【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】
【この記事は個人の随想です。知識を提供するものでも、意見をのべるものでもありません。】
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ふと「とまや」ということばがおもいうかぶ。
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わたしにとって「とまや」は、(1960年代の) 小学生のころにうたった「われは海の子」という歌のもんくに出てきたことばだ。
その歌の一番の歌詞にでてくることばはほとんど意味がわかったが、「とまや」だけはわからなかった。しかし、「とまや こそ . . . なれ」というかたちででてくる。まだ文語文法をまなんでいなかったが、「こそ . . . なれ」はものごとをとりたてて強調する表現だということは知っていたから、「とまや」はこの歌にとってだいじなものなのだとおもった。うたってみると、ここにいちばんちからがはいる。校歌ならば学校のなまえがでてくるところにあたるだろう。この歌は「とまや」をたたえるものかもしれないとおもった。
わたしのいた学校のある自治体は海に面していなかったけれど、それがむかし属していた郡までひろげれば海に面していて、重要な漁港もあった。「われは海の子」は海に面した地方の人びとのおもいをこめた歌なのだろう。そしてその歌が「文部省唱歌」であり、「文部省検定済教科書」にのっているのだから、日本全体の人びとが海の民とみなされているのかもしれない。こどものころおもったことを、そののち知ったおとなのことばで表現してみると、「とまや」は日本民族のシンボル的な価値のあるものとされているのだろう、とおもったのだ。
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わたしは、本を見ると字を読んでしまう子で、小さい活字も読んだから (教科書の表紙にあった「文部省検定済教科書」も読んだ)、たぶんどこかでこの歌にそえられた「とまや」の意味の説明も読んだはずだが、なぜか記憶にのこらなかった。だから、「とまや」の部分をとくにほこらしくうたいつづけることができたのだった。
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わたしは「とまや」を「とやま」とまちがえないように気をつけた。「とやま」 が地名 であることは知っていた。 県名と県庁所在地の市の名は、小学校の地理にでてくるし、わたしは学校でならうまえにおぼえていた。
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「とまや」を「やまと」とまちがえる心配はなかったが、かな文字のレベルでおなじ音からくみたてられていることはわかった。(そのころのわたしにはまだ反対むきに読んでみる習慣はなかった。) 「やまと」は奈良県のことだとおもっていた。「やまと」が日本全体をさすこともあるのは知っていたのだけれど、自分の感覚としては、「やまと」は自分が属するものごとのなまえではなかった。
(「やまと」は「むさし」とならんで印象にのこっていた。むかしの「くに」のなまえという意味では「するが」なども同列なのだけれど、なぜかこのふたつをくみにしておぼえていた。それがくみになってでてきたのは、太平洋戦争中の戦艦のなまえとしてだったかもしれないが、わたしは軍艦には興味がなかった。)
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「苫」の字を知ったのは「苫小牧」という地名の一部としてだった。1970年代の中学社会科の地理で、工業開発が進行中のところの例だった、と記憶している。アイヌ語へのあて字であることはあきらかだったから、わたしは「苫」という漢字の意味を気にしなかった。(「小牧」という地名を知っていたから、もし苫小牧が「トマコマキ」だったら差の部分の「苫」の意味をかんがえたくなったかもしれない。)
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わたしが「とま」の意味をしらべたのは、小倉百人一首の第一番の天智天皇の作とされる歌のもとになった万葉集の短歌にでてくる「とまをあらみ」の意味を知りたくなったときだった。高校生のころだっただろうか。
(もし、こどものころ、百人一首のかるたとりをしていたら、もっとはやく意味が気になったかもしれない。実際には、わたしは、かるたとりのしくみをまなんだのだが、自分ではやらなかった。)
わたしが気になったのは、「とま」よりも、古代日本語特有の「を .. み」という構文の意味だった。そのことは[瀬をはやみ] という記事に書いた。その記事で、わたしはこの歌を散文的に「テントの屋根ふき材料がすきまだらけだったので、 テントの中にいる自分の服の袖が露でぬれてしまった」と表現しなおしてみた。ただしここで「テント」としたのは秋の田の「かりほ」(仮廬、karifo < kari-ifori) のことであって、苫屋がテントだとおもっているわけではない。
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「辞書をひく」ことを実演するため、オンラインの辞書をつかってみる。定評のある国語辞典を無料でひけるサイトはすくないが、「コトバンク」がある。ちかごろは広告がはいってまたされることがあるのだけれど。
つぎにしめすのは「コトバンク」の検索結果で、出典はいずれも 小学館「デジタル大辞泉」である。
とま【×苫/×篷】
菅や茅などを粗く編んだむしろ。和船や家屋を覆って雨露をしのぐのに用いる。
とま‐や【×苫屋】
苫で屋根を葺いた家。苫の屋。苫屋形。
「木影に隠れたる ― の灯見えたり」〈鴎外・うたかたの記〉
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「とまや」の意味がわかったうえで、ほこることができるだろうか。質素な生活は道徳的にすぐれている、というほこりはありうるかもしれない。しかし、わたしは (豪華さをもとめる傾向には反発するけれども) 「苫屋」がすぐれているとは感じない。
わたしは、「とまや」をいいことばだとおもってしまいがちなのだが、それはその意味をわすれてのことなのだ。