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『科学史事典』「地球温暖化 -- 国際政治にかかわる科学」

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2021年5月、『科学史事典』が出ました。

わたしはこのうちで 2ページ、「地球温暖化 -- 国際政治にかかわる科学」という項目 (p. 496-497) を執筆しました。

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わたしは日本科学史学会員ではありません。ただし、その学術雑誌『科学史研究』の気象学史特集に、編集委員から依頼されて、総説論文を出したことがあります。[このブログの2016-05-12の記事] で紹介しました。その後、その記事はオープンアクセスになり、つぎの書誌情報にそえた DOI のリンクからアクセスできます。

  • 増田 耕一, 2016: 地球温暖化に関する認識は原因から結果に向かう思考によって発達した。 科学史研究 (日本科学史学会), 54: 327 - 339. https://doi.org/10.34336/jhsj.54.276_327

これが出たあと、『科学史研究』を (会員になるのではなく) 定期購読しています。また、科学史学会の大会に行って研究発表を聞いたことがあります (たしか、会員でなくても、一定の参加費をはらえば参加できるしくみになっていたので、無理におしかけたわけではありません)。

だから、2019年の春に、科学史学会で事典を企画するので、地球温暖化についての項目を書いてほしいと言われたとき、おどろきはしませんでした。わたしの知るかぎり、科学史学会員で、地球温暖化に関する科学の歴史を専門的に研究している人はいないようでした。わたしが前の総説論文を要約したほうが、会員のだれかががんばって書くよりも、よい貢献になるだろうと思って、ひきうけたのでした。

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ところが、事典の計画についての もうすこしくわしい情報をもらったら、わたしが執筆することを期待されているところは、「社会の中の科学」の部の「科学と環境」の中に置かれ、「地球温暖化: 科学と政治 (副題仮)」となっているのでした。この期待には、こまりました。

科学史研究』にのせてもらった総説で書いたのは、地球温暖化にかかわる自然科学的知識自体の発達の歴史 (いわゆる internalな科学史) であって、それと政治とのかかわりの歴史 (externalな科学史) ではありません。

他方で、わたしは、2005年以来、地球温暖化に関する研究をしている科学者と、IPCC と、気候変動枠組み会議との三者の関係について、(世の中にまちがった認識がひろがっているようなので) 正しくつかんで人につたえようとしていました。また、2011年には、科学技術社会論学会の学術雑誌『科学技術社会論研究』に地球温暖化問題全体についての総説論文を出し、それからは科学技術社会論学会の会員になって、地球環境問題に科学者はどうかかわったらよいかを議論することもしました。また、科学技術政策を考える仕事についたこともあり、「科学的助言」というしくみのうちの一例として IPCC をとらえようとしてもきました。だから、科学技術社会論の本に「地球温暖化: 科学と政治 (仮)」のような執筆依頼を受けたのならば、わたしなりに書くことができました。しかし、それは、2010年ごろにつかんだその主題の「現在」の状況について書けるということです。わたしは、地球温暖化に関する科学と政治のかかわりの歴史を、みなさんに参照される事典の項目としてしめせるほど、よく知りません。

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その分野の中の研究者として、いまは歴史となったことをリアルタイムで経験していたから言える知識はあります。1980年代後半、気象学の職業研究者 (大学助手) になったばかりのわたしのまわりで、科学者の側から「気候変動は重要だ」と言っていたのが、むしろ政治の側から「気候変動について専門家に研究してほしい」といわれるように変わっていました。専門家側にいたわたしからみて、変化のきっかけと見えたのは、つぎの本でした。

しかし、社会の側からみて重要なものはおそらくこれではないでしょう。それを原稿しめきりまでに調べることは、わたしの手にあまると感じられました。

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わたしは、気候変化を主題とした科学と政治のかかわりについて、勉強はしていました。いろいろな本を読み、読書メモを別のブログ [主題をしぼらない記事一覧] に出しました。冷戦の科学に関する勉強会にも出没したので、その主題を研究している人と見られたかもしれません。しかし、その主題について、わたしはあまり確信度の高いことを言えないのです。

わたしの知るかぎり、1970年代までの気候シミュレーションの課題は、(成層圏をとぶ飛行機がオゾン層を破壊する可能性の評価を別とすれば) 政治からあたえられたものではなく、科学者が自主的に考えたことでした。

しかし、純粋科学だったともいいきれません。すくなくともアメリカ合衆国では大きな研究資金が出ており、国が推進していたにちがいないのです。有用な応用をもたらすかもしれない基礎研究として推進されていたと考えればつじつまはあいます。しかしそうだと主張するほどの根拠はもっていません。

応用として軍事面も重視された、いわゆる dual use 研究だった可能性があります。気候システムの理解にとって重要だった科学・技術のうち、人工衛星による地球観測や、同位体分析による地球環境中の物質循環の把握は、たしかにそうです。数値天気予報もふくめられるでしょう。気候シミュレーションには (数値計算用の) 計算機の技術開発のデモンストレーションである面 (「実証」と「演示」の両面) があり、計算機開発が dual use 研究だったこともたしかだと思います。

この主題についてしらべはじめてから、第二次世界大戦直後、気象と気候のシミュレーションの構想がまだ未分化だったころ、その研究への期待のうちに、将来、気候を意図的に変えることができれば戦略上の価値がある、という議論があったことを知りました。それを重視すれば、気候シミュレーション自体も dual use 研究として推進された、と言えるでしょう。

しかし、わたしが知るかぎり、気候のシミュレーションに特化した研究がはじまった1950年代末以後には、(1980年代の「核の冬」関係の、政府の軍事政策に批判的につかわれた研究を例外として) 気候シミュレーション研究は、軍事の話題と関係なく推進されてきたと思います。しかし、「思います」のレベルのことは、事典の項目としては書けません。

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わたしは科学史の研究者コミュニティの外の人なので、どれだけ実証的に証拠にもとづいて書く必要があり、どれだけ自分のオリジナルな観点をもちこむべきかについて、編集委員とのあいだで判断基準を共有していない、という問題もありました。

わたしは、科学史家をふくむ歴史家の、文献参照に対するきびしい態度を、外から見てはいます。文献参照には文献のどの版の何ページかをあげること、文献を引用するならば一字一句変えないこと、などの規範があるらしいことを知りました。わたしにはなかなかそのまねができません。頭にはいっていて、自分の発明ではないけれど、出典が思いだせないことがらもあります。出典の本はわかっても、ページも、正確な文面もひかえていないことが多いです。招待原稿の総説ではゆるしてもらったけれど、もし『科学史研究』に査読をとおして研究論文を出すとしたら、国会図書館や他大学の図書館に行って原文献を確認する必要があるでしょう。正直なところ、それをやりたくはないのでした。

ただし、今回の原稿は論文ではなく事典の項目で、きびしい分量の制限があります。依頼されたのは、印刷された本の2ページぶんでした。たとえ参考文献リストは別になるとしても、文献参照をたくさんいれるわけにいきません。総論的なことがらは、頭にはいっていることをはきだす形で書いたほうが、むしろよさそうです。しかし、その手かげんが、よくわからないのでした。

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何を書いたらよいかこまっているうちに、予定のしめきりをすぎてしまい、しかも、感染症警戒で、外出自粛がもとめられるようになりました。

執筆をはじめるまえに会って話を聞いたのが編集委員で地学史家の 山田 俊弘さんだったので、ここでまた山田さんと、それから出版社の編集者の藤村さんと、e-mail のやりとりをして、ようやく何を書くか決めることができました。

  • 最初に簡単に、地球環境問題には、科学と、政治が、それぞれかかわる必然性があるので、科学と政治が出あうことも必然だ、とのべました。
  • 本論の前半の約1ページは、2016年の総説の要約のようなものにしました。科学史ではありますが、科学と政治のかかわりの話題ではありません。
  • 後半の約1ページは、IPCCを中心に、地球温暖化をめぐる科学者と政治とのかかわりかたを類型化して説明しました。科学と政治のかかわりの話題ではありますが、科学史ではありません。ただし、2013年の科学技術社会論学会での発表でつかったものの印刷物にはしていなかった (発表予稿にも入れていなかった) 模式図は、わたしのオリジナルな貢献だと思っています。模式図は[このブログの2013-12-21の記事]に出したものと基本的に同じですが、気候変動枠組み条約の「科学および技術の助言に関する補助機関」(SBSTA) のことも書きこみました。
  • 両部分をつなぐところに、つぎのような記述を入れました。「ボリンら多分野の科学者が検討し、地球温暖化が生態系や農業に対して有害な影響をもたらす可能性が指摘された。彼らは地球温暖化問題に関する科学的助言の仕組みを作るよう国連に働きかけた。」 これは、科学と政治のかかわりに関する科学史の断片と言えるでしょう。そのうち1つめの文は「- 4 -」でふれた本になった活動をさします。この記述はいろいろなものを読んだわたしの総合判断により、読んだものには Bolin の回顧録的な本 (Bolin, 2007) がふくまれます。 ただし、字数をしぼりこんでしまい、Bolin がどこの所属で何を専門とした人だったかも、1988年に発足した IPCC の初代議長になったことも、省略しました。Bolin たちが期待したのは、国際科学会議 (ICSU) が国連に助言をおこなうしくみだったらしいのですが、各国政府、とくにアメリカ合衆国の当時の共和党政権の意向で、政府間パネルとなったらしいです。これは科学史か科学技術社会論の文献で読んだ論点なのですが、文献名や著者名を思いだせず (心あたりの文献 Miller 2004 にはその論点はふくまれておらず)、うらづけがとれなかったので省略しました。[この項目、2021-05-22 追記]
  • 冷戦やdual use、あるいは (このブログ記事では論じませんでしたが) 環境問題にかかわる市民運動との距離、などにふれることはあきらめました。

文献

  • Bert Bolin, 2007: A History of the Science and Politics of Climate Change: The Role of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge University Press. [読書ノート]
  • Clark A. Miller, 2004: Climate science and the making of a global political order. States of Knowledge: The co-production of science and social order (Sheila Jasanoff ed., London: Routledge), 46 - 66.

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この事典に、わたしはささやかな間接的な貢献をしました。

当初のわたしへの執筆依頼に、「海洋学の歴史」を書いてほしいということがふくまれていました。わたしにはとても無理なので、おことわりしました。そうしたら、編集委員の山田さんから、執筆者を推薦してほしいという話がありました。科学史学会の(常連の)会員のうちでは見つからなかったようです。わたしは具体的な人を推薦することができませんでしたが、分野内の研究者で学史について書ける人をさがすならば、その分野の学会をあたるのがよいと思いました。日本海洋学会で総説が出る雑誌は『海の研究』( https://kaiyo-gakkai.jp/jos/publications/uminokenkyu ) で、その記事はオンライン公開されているので、そのうちにある学史的な記事の執筆者に依頼するのがよいだろうと言いました。

できあがった事典をみると、蒲生 俊敬 さんが「海洋学史 -- 七つの海をめぐる学際的研究と国際連携」を書いておられます。よかったと思います。