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地磁気逆転進行中の気候変化について、なにがわかったか

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日本第四紀学会は、2018年の「若手学術賞」を、北場 育子さん(立命館大学)に与えた。それは、Kitabaほか(2017)の論文に対する評価によるものだった。選考理由を読んで、わたしはこれは賞にあたいする すぐれた研究だと思ったが、選考理由の文章には納得がいかなかった。

この論文は、2017年1月にオンライン学術雑誌 Scientific Reports に出たもので、検索してみると、立命館大学から2017年1月16日づけでプレスリリースが出ていた。

地球磁場の弱化が気候に多大な影響を及ぼす証拠を発見
銀河宇宙線が作る雲が深く関与し寒冷化が起こる
http://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=562

この前段、「地球磁場の弱化が気候に多大な影響を及ぼす証拠を発見」までは、わたしもよいと思う。後段のうち「寒冷化が起こる」は含めてもよいかもしれない。しかし「銀河宇宙線が作る雲が深く関与し」は、研究の背景となった仮説ではあるのだが、わたしがこの論文を読むかぎり、研究結果から導かれる結論ではないと思う。著者は後段の説を裏づける結果が得られたと主張しており、その主張を含む形で論文が学術雑誌に採用されたので、大学からの広報がこのようになったのは無理もないだろう。しかし学会の賞の選考理由としては、前段相当のところだけをとりあげるべきだったと、わたしは思う。

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地球の地磁気のうち、単純な棒磁石のような磁場を「双極子」と言っている。地球の双極子磁場は逆転をくりかえしている。双極子の今の向きを「正」、南北が反対になったものを「逆」と呼ぶ。比較的長く続いた正・逆の磁極期に、新しいほうから、Brunhes (ブリュヌ、B)正磁極期、Matuyama (松山、M)逆磁極期と名まえがつけられた。M/B境界は約78万年まえ、海洋酸素同位体ステージではMIS 19中にある。地磁気の逆転はもうすこし頻繁におこっていた。M逆磁極期のうちに、Jaramillo (ハラミヨ) 正磁極亜期がみとめられる。Jaramillo期のはじまりは約107万年まえ、MIS 31中にある。

Kitabaほか(2017)の研究では、M/B境界と、Jaramillo前の、ふたつの地磁気逆転事件にともなって、気候がどのように変わったかを、大阪湾の海底コアによって検討した。

海底コアの堆積物の残留磁化をはかり、地磁気の磁場強度(相対値)の指標を得た。また、同じコアの花粉を分類してかぞえ、modern analog法で、年平均気温、最暖月気温、最寒月気温、夏(4-9月)の降水量を推定した。

その結果、地磁気強度の弱まっている期間に対応して、大阪湾周辺では、M/B境界付近では5千年ほど、Jaramillo前では8千年ほどにわたって、夏も冬も気温が低く、夏の降水量が少なかった。M/B境界付近の、その前後の期間に対する偏差は、最暖月気温で -2℃、最寒月気温で -3℃、夏(4-9月)の降水量で -100〜200 mmとなった。Jaramillo前の偏差もそれと同じかもう少し大きいものだった。

これで因果関係が論証されたわけではないが、グラフを見たわたしの直観的印象では、地磁気から気候への因果関係がありそうに感じる。わたしは、ここまでが重要な結果で、学会での表彰にあたいすると思う。

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ここまでの事実の関連では、わたしには次のような疑問が残っている。ただしいずれも基本的な結果を変えるものではない。

まず、上にもふれたグラフ(図3)を見ると、M/B境界の直後に、3千年ほどの、気温が高く、気温の年較差が小さく、降水量が多い時期がある。上に述べた地磁気逆転前の偏差がいずれも逆転しているのだ。それが磁場がふたたび強まったことへの応答ならばもっともなのだが、グラフによれば、気候指標の偏差の逆転のほうは磁場逆転後すぐおき、磁場強度の増加のほうは遅れておきているようなので、因果関係の説明がしにくい。(ただし、実際の磁場は双極子だけではないから、とくに逆転進行中で双極子が非常に弱いときには、磁場強度の推定の不確かさは大きいだろう。だから、もしかすると、遅れていると判断できるほどのシグナルはないかもしれないが、この点は、磁場強度推定の専門家の目でないとわからない。) このできごとには、論文ではまったくふれられていない。

それから、気温や降水量の推定にmodern analog法を使っているが、花粉の組み合わせには現在のどこにもない "no analog" もありうる(Williams & Jackson, 2007)。そのような場合にどのように対処しただろうかという疑問がある。ただし、この論文の共著者には花粉による気候復元推定の専門家である 中川 毅さんがはいっているから、このようなことは検討ずみにちがいない。

また、降水量が減ったことを(この論文の表現ではないが)その地域の気候が「乾燥した」と受け取ってよいか、という問題があると思う。森林が成立するかどうかなどに関連する乾湿条件は、降水量よりも、降水量と可能蒸発量(地面がじゅうぶん湿っていたと仮定した場合の蒸発量)との比だと考えられる。この研究の結果では、地磁気双極子が弱まったとき、降水量が減るとともに、気温が下がるのにともなって可能蒸発量も減っているから、(わたしはくわしい検討をしていないが) 乾湿のどあいはあまり変わっていないだろうと思う。

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この論文の研究で、しっかり復元推定できたのは、大阪湾の海底に花粉が届くような、大阪湾周辺地域の気候だ。

しかし、著者は、それがもっと広域の気候の代理(proxy)変数であるとも主張する。

  • 最暖月気温 ... 太平洋気団の温度
  • 最寒月気温 ... シベリア気団の温度
  • 夏の降水量 ... 東アジアの夏のモンスーンの強さ

その根拠は、論文の注22番と29番から参照された文献(いずれも中川さんが筆頭著者)に書いてあるらしいのだが、わたしはまだ見ていない。

この論文の本文と図解を見たかぎりでは、著者は、太平洋気団とシベリア気団が夏冬を問わず存在し、大阪あたりには、夏には太平洋気団、冬にはシベリア気団が進出してくるというとらえかたをしているらしい。また、大阪あたりの夏の雨が多い少ないは東アジアの夏のモンスーンの強い弱いに支配されており、モンスーンの強さは海陸の温度差に支配されているというとらえかたをしているらしい。

わたしがもつ、たぶん気象学専門集団に共通の常識からは、そのようなとらえかたはうまくないと思う。気団というとらえかたはおおづかみな近似としては悪くないが、夏と冬のあいだで(とくに大陸上の)気団が持続しているという描像は現実にあわないと思う。また、大阪あたりの夏の雨を、広い意味でモンスーンの産物といえなくはないが、その強弱が太平洋とユーラシア大陸との温度差に支配されているとは考えにくい。(冬の季節風ならば(冬の)海陸の温度差によると言えるかもしれない。また、熱帯の夏のモンスーンならば、毎年の雨季入りまえの段階で海陸の温度差がきいているのはたしかだが、雨季になってしまうと、上昇域は水蒸気が集まって凝結するところであり、地表面の温度差はどうでもよくなってしまう。)

著者は、大阪湾での冬の寒冷化[注]のほうが夏の寒冷化よりも大きかったことから、「シベリア気団の寒冷化は、太平洋気団の寒冷化よりも大きかった」と考える。裏づけとして、大陸のほうが海洋よりも熱容量が小さいから、という理屈も述べている。しかし、熱容量のちがいの効果は、年々の気温変化についてならばもっともだが、千年規模で続く現象ならば、海のほうが応答がちいさくなる理由はないと思う。

  • [注] ここで「寒冷化」とは、気温が前後の期間とくらべて低いというだけのことである。

そこから、シベリアと太平洋のそれぞれの寒冷化は夏も冬も共通だと仮定して、「夏の海陸温度差が小さかった」ことを導き、そうするとモンスーンが弱くなるはずであり、復元推定された事実として大阪湾での夏の降水量が少なかったこととつじつまがあうというのだ。しかしわたしは、夏も冬も共通だという仮定の根拠が薄弱だと思う。

この研究の成果として言えることは、やはり大阪湾という1地域の気候の変遷なのだと思う。広域の議論をするためには、地点をふやすしかないと思う。かぎられた地点での情報しかないうちでも、広域の気候についての思考を出し合うのはよいことだが、そのためには、研究成果を書く論文とは別のメディアが必要なのかもしれない。

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著者は、宇宙線によって下層雲がふえ太陽放射の反射をふやすという Svensmark の仮説にそって考えを進めている。

図3には宇宙線強度も示されている。これは復元推定された地磁気強度から計算したもので、その求めかたは別の論文で述べている。おそらく、太陽系外からくる宇宙線と、太陽活動については、長期平均値のようなもので一定と仮定して、地磁気強度の影響だけを見たのだろう。そういうものとしては、疑問の余地は少ないと思う。

他方、下層雲については、Svensmark説のキーワードとしては言及しているが、実際に下層雲がふえたという証拠を示したわけではない。したがって、この研究の結果がSvensmark説を支持する証拠をふやしたとは言いがたいと思う。

宇宙線がふえると umbrella effect がおこるとしている。これは雲がふえて太陽の光をさえぎるということだが、下層雲か上層雲かは問題にしていないようだ。そして、海と陸との温度偏差のちがいが、umbrella effect に対する応答として想定されるものと consistentだ、ということが、Svensmark説を支持する、と言いたいらしい。

しかしこの「海と陸とのちがい」の根拠は大阪湾の「夏と冬のちがい」にすぎない。そして、著者の理屈は、雲の増加による地表に達する太陽放射の減少が(かりに)海陸同様におこるとすると、海陸の熱容量のちがいによって、陸のほうが応答が大きくなるだろう、というものだが、これは毎年リセットされるならばもっともなのだが、千年の桁の期間にわたって累積されるならば海の応答も大きくなるだろう。また、雲の増加が海陸のどちらで大きくなるかの明確な理屈はないものの、両者で同様におこるというのもあまり根拠のない仮定だと思う。

また、大阪湾で夏の雨が少ないことからは、すなおに考えれば、大阪湾の夏には雲も少ないことのほうがありそうだ。もしそうだとすると、umbrella effect には否定的になる。もちろん、雲のタイプによって増減がちがうこと(雨雲が少なくて層雲が多いなど)はありうるし、大阪湾での雲の変化が世界全体と同じでなくてもよいのだが。

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Svensmarkの考えは、宇宙線が空気分子を電離させることによって、エーロゾル粒子の形成を促進し、それが雲凝結核となって、雲がふえる(あるいは雲の粒子が小さくその数が多くなる)ことによって、太陽光の反射をふやし、気候を寒冷化させるほうに働く、というものだ。

宇宙線の変化の原因はいろいろありうるが、おもに想定されたのは、太陽活動が活発だと太陽磁場によって地球に向かう宇宙線が少なくなるというものだった。

Svensmark & Friis-Christensen (1997)が、雲のうちでもとくに下層雲がきくといいだしたのは、ISCCP (International Satellite Cloud Climatology Project, http://isccp.giss.nasa.gov )やその他の衛星観測による雲量データのうちの下層雲量と、宇宙線データとの時系列が似ているからだった。(この対象期間の宇宙線の変動はおもに太陽活動の約11年周期変動にともなうものだ。)

しかし、Norris (2000, 2005, 2008)は、ISCCPには複数の衛星による観測をつなぎあわせたことによる見かけの年々変動もあるし、地上観測を編集したデータ(こちらも通報した船の分布などからくるむずかしさはあるが)とは変動シグナルがだいぶくいちがうことを指摘している。

気候の立場から、雲凝結核となるエーロゾル粒子がふえることによって雲がふえる可能性があるのは、対流圏のてっぺんに近い上層雲だろうという考えもある。(スイス連邦工科大学の大村 纂[あつむ]さんが2010年に名古屋大学での研究会で話していた。わたしの覚え書きは[2010-11-18の記事]にある。)

Svensmarkの仮説の素過程の検証をねらったらしい、CERNのCLOUD実験で、Kirkbyほか(2011)の論文が出た。その結果をわたしはつぎのように理解している。「放射線によって、硫酸エーロゾル粒子形成が促進されたけれども、粒径 1 nm 程度であって、雲凝結核として有効な 50 nm 程度まで成長はしなかった。」

わたしはその後のこの件の研究動向をおいかけていない。

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Svensmarkの仮説を「銀河宇宙線が雲をとおして気候に影響をあたえる」と表現すれば共通になるのだが、宇宙線の変化の原因が太陽活動である場合と地磁気の変化である場合は、だいぶちがう状況になる。

(なお、Svensmark & Calder (2007) の本が書かれた時点では、地磁気の変化による銀河宇宙線の変調は、想像はされたものの、事例は知られておらず、有意な変化はおきないかもしれないと考えられていた。)

太陽活動が弱いので宇宙線がふえる状況では、地球に達する宇宙線は強いが、地球に達する太陽風(太陽からくる陽子などの荷電粒子の流れ)は弱い。また太陽放射(可視光を中心とする電磁波)も弱い(が、その偏差は微小だ)。

地球磁場が弱いので宇宙線がふえる状況では、宇宙線も強く、太陽風も強い。太陽放射は平常だ(太陽活動による変動はある)。

こう考えてみると、地球磁場の弱まりに対する気候の応答は、宇宙線が強いことへの応答のほかに、太陽風が強いことへの応答である可能性がある。(太陽風の各粒子のエネルギーは銀河宇宙線よりも弱いが、粒子数が多い。大気下層までは達しないかもしれないが、どこかの高さの大気に影響を与えるはずだ。)

わたしは、北場さんの結果から、「宇宙線から気候への影響が見られた」と主張するためには、「太陽風から気候への影響が見られた」という対抗仮説と競争する必要がある、と思う。

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Svensmarkの仮説が支持されるとよいと思いながら研究する人がいてもよいと思う。しかし、別の立場からその結果を検討しなおす人もいてほしいと思う。

文献

  • Jasper Kirkby et al. 2011: Role of sulphuric acid, ammonia and galactic cosmic rays in atmospheric aerosol nucleation. Nature, 476: 429-435. https://doi.org/10.1038/nature10343
  • Ikuko Kitaba, Masayuki Hyodo, Takeshi Nakagawa, Shigehiro Katoh, David L. Dettman & Hiroshi Sato, 2017: Geological support for the umbrella effect as a link between geomagnetic field and climate. Scientific Reports, 7: 40682. https://doi.org/10.1038/srep40682
  • J. R. Norris, 2000: What can cloud observations tell us about climate variability? Space Science Reviews, 94: 375-380.
  • J. R. Norris, 2005: Multidecadal changes in near-global cloud cover and estimated cloud cover radiative forcing. Journal of Geophysical Research - Atmospheres. 110: D08206. https://doi.org/10.1029/2004jd005600
  • J. R. Norris, 2008: Observed interdecadal changes in cloudiness: real or spurious? In: Climate Variability and Extremes During the Past 100 Years (Stefan Brönnimann, Jurg Luterbacher, Tracy Ewen, Henry F. Diaz, Richard S. Storalski & Urs Neu eds., Springer), 169-178. [Norrisの著作一覧ページは http://scrippsscholars.ucsd.edu/jnorris/publications にあり、その多くは出版社ウェブサイトへのリンクがある。そこから本文ファイルをとれるものもある。ただしこの2008年の本の章は有料である。]
  • Henrik Svensmark & Nigel Calder, 2007: The Chilling Stars: A New Theory of Climate Change. Cambridge: Icon Books. [読書ノート]。日本語版は『"不機嫌な" 太陽 -- 気候変動のもうひとつのシナリオ』。恒星社厚生閣。
  • Henrik Svensmark & Eigil Friis-Christensen, 1997: Variation of cosmic ray flux and global cloud coverage? a missing link in solar-climate relationships. Journal of Atmospheric and Solar-Terrestrial Physics, 59: 1225-1232. doi: 10.1016/S1364-6826(97)00001-1
  • John W. Williams & Stephen T. Jackson, 2007: Novel climates, no‐analog communities, and ecological surprises. Frontiers in Ecology and the Environment, 5: 475-482. https://doi.org/10.1890/070037