎのようにするべきだと思う。
- V を、物理量の次元をもつ変数記号としてつかうばあい。
- 速さ V で時間 t1 のあいだに移動した距離は 「V t1」。
- 速さ V で 時間 60 s のあいだに移動した距離は 「60 s × V」。 (念のためかけざん記号「×」をいれた。ここでの s は単位記号であって変数記号ではない。V は速度の次元をもつ量の変数記号なので、60 s × V 全体は長さの次元をもつ量だ。)
- V を、数値をあらわす記号としてつかうばあい。
- 速さ V m/s で 時間 60 s [単位に角かっこなし] のあいだに移動した距離 は「60 V m」 (この m は単位記号)。
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この主題についての物理の専門家の意見として、たとえば、つぎの論文 (研究成果の論文ではなく、論じる文) がある。
- 小牧 研一郎, 2018: 教育現場における単位の扱い。『大学の物理教育』, 24 (3): 117-121. https://doi.org/10.11316/peu.24.3_117
文章中での単位の表記に関するかぎり、わたしの意見は小牧さんのものとほとんど同じだ。ここからはわたし自身のことばでのべる。
文章中で かっこ を つかうばあいには、原則として、かっこ と その なかみ は それをふくむ文にとって必須のものではなく、省略しても文の趣旨は (おおすじでは) かわらないものであるべきだ。かっこの種類が角かっこであってもそうだ。
ところが、日本の高校の物理の書きかたでは、省略してもよい 「L [m]」のようなものと、省略できない「3 [m]」のようなものがまざっていることがある。省略してよいものがあまりにおおいので、角かっこいりの要素をみんな無視したくなるが、そうすると、必要な単位を見落としてしまうことがある。
物理量をあらわす文字のあとには、たとえ かっこいり の形であっても、単位をつけるのはまずい。もし必要ならば、「(SI単位は m)」のように明示して書くべきだ。
他方、数値に単位をつけて数量をあらわすばあいは、数値は かっこいり (たとえば「3 [m]」) ではなく、おもてにだして、たとえば「3 m」のように書くべきだ。
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ちかごろ、高校の物理の教科書も、いくらか、小牧さんやわたしがのぞましいと思う方向に変化してきているようだ。
とくに、東京書籍の高校の「物理」という科目の教科書、『物理』 (2022年2月 検定ずみ、2023年2月発行、検定のためにつけられた記号「2・東書・物理701」 ) では、角かっこいりの単位表記はまれになった (数値の表にはでてくるが)。同じ東京書籍のひとつまえの「物理」の教科書『改訂 物理』(2019年2月 検定ずみ、2021年2月発行、「2・東書・物理308」) で、角かっこいりの単位表記がたくさんあったのとは、大きくかわった。
しかし、最近のものでも、数研出版の 『物理』(2022年2月 検定ずみ、2023年1月発行、「104・数研・物理706」) では、あいかわらず角かっこいりの単位表記がたくさんつかわれている。教科書編集チーム (著者と出版社) ごとに判断がわかれているようだ。
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物理の教科書に出てくる数式で、数量をあらわす文字は、おおくのばあい、(無次元量をあらわすばあいをのぞいて) 「単位のついた数値」とひとしくなりうる対象をあらわしている。単位の換算をしても、式はかわらない。そのようなばあい、(わたしがのぞましいとおもう表記では) それに単位記号をそえるべきではない。
ところが、ときどき、数量をある単位であらわしたときの数値を文字であらわしていることがある。単位を換算すると、式を変更しなければならないことがある。
そのようなばあいの例として、気づきやすいのは、温度を セルシウス温度目盛り (℃) であらわした数値が出てくるばあいだ。温度の数量記号 T (大文字) は K (ケルビン) を単位とするばあいにつかう習慣があるので、℃ による数値に t (小文字) がつかわれていることがある。高校の物理の教科書のうちでは、空気中の音速を温度の1次関数で近似する式にこの t が出てきた。【また、高校の教科書ではないが、大学レベルの気象学の教科書で、飽和水蒸気圧を計算する Tetens の式は、おおくのばあい、温度の℃による数値を t として書かれている。】 その t が温度だからといって、 K を単位とした温度をそのままいれると、まちがった計算になる。
【この記事の本題からはずれるが、物理量の記号としては、小文字の t は時間につかうから、温度にはなるべくつかいたくない。もっとも、逆に、時間の次元をもった量について、t を時刻に使うのと区別して、周期に T がつかわれることもある。温度が temperature であり、時間は (英語では time だが) ラテン語の語根が temp- だから、(計算機プログラム変数名などで) 複数文字つかえたとしても、まぎらわしくなりやすい。】
しかし、セルシウス度の数値をふくむ経験式を、物理量だけをふくむ式にするのはなかなかむずかしい。0 ℃ にあたる温度をあらわす文字記号 「T0C」 を導入し ( 「T0」は文脈ごとにいろいろな意味でつかわれるので、もうひと文字おおい形にした)、経験式の「t」を「T - T0C」でおきかえてから整理すればよさそうだが、おぼえやすい式にはならないかもしれない。
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数量の数値の表やグラフにしめされた量の単位をどのように書くか、という問題もある。
数値の表のそれぞれの ますめ には、ふつう数値だけを書く。単位は、表の列ごとに見出し行に書くか、図の説明文にだけ書くことがおおい。
表に出てくる数値はなにかと問えば、おおくのばあい、それは、数量をそれとおなじ (物理量の) 次元をもつ単位でわって無次元化したものだ。たとえば、時間 t を s という単位であらわした数値ならば、その列の表題には「t / s」と書くことができる。
グラフの軸も、紙面上の長さを長さの次元で考えることをやめて、「(画面上の図形の長さ) / (画面の辺の長さ) 」 という無次元量 (同じ次元の量どうしの比) でとらえることにすれば、グラフに表示されるものは、対象となる量を単位でわって無次元化したものとみなすことができる。したがって、同様に、軸があらわす量は、たとえば「t / s」だとすることができる。
小牧 (2018) の論文では、おわりのほうで、そのような主張をしている。わたしは、それと同様な主張を、McGlashan の本 (日本語版 1974) 以来 あちこちで読んできて、もっともだと思いながら なかなかしたがえず、数量をあらわす文字のあとに かっこいり (その かっこ は 角かっこ だったり 丸かっこだったりするが) で そえるという中途はんぱな形からぬけだせないでいる。
- M. L. [Maxwell Len] McGlashan 著, 関 集三、徂徠 道夫 訳, 1974: 『SI単位と物理・化学量』。化学同人, 132 pp. [読書メモ]
わたしが「量記号 / 単位」の形になかなかしたがえない理由のひとつは、温度を ℃ であらわした数値をしめしたいことがおおいことだ。それは「T / ℃」ではない。上にのべたように T0C という温度の次元をもつ定数を導入すれば、「(T - T0C) / K」なのだ。原点が問題ではなく差だけが問題のときは ℃ と K とは同じだから、「(T - T0C) / ℃」でも同じことだ。しかし T0C を説明しなければならない。それよりは「温度 [℃]」のほうが見やすいと感じるのだ。
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すこし一般化してかんがえると、「量記号 / 単位」の形の表記が適切なのは、数量が Stevens (1946) のいう「比例尺度」 (ratio scale) であるときなのだ。セルシウス温度目盛りであらわした温度は、差は意味をもつが、比は意味をもたない (温度差どうしの比は意味をもつが)。これは「間隔尺度」 (interval scale) なのだ。
- S. S. Stevens, 1946: On the theory of scales of measurement. Science, 103: 677 -- 680.
- この議論は、[ 2021-02-04 数学と数量的考えかたの教育について考えること (3) ] の 4節で紹介した。
われわれは、比例尺度だけでなく、間隔尺度を必要とする。その数値を表やグラフにするときどう書くのが適切かは、まだ未解決な課題であるようだ。
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自然科学ではもとの物理量の対数に比例する量もよくつかう。星の等級、地震のマグニチュード、音波や電波のパワーのデシベル (dB) を単位のようにつかった表現などだ。対数自体は無次元量であり、その真数 (「log( ... )」のかっこの中にはいるもの) も無次元であるはずだ。ただし真数を無次元化する段階で、どんな 単位 あるいは 物理量 でわったのか、という情報もほしくなることがある。このような数値の意味をまぎれなくつたえるのには単位表記をどのようにふくめたらよいかも、未解決な課題だと思う。
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物理科学 (物理にもとづくさまざまな専門分野) の専門家も、(数式計算を Mathematica や Maple などでやるときは別として) 数値計算を Fortran や Python (Numpy) などでやるときは、単位をはずした数値について計算している。「物理量を単位で はかった (scale した) 数値」を変数記号で表現したいことはある。物理量を変数記号であらわすのと、つかいわける必要がある。