【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】
この記事の題目と同じ題目(ただし、かぎかっこなし)の文章(増田, 2016)を、2016年1月、日本科学史学会の雑誌『科学史研究』にのせていただいた。わたしはその学会の会員ではないのだが、気象学の歴史の特集を組むということで、執筆を依頼されたのだった。文章をまとめるにあたって、担当編集委員のかたにとてもおせわになった。
わたしは、Weart (2003)の『温暖化の発見』の本の日本語訳にかかわった。その本の議論に不足を感じ、科学史を専門とする人といっしょに考えたいと思ったことがあった([2013-08-31「『温暖化の発見』原書出版から10年、残された問題」])。
また、地球温暖化について、専門外の人と話をしていると、近ごろは、地球温暖化という現象を「温度が上がった。その原因は二酸化炭素だ」という形で認識している人が多いことがわかった。わたしは、IPCCができた1988年よりも前から、二酸化炭素濃度増加による温暖化の見通しを知っていた。(それは人間社会にとって無視できない問題になるとも思っていた。ただし、排出削減をせまられるとは思っておらず、大がかりな適応をせまられると思っていた。) しかしそのころ、まだ、世界平均気温が上がっているという明確な事実認識はなかったのだ。地球温暖化に関する認識は、まず理論的な将来見通しができて、遅れて、すでに起きた温度上昇を説明することができたのだ。このことは、このブログでは[2013-12-19「地球温暖化の見通しは、確かであり、不確かである」]で論じた。
『科学史研究』に書いた文章では、おもに、この「温度上昇が検出される前に、理論的な将来見通しができた」ということを説明した。
なお、2013-12-19の記事で論じたことのうち、「ロバストネス」という(わたしがまだしっかり理解していない)科学哲学的概念を持ちこむのはやめ、IPCC用語の「確信度」を使って論じた。
科学には、結果から出発する考えかたと原因から出発する考えかたがある。地球の気候変化、とくに全地球平均の温度の変化を考えるうえでは、エネルギー保存の法則に基づく、原因から結果に向かう考えかたが有効だった。それのいちばん簡単な枠組みは0次元エネルギー収支モデルだ。これで、全地球平均のエネルギーを増減させうる強制作用をしぼりこめる。そのうちに、赤外線を吸収・射出する気体成分である二酸化炭素があった。二酸化炭素の効果を定量的に評価しようとすると、0次元モデルによる結果は確信度が低く、鉛直1次元モデルによってやっと確信度がわりあい高い結果が得られた(Manabe & Wetheraldの1967年の論文)。そして、緯度・経度の次元も表現できる3次元モデルもつくられ、その結果(最初のものはManabe & Wetheraldの1975年の論文)が基本的には1次元モデルと同じだったことによって、確信度が高まった。
これが大筋なのだが、科学史の雑誌にのるものでもあるので、この認識の発達にとって重要と思われる研究論文などの文献を具体的にあげて説明するようにした。
田家康さんが最近出された本(田家, 2016)の第5章も、地球温暖化に関する認識の発達を扱っている。非常に大まかに言えば、わたしの記述とは同じ流れを説明していると思う。ただし、そのうちでどの科学者の仕事をとくに重視するかは、だいぶ違っていた。
ふりかえってみると、わたしは、1980-90年代に真鍋淑郎さん(この主題の発達に貢献した科学者)から直接聞いたことと、Archer & Pierrehumbert (2011、編者はいずれも現役の自然科学者)が編集した重要論文集の編者解説の影響を受けている。そして、この論文では、意図的に、IPCC発足のころの専門家による地球温暖化の認識を組み立てるうえで重要な知見をさかのぼってとりあげたのだった。科学史家の議論でときどき使われる用語でいう「ホイッグ(Whig)史観」あるいは「勝てば官軍史観」([2014-10-19の記事]参照)になっているところがあると思う。(今の科学の立場の観点を入れるのは、何が重要かの価値判断に限り、当時の人が何を認識したかの事実判断にはなるべく影響しないように努力したつもりだが。) 他方、田家さんのこの件の記述は、科学史家のFlemingの著作(1998年の本など)に基づいているところが多く、わたしのよりもだいぶ「ホイッグ的でない」記述になっていると思う。
【[訂正] 『科学史研究』にのせた文章の注24で、Callendarの論文題名の最後の語を「climate」としてしまいましたが、正しくは「temperature」です。Archer & Pierrehumbertでもtemperatureとなっています。(まちがいはWeartの文献リストから引き継いでしまったものですが、増田の確認もれでした。) [この項、2017-11-28補足] 】
文献
- David Archer & Raymond Pierrehumbert eds., 2011: The Warming Papers: The Scientific Foundation for the Climate Change Forecast. Chichester, West Sussex UK: Wiley-Blackwell. [読書メモ]
- James Rodger Fleming, 1998: Historical Perspectives on Climate Change. New York: Oxford University Press. [読書メモ]
- 増田 耕一, 2016: 地球温暖化に関する認識は原因から結果に向かう思考によって発達した。 科学史研究 (日本科学史学会), 54: 327 - 339. https://doi.org/10.34336/jhsj.54.276_1 (2021年1月、オープンアクセスになりました) [この項目、2021-12-12 改訂]
- 田家(たんげ) 康, 2016: 異常気象で読み解く現代史。日本経済新聞出版社。[読書メモ](2016-08-13追加)
- Spencer R. Weart, 2003; revised and expanded edition 2008: The Discovery of Global Warming. Harvard Univ. Press.[読書ノート]
- [同、初版の日本語版]: スペンサー・R・ワート著, 増田 耕一, 熊井 ひろ美 訳 (2005): 温暖化の〈発見〉とは何か。 みすず書房。