macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

「Sustainable」を かたかな で書くならば「サステーナブル」だろう

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしも しめしません。】
【わたしはこの主題の専門家ではありませんが、いくらか知識のある個人として意見をのべています。わたしの意見としての結論は、最後ではなく、2節にあります。】

- 1 -
まえに書いた記事 [2019-02-02 日本語のなかでの外来語をローマ字でどう書くか] のなかで、ローマ字表記のほかに かな 表記にもふれたが、その かな のほうの具体例のような話。

2025年4月8日、Twitter の「毎日新聞校閲センター」のアカウント (@mainichi_kotoba) が、「持続可能な」という意味の英語の「sustainable」を日本語の外来語として かたかな で書くとしたらどう書くか、という問題を論じていた。Twitter の「投票」のようなことをやってアンケートをとっていたが、選択肢が「サステイナブル」「サステナブル」「サスティナブル」の3つだった。4月18日につづきがあって、Twitterに応答した人のうちでは「サステナブル」が相対多数となったとのことだった。

4月8日の tweet を見た時点で、わたしは、なんだか変な感じがしたが、なぜ変なのか、すぐにはわからなかった。わたしは、日本語でも外国語のつづりがそのまままざってかまわなければ「sustainable」と書くし、日本語にそろえるべきときは「持続可能 (な)」と書くし、他人が書いたものを書きうつすときは文字づかいをかえるわけにいかないので、この語を 自分の判断で かたかな 表記する必要にせまられたことがなかったからだ。しかし、しばらくかんがえてみて、もしせまられたら、わたしは「サステーナブル」と書くだろう、ということに気づいた。毎日新聞のアカウントは、重要な選択肢を書きわすれている、とおもった。

- 2 -
わたしは、日本語の「エー」や「エイ」のたぐいの音 [注] を表記するときの原則にしたがうと、「sustainable」は「サステーナブル」になるとおもっている。ただし、もしかするとそれは 1970-80年代の常識であって、いまはかわってきたのかもしれない。

  • [注] ここでは、日本語のかな表記で、五十音表のエ段の字を、「エ」「え」で代表させることがある。

ここで、英語の「sustainable」の「ai」は強く発音される母音であって、その発音が、国際音素記号 (IPA) あるいは英語学習用の発音記号で [ei] であることは、まぎれがない。この [ei] は、[e] と [i] がならんだものではなく、ひとつの複母音だ。【わたしが1970年代にならった表現では「二重母音」だったし、いまもそうよばれているとおもうが、いまのわたしはここで日本語の「二重」をつかうのは変で、「(二つの母音または半母音からなる) 複母音」というべきだとおもっている。】 この [ei] をすなおに日本語の音で近似すれば「エイ」である。かたかな表記を発音の近似できめるのならば、「サステイナブル」できまりだろう。

しかし、現代日本語のなかで、英語由来の外来語では [ei] はエの長音でうけることが慣例になってきた [注]。たとえば、「つくえ」の同類の table [teibl] は「テーブル」とし「テイブル」とはしない。その慣例にしたがえば、sustainable [sʌsteinabl] は「サステーナブル」が妥当なのだ。

  • [注] 例外はある。数の「8」にあたる eight [eit] は「エイト」であり「エート」とはしない。

- 3 -
話題をひろげてみる。現代日本語で、「エイ」と「エの長音」は区別なくつかわれることがおおい。

例外はある。漢語でも外来語でもない、いわゆる「やまとことば」についてかんがえてみると、「けいと」[毛糸] は「け」と「いと」からなることばであって、「ケート」のように発音してしまうことはありうるが、規範のたちばからは、ただしくない発音とされるだろう。他方、あいづちの「ええ」は、かけごえの「えい」とはちがう。「ええ」は、(「姉」[あね] の関連の語にちがいない) 「ねえさん」とならんで、かなでもローマ字でも「エの長音」であることを意識しなければならない語としてとりあげられる。しかし、やまとことばには、「エの長音」をふくむ語も、「エイ」をふくむ語も、すくなくて、規則性をかんがえるのはむずかしい。

日本語のなかの漢字音 (呉音、漢音) にはもともと長短の区別がなく、「エ」という字音はあるが「エー」はなかった。そして、いつのころからか、字音が「エイ」であるものが「エー」と発音されることはかまわなくなった。西暦1600年ごろのポルトガル語話者が「ei」と (たとえば「平家」を「Feiqe」と) 書きとっているが、「エイ」だったか「エの長音」だったかはよくわからない。

1960年代の子どもとして、わたしは、たとえば「けいき」[景気] の「けい」は、標準的発音は「ケー」(エの長音) だが、かなづかいの約束として「けい」とかくのだ、と理解した。他方、英語由来の外来語の「ケーキ」は、英語 cake に忠実には「ケイク」となりうるが、日本語としての標準的発音はやはりエの長音であり、かな表記の約束として「ケー」とするのだ、(なお「キ」はこの語にかぎった慣習だ)、と理解した。

- 4 -
ところが、日本語圏では、2000年ごろ以後の傾向として、漢字音の「エイ」を、エの長音でなく「エ」「イ」と発音する人がふえてきているかもしれない。それは、もしかすると、声で話す機会よりも、(パソコンや「スマホ」をふくめて) 文字を読み書きする機会のほうがおおくなっていて、「エイ」がエの長音で発音されることを意識せず、文字をすなおに読むようになっているのかもしれない。それと並行して、英語由来の外来語の [ei] も「エイ」と発音するようになり、文字でも「エー」とせず「エイ」とする人がふえてきているかもしれない。

Sustainable が日本語のなかでつかわれるのはわりあいあたらしいことだから、はじめから「サステーナブル」よりも「サステイナブル」のほうがおおかった、という可能性もある。

- 5 -
「サスティナブル」はまちがいだと、わたしは日本語表記の規範のたちばでいいたい。現代では「ティ」は [ti] という1拍の発音の表記につかわれるのがふつうだからだ。(あとの 7節でのべるように) 英語の弱く発音される音節の近似ならば「ティ」も「テイ」も同程度によいことがありうるのだが、強く発音される音節については区別すべきだろう。

ただし、事実として「サスティナブル」というつづりがあらわれた現象の原因は理解できる。英語の複母音 [ei] は単母音が [e] [i] とならんだものとはちがう。そこで「サステイナブル」のような「エイ」をふくむ表記に不満を感じ、別の表記がほしくなることがあるだろう。

【エではなくオの件になり、「エイ」と「オウ」の事情は、とくにローマ字では大きくちがうのだが】、1920年にできたカナモジカイでは「東京」を「トゥキョゥ」のように書いた。長音をあらわすためにつかわれている「ウ」を、「ウ」の発音をあらわす「ウ」と区別するために、小さい文字を導入したのだ。1920-30年代ごろ、「トゥ」で[tu] という1拍の発音をあらわすことは、人によってはあったが、ひろく普及した習慣にはなっていなかった。カナモジカイは1970年代にも「トゥ」を長音につかっていて、「トゥ」を [tu] につかっていたわたしにはゆるせなかったのだが、「トウ」と区別したつづりかたがほしかった気分はわかった。同様に、「サスティナブル」と書きたくなる気分はわかる。

- 6 -
「サステナブル」もまちがいだと、わたしは感じる。それは、ここに「テ」があると、英語の短母音の [e] をふくむ [te] があるのだとおもってしまうが、その音は [tei] の音とはだいぶちがうからだ。

しかし、英語由来の外来語のかたかな表記は長くなりがちなので、他の語との判別に必要のない長音記号は省略したい、という気もちはわたしにもある。その意味で「サステナブル」と書きたくなるのも理解できる。【毎日新聞校閲センターは「センター」を「センタ」としていないから、その主義を徹底しているともおもえないのだが。】 したがって、わたしは、自分以外の人が「サステナブル」と書いたのを、「サステーナブル」と訂正せよとは言わないことにしようとおもっている。しかし「サステナブル」はわたしが書く語彙にはふくまれていない。

- 7 -
英語の弱く発音される母音を かたかな であらわすばあいは、いくつかの可能性があって、どれがよいかきめられないことがある。

英語で強く発音されるとき [ei] [e] [i] [i:] となる音素が弱く発音されるときは、いずれもイとエのあいだのような音 ( [I] と書かれることがある) になる。これも「イ、エ」のどちらでも同じ程度にもっともだし、長めに発音されれば「エー」になってもおかしくない。上の1節からリンクした [2019-02-02 日本語のなかでの外来語をローマ字でどう書くか] の記事の 4 節でふれた「climate」の「a」のばあいがそうで、もし強く発音されるとすれば [ei] となるから、わたしの個人的規範では「クライメート」となるが、ちかごろの日本語の変化によれば「クライメイト」がよいのかもしれない。しかし実際は弱く発音されて複母音かどうかわからなくなるから、発音から文字にすれば「クライメット」あるいは「クライミット」かもしれない。どれがただしくて どれがまちがいだ といえないので こまる。この語のばあい、日本語では「気候」とすればよく、こまるのは英語圏の団体名などを表音的に かたかな でつたえたいときだけなのだが。

いわゆる「あいまい母音」[ə] も、発音からでは、(「イ」はかんがえにくいが) 「ア、ウ、エ、オ」のどれでも同じ程度にもっともで、かな表記がさだまらない。英語のつづりにもどって、もし強く発音されたばあいの音をかなで近似するしかなさそうだ。

- 8 -
「Sustainable」に関連する名詞「sustainability」 (持続可能性) のばあいはどうだろうか。この語の主アクセントは「bil」の「i」にある。「ai」には副アクセントがあるので、発音はやはり [ei] だろう。したがって、2~6節の議論はこの語についてもなりたち、わたしならば「サステーナビリティー」としたい。ただし、主アクセントではないので、「サステナビリティ」としてしまうことへの抵抗感は、「サステナブル」のばあいよりもよわまる。