【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】
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「うそ [嘘]」ということばについて、いきちがいがおこることがある。ネット上でみかけた例をもとに、戯画化した例をあげる。
- A 「きのう言った X は うそだった。ごめん。」
- B 「うそつきは許せない。絶交だ。」
「うそ」ということばには、意味のひろがりがあり、大きくわけて二つの意味があるといえる。おそらく、この例の A はその一つの意味でつかい、B は別の意味に解釈してしまったのだ。
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一つめの意味は、論理学 (のうち、初歩的な部分である二値論理) でつかう「真、偽」の「偽 [ギ]」にあたる意味だ。この「真、偽」は、英語では「True, False」であり、コンピュータ言語でもそこからみちびかれた表現がつかわれていることがおおい。日本語の書きことばではほとんど「真・偽」となっているだろう。しかし、話しことばで「それはギです」といわれてもききとりにくいので、むしろ「ほんと、うそ」のほうがよくつかわれているとおもう。この「うそ」を、かりに「うそA」としよう。
この「真、偽」は、ある文が記述していることがらが、事実とあっているか、ちがっているか、ということである。その文を発信した人の意図を問題にはしていない。
【(この記事の本すじからはずれるが) 数理論理学の文脈で、ある文が「真であるか偽であるか」をしめす変数を、英語では truth ということがあるが、それに対応する日本語を「真理」とするとわけがわからない。「真理値」となっていることがあるが、むしろ「真偽値」がよいだろう、という議論を読んだことがあるが、出典を思い出せない。】
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他方、「うそ を つく」という表現は (単に「偽である文をのべる」という意味につかわれることもあるが、おおくのばあいは) 「偽である文を、偽であることを承知で、真であるかのようにのべる」ことをさしている。これは、人間社会の道徳のうえで (原則としては) わるいこととされる。「うそ」という名詞だけでもこの意味になることがある。かりに「うそB」としよう。
1節であげた例でおきたいきちがいは、A が「うそA」のつもりでつかった「うそ」ということばを、Bが「うそB」だとおもってしまった、というものだ。
このいきちがいをさける道は、「うそA」の意味で「うそ」ということばをつかおうとするときは、「うそB ではない」ことを明確にのべることだろう。論理の話題で「ほんと、うそ」をつかいなれていて、「うそつき」についての道徳の話題をあまりしない人にとっては、むずかしいことだが。
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この話題は、すでにこのブログでとりあげたつもりだったのだが、まだだった。ただし、「デマ」ということばを論じる記事を 3つ書いていた。「デマ」は、ここでいう「うそ」であって、さらに、聞き手がある方向の行動をおこすようにけしかけるものだといえる。わたしは「デマ」ということばは意図的にひろめられた (と推定できる根拠がある) ばあい (ここでいう「うそB」に対応するもの) にかぎってつかうのがよいとおもう。しかし、2013年ごろすでに、これを、ここでいう「うそA」 (ただし、それを聞いた人がある方向の行動をおこしたくなるようなもの) をさしてつかった発言がひろまっていた。それで、わたしは用語を整理しようとしたのだった。