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世界史の教材に気候変動の情報としてはなにをだしたらよいか?

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしもしめしません。】

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人間社会の歴史を考えるうえで、気候の変動をひとつの要因として考慮にいれるべきだと思う。現代には、いわゆる地球温暖化と、ローカルなヒートアイランド現象をふくめて、人間活動の気候への影響が無視できなくなっている。産業革命前の気候変動は、おそらく人間活動がなくてもおきた自然現象だろうと考えられている。それでも、気候変動が人間社会にどのような影響をあたえたか、また、人間社会は気候変動にどのように適応したか (あるいは、適応しそこなったか)は、興味ぶかい問題だし、これから人間社会が気候変動にどう対処していくかを考える参考にもなるだろう。

しかし、そこで、気候をどのように表現するか、という問題がある。

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高校の世界史の授業用教材としてつかわれている図説の本 (帝国書院, 2020) を見た。その300-301ページに「自然災害・気候変動から見る世界史」という記事がある。歴史教育で、環境問題や、自然災害や、気候の人間社会への影響がとりあげられているのは、うれしいことだ。しかし、気候に関する材料のえらびかたや、気候と人間社会のできごととの関連づけのしかたをみると、いろいろと残念なところがある。

このぺージの年表には「温暖期」「寒冷期」などが書きこまれているのだが、その情報の出典は、阪口 (1993, 1995)の、尾瀬ヶ原の泥炭層の花粉分析による研究だ。【[2024-09-16 補足] その研究の過程についての解説は 阪口 (1989) の本にある。】 つまり、これはひとつの地点での気候の復元推定なのだ。それが世界を代表するかのようにあつかうのは、かなり無理がある。

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もちろん、世界全体を代表する観測があるわけではないので、世界の気候変動を知りたければ、たくさんの地点での復元推定をくみあわせる必要がある。気候の証拠は世界に一様に分布しているわけではないから、世界の代表値をもとめることには、個別の地点での復元推定のむずかしさとは別のむずかしさもある。

それにしても、そういう努力はされている。西暦紀元以後の2千年間については、PAGES という国際共同研究プロジェクト (ウェブサイト http://pastglobalchanges.org/ ) のうちの PAGES 2k Network ( http://pastglobalchanges.org/science/wg/2k-network/ ) が動いている。その成果のいくつかは、[2019-10-06の記事]で紹介した。

世界史の教材の気候変動の情報には、これをつかうのがよいと思う。しかし、残念ながら、PAGESの論文は、高校の歴史の教材をつくる人にとって読みやすいものではないだろう。その論文を理解できる人が歴史の教材をつくる人と共同で作業して、材料や表現方法をえらぶことが必要になるだろう。

世界のどこを代表する値をつかうかという問題もある。PAGES 2k (2019)の論文には、世界平均気温の推定値の時系列がある。すなおに世界の温暖期・寒冷期といえば、それをつかうのがよいとも考えられる。しかし、世界平均気温の変動には、熱帯の海面水温の寄与が大きいという知見もある。その変動傾向は、かならずしも北半球中高緯度の気温の変動と並行していない。また、熱帯・亜熱帯の(人間社会に影響をあたえる)気候変動としては、温度よりもむしろ乾湿の変動のほうが重要なようだ。しかし乾湿の変動はあきらかに空間的に一様ではなく、どこかが正偏差ならばどこかに負偏差があるので、熱帯・亜熱帯全体を代表する時系列を得るのがむずかしい。他方、世界史は、原則論としては世界のすべてのところを考えるべきではあるのだが、日本の学校教育では、帝国書院(2020)の本にもあらわれているように 、先近代については、ユーラシアの中高緯度でおこったできごとを重視している。

そこで、まず、PAGES 2k の結果からユーラシアの中高緯度の気温をとりだして、世界史の教材をつくる人といっしょに見てみようと思った。データのつごうで実際には「ユーラシアの中緯度と、北半球の高緯度」の気温になった。

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PAGES 2k (2013)の論文は、大陸規模の複数の地域についてそれぞれ年輪などから復元推定された2千年間の気温の時系列をしめしている。論文のグラフのコピーでは数値を精度よくよみとれないので、数字の形でほしいと思ったら、Nature Geoscience という雑誌のウェブサイトに、その論文の supplementary data として、1つのPDFファイルと、2つのExcelファイルが置かれている。そのデータは、2015年に出された訂正をうけて改訂されたものだ。

そのうちの「ngeo-1797-s3.xlsx 」というファイルの「PAGES 2k - 30 yr」というシートにふくまれた、北極域 (Arctic)[赤]、アジア (Asia)[緑]、ヨーロッパ (Europe)[青] の復元推定気温(1961-1990年の平均を基準とした偏差)の30年平均値を、ひとまずExcelで、グラフにしてみた.

(ほかの地域としては、南極域 (Antarctica)、南半球オセアニア (Australasia)、北アメリカ (N. America)、南アメリカ (S. America)がある。ただし、北アメリカは、年輪からの復元推定と、湖の堆積物の花粉による復元推定が、別々におこなわれている。)

グラフをみると、17-19世紀 (1600-1900年ごろ) が、3地域に共通な低温期だとはいえるだろう。しかし、その他の時期については、PAGES 2k のメンバーのNeukomほか (2019)もいうように、高温・低温の出かたは地域によってちがう。30年きざみの1点だけの短期的な山や谷を省略してみれば、1250年ごろに温度の低下があり、そのまえが相対的高温期、その後 1900年ごろまでが低温期、ということもできるかもしれない。

これは、まだ、わたしが PAGES 2k のデータを見はじめた段階でのこころみの作図にすぎない。これから、材料えらびや表現方法をいろいろ考えてみたい。

文献

  • Raphael Neukom, Nathan Steiger, Juan José Gómez-Navarro, Jianghao Wang & Johannes P. Werner, 2019: No evidence for globally coherent warm and cold periods over the pre-industrial Common Era. Nature, 571: 550–554. https://doi.org/10.1038/s41586-019-1401-2 (有料)
  • PAGES 2k consortium, 2013: Continental-scale temperature variability during the past two millennia. Nature Geoscience, 6: 339-346. https://doi.org/10.1038/ngeo1797 (有料)
  • PAGES 2k consortium, 2015: Correction: Corrigendum: Continental-scale temperature variability during the past two millennia. Nature Geoscience, 8: 981-982. https://doi.org/10.1038/ngeo2566
  • PAGES 2k consortium, 2017: A global multiproxy database for temperature reconstruction of the Common Era. Scientific Data, 4: 170088. https://doi.org/10.1038/sdata.2017.88 (無料)
  • PAGES 2k consortium, 2019: Consistent multidecadal variability in global temperature reconstructions and simulations over the Common Era. Nature Geoscience, 12: 643–649. https://doi.org/10.1038/s41561-019-0400-0 (有料)
  • 阪口 豊, 1989: 『尾瀬ヶ原の自然史』 (中公新書 928)。中央公論社, 229 pp. ISBN 4-12-100928-2. [読書メモ (2020-09-11)]
  • 阪口 豊, 1993: 過去8000年の気候変化と人間の歴史。専修人文論集 51: 47-55.
  • 阪口 豊, 1995: 過去1万3000年間の気候変化と人間の歴史。『気候と歴史』(講座 文明と環境 6, 吉野 正敏、安田 喜憲 編, 朝倉書店), 1-12.
  • 帝国書院 編集部 (川北 稔、桃木 至朗 監修), 2020: 最新世界史図説 タペストリー 十八訂版。帝国書院, 363 pp. ISBN 978-4-8071-6507-0. [読書メモ]