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最近千年・二千年のグローバル気候変化についての研究論文群(PAGES 2k関連) (2) おもな論点

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最近千年・二千年のグローバル気候変化についての国際研究プロジェクト「PAGES 2k」関連の論文について、[2019-08-19の記事]で題目だけ紹介した。そのうち いくつかの論文に目をとおした。かならずしも全部の論点をおいかけたわけではないが、おもな論点とおもわれるところを紹介する。

- 1. Neukom ほか (2019) Nature -
最近2千年間の寒暖については、もともとヨーロッパで認識された「小氷期」と「中世温暖期」という用語がねづよく知られている。

しかし「中世温暖期」は世界のどこでも温暖だったわけではないと認識され、専門家は Medieval Climate Anomaly (MCA)とよぶことが多くなった。しかし MCA が温暖期であったといえる地域のあいだでも、西暦800年-1200年ごろのうちどの世紀にいちばん温暖だったかは一致しないということは、専門文献に目をとおす人はまえまえから感じていたが、明確な文献のかたちでのべられていなかった。それを、現在の科学者集団のできるかぎりで質をそろえたデータ集をつかって明示したのが、この論文がはたしたやくわりだといえる。

また、「小氷期」とよばれる西暦1300-1850年ごろは、世界の多くの地域で寒冷だった時代ではあるが、そのうちいちばん寒かった時期は、中央・東太平洋で15世紀、 北西ヨーロッパ、北アメリカ南東部で17世紀、その他の多くの地域で19世紀と、まちまちであることがわかった。

これに対して、20世紀後半が温暖であることは世界で同時におきており、19世紀までの変動とはちがった原因があることが示唆される。それは人間活動起源の温室効果強化だとみてよさそうだ。

データとして使われているのは、「PAGES2k global temperature-sensitive proxy collection」(PAGES 2k, 2017)のv 2.0.0 という、PAGES 2k であつめられた、木の年輪や氷河などさまざまなものから推定された、各地点の温度の指標である。PAGES 2k (2013)の論文でしめされたものの改訂版とみてよいだろう。

この指標データを、1911-1995年の観測にもとづく地表温度データ HadCRUT4 を較正データとして、緯度経度5度格子の地表温度によみかえる。そのための方法として、Composite plus scale, Principal-component regression, Canonical correlation analysis, GraphEM (Markov random fieldsによる方法)、off-line data assimilation を並列に使っている。

えられた各格子点の地表温度について、51年移動平均の気温の、広めの時代区間(MCAをふくむ751-1350年、小氷期をふくむ1001-2000年など)のうちでの極大・極小がいつ出現したのかをかぞえている。

論文の著者やそれをのせた雑誌の編集者に、世間にねづよい温暖化懐疑論のうちの「20世紀の温暖化は千年以上つづく寒暖のゆらぎのひとつにすぎない」という議論に反論したいという動機があるだろう。それをわりびくと、これは「Natureに出た論文」として評判になるほどの重要性のある論文ではないと思う。しかし、今後しばらく参照される学術論文ではあると思う。

復元推定(のうち、さまざまな指標から温度へのよみかえ) の方法がどれも確実とはいえないなかで、できるものをなるべく全部やるという徹底のさせかたは研究事業としてはもっともだと思う。ただしそうすると使われた方法を読者がくわしく追跡できない。精度の面では最適でなくても、まずまず使いものになり、読者が追跡できる方法で同様なことをやる研究者、その結果の論文を(すでに周知の事実などといわないで)のせる雑誌も出てきてほしいと思った。

- 2. PAGES 2k (2019) Nature Geoscience -
著者表示が団体名になっているが、著者一覧はあり、筆頭はさきほどの論文と同じNeukom である。

時間スケール数十年(multidecadal)な地表温度の変動は、(最近は人間活動起源の強制もあるが) 自然の強制と気候システム内部変動によっておこる。「CMIP5の気候モデル実験は数十年変動の振幅が小さすぎる」と推測する議論があった。数十年変動の再現性の評価は、150年の観測データだけでは困難なので、PAGES 2k (2017)の2000年間のデータで評価することにした。

ただし、評価につかう「現実の」地表温度を、どんな材料にもとづき、どんな方法で復元推定するかによっても、結果はかわりうる。そこで、方法としては、つぎのものを並列に使った。

  • CPS: composite-plus-scaling
  • PCR: principal component regression
  • M08: regulated errors in variables
  • OIE: optimal information extraction
  • BHM: Bayesian hierarchical model
  • PAI: pairwise comparison
  • DA: (offline) data assimilation

較正に使った現代のデータは共通で、HadCRUT4である。

復元推定の結果。方法によって、数百年規模、千年規模の変動はかなりちがうけれども、数十年規模の変動は似ている。地表温度変化の大きなtrendは、1850年ごろまで寒冷化、それから温暖化。20世紀後半の高温はたしかである。

復元推定に使われた材料によるちがいは、まず、代表する季節がちがうことがある。また、年輪は、樹齢効果をとりのぞくことの副作用で、数百年以上の変動を過小評価する。海底堆積物は変動を過大評価しているかもしれない。

数値実験の結果とくみあわせて、強制への応答と、気候システム内部変動を検討する。CMIP5のうちから、太陽・火山・温室効果気体の強制を入れた千年実験(millennium run)の結果を23のモデルについて、強制のないpre-industrial control実験の結果を29のモデルについて、4月から3月まで(年平均ということらしい)の全球平均地表温度を見る。

復元推定と千年実験の対応は、1300-1800年によい。復元推定でも千年実験でも見えている、温度の極大(1320, 1420, 1560, 1780年)、極小(1260, 1450, 1820年)などの特徴は、強制によっておきた変動であることが示唆される。17世紀は寒冷だが変動は小さかった。対応が1300年以前によくないのは、おそらく火山による強制の推定の質の問題があるのだろう。その例として、復元推定から低温をもたらしたと考えられている1109年の火山噴火が千年実験にあたえたデータにはなかった。19世紀の対応がわるいのはおもに、1809年と1815年の火山の強制へのモデルの応答が大きすぎるのだ。

強制をふくむモデル実験とふくまないモデル実験を併用し、「気候変化の検出と原因特定」(D&A)技法によって、強制への応答とみられるものを検出する。

1300-1800年については、火山の強制への応答とみとめられるものはある。温室効果気体の強制への応答とみとめられるものもあるが、火山のばあいほど明確でない。太陽の強制への応答とみとめられるものは検出されなかった。【ここでえられた火山と太陽への応答の明確さのちがいは、現実を反映している可能性もあるが、モデル実験への火山と太陽の強制を(CMIP5共通の約束として、さらに、各気候モデルでの実行段階で)それぞれどのような形であたえたかによっている可能性もあると思う。】

850-1100年は、火山や太陽の強制が弱い(「静かな」)時期だった。変動の大部分は「強制によらない」ものである。変動の大きさは、モデル実験と復元推定とで同程度だった。この結果は、「CMIP5のモデルは数十年規模の気候システム内部変動を過小評価している」という説に対して、否定的である。

- 3. Brönnimann ほか (2019) Nature Geoscience -
PAGES 2k (2019)と同じ号にのっていて、いっしょに紹介されていた。PAGES 2kプロジェクトとしてとりくんだ課題の成果ではなく、それに参加している研究者グループ(所属は大部分の人がスイス、少人数がイギリス)の成果である。世界を論じているのだが、スイスを中心とする地域に関心がむいている部分もある。

対象とする時期は19世紀の前半である。題名に「小氷期の最後の時期」のようなことばがあるが、時期がそうであるということだけで、小氷期が終わったしくみに関する議論ではない。

道具として、古気候データ同化 (palaeo-reanalysisとよんでいる。以下「再解析」とする)が使われている。著者たちは、ドイツのMax Planck Instituteで開発された 化学過程がふくまれた大気海洋結合モデル「FUPSOL」を使い、西暦1600-2000年のシミュレーションをおこなった。これには復元推定された海面水温、温室効果気体や火山起源エーロゾルなどの外部条件をあたえている。観測値として、機器観測データと古気候指標の両方をあたえる。同化手法は、ensemble Kalman filter を使っている。【古気候指標を、どのような物理変数として、どのような時間分解能でとりこんでいるかなどは、この論文だけではわからず、知りたいならば同化手法についての論文なり報告書なりを読む必要がありそうだ。】

19世紀前半には、つぎのような火山噴火があった。

  • 1808年12月 場所は不明
  • 1815年 4月 Tambora
  • 1822年10月 Galunggung 【ジャワ。この論文のMethodsの部にはGalanggungと書かれているが、まちがいらしい。】 (気候モデルにあたえた強制データには はいっていない)
  • 1831年 9月 Babuyan Claro 【フィリピン】とされてきたが、ちがうと主張する論文(Garrisonほか 2018 Journal of Applied Volcanology) も出ている
  • 1835年 1月 Cosigüina 【ニカラグア】

それが気候にどのような影響を与えたかを検討する。

気温。再解析の結果で北半球中高緯度の陸上の暖候期(4-9月)気温を見る。この領域で空間平均した気温の、1750-1900年のうちの低温の極値10件はいずれも、噴火のあと30か月以内にはじまるものだった。噴火につづく暖候期の平均【ここの語句はわかりにくいが、このように推測した】は、1779-1808年の暖候期の平均よりも0.5℃低かった。地域別に見た例として、復元推定によるアルプスの夏の気温は、18世紀後期にくらべて19世紀前期は、0.65℃低かった。

「モンスーン」。アフリカモンスーン(熱帯の北半球側)を、赤道-北緯20度、西経20度-東経30度の地域の4-9月の再解析の降水量と、文書データ(ナイル川や湖の水位など) による乾湿で見る。インドモンスーンについては、インドの6-8月の降水量を見る。オーストラリアモンスーンについては、東経98-138度、南緯5-18度の地域の12, 1, 2月の西風を、人が観測した地上風の西風の日数と、再解析の850 hPaの西風で見る。結果は、アフリカモンスーンについては、1822年をのぞいてどの噴火後も、乾燥した。インド、オーストラリアは、観測値ではモンスーンの弱まりがみられるが、再解析では、十年規模の変動は観測と似ているのだが、噴火への明確な応答がみられない。噴火のあと、海洋の積分効果か、陸面のフィードバックによって、十年規模の応答が生じている可能性はある。

海洋の応答。FUPSOLと、イギリスのHadCM3大気海洋結合モデル、それぞれのシミュレーションで、海面での下向きエネルギーフラックスと、深さ0-700mの層のエネルギーのたまりの量を見る。噴火直後、海面へのエネルギー流入に負のスパイクがあり、そのあと回復していく。ただし、回復は全球一様ではない。赤道中部太平洋は、(噴火直後の冷却はちいさいのだが) 世界があたたまるとき、まだひえる。太平洋の回復の空間パタンは、PDO (太平洋十年規模振動)として知られているものと、同じではないが、似ている。こういうものがあるので、強制されておきた変動と強制がなくてもおこる変動とを見わけるのはむずかしい。

氷河の成長。アルプスの4つの氷河のうち3つの長さが、1820年ごろにのびて、数十年間 長い状態をたもった。

大気循環の南へのシフト。従来の研究で、噴火後、大西洋からヨーロッパの温帯低気圧経路が南にずれる、アフリカモンスーンが弱まる、大西洋からヨーロッパのセクターのハドレー循環が弱まる、という特徴がみられ、大気循環が南にシフトする、と まとめられた。再解析でみても、北半球の暖候期の東西全経度平均でみて、北半球のHadley循環の下降域が南にずれ、亜熱帯ジェット気流も南にずれている。なお、年輪幅による復元推定から、北半球熱帯の境界が、19世紀前半に、南にシフトしたという報告(Alfaro-Sánchez ほか 2018 Nature Geoscience)がある【その論文での「熱帯」の意味がわからないと評価がむずかしいが】。大西洋数十年周期振動(AMO)の位相が1830年代・1850年代は負だったのだろう。それは噴火あるいは太陽活動の弱まりによって強制されたものかもしれない(しかし確かではない)。

まとめると、19世紀前半には、おそらく火山噴火によって強制された、十年規模の天候変動があった。その特徴は、広域の寒冷化、ヨーロッパアルプスの氷河の成長、中央アフリカの乾燥、弱い熱帯モンスーン、などだった。【モンスーンについては、複数の地域で起こっていることをこのようにまとめることには、疑問が残る。】

文献

  • Raphael Neukom, Nathan Steiger, Juan José Gómez-Navarro, Jianghao Wang & Johannes P. Werner, 2019: No evidence for globally coherent warm and cold periods over the pre-industrial Common Era. Nature, 571: 550–554. https://doi.org/10.1038/s41586-019-1401-2 (有料)
  • PAGES 2k consortium, 2013: Continental-scale temperature variability during the past two millennia. Nature Geoscience, 6: 339-346. https://doi.org/10.1038/ngeo1797 (有料)
  • PAGES 2k Consortium, 2017: A global multiproxy database for temperature reconstruction of the Common Era. Scientific Data, 4: 170088. https://doi.org/10.1038/sdata.2017.88 (無料)
  • PAGES 2k Consortium, 2019: Consistent multidecadal variability in global temperature reconstructions and simulations over the Common Era. Nature Geoscience, 12: 643–649. https://doi.org/10.1038/s41561-019-0400-0 (有料)
  • Stefan Brönnimann, Jörg Franke, Samuel U. Nussbaumer, Heinz J. Zumbühl, Daniel Steiner, Mathias Trachsel, Gabriele C. Hegerl, Andrew Schurer, Matthias Worni, Abdul Malik, Julian Flückiger & Christoph C. Raible. 2019: Last phase of the Little Ice Age forced by volcanic eruptions. Nature Geoscience, 12: 650–656. https://doi.org/10.1038/s41561-019-0402-y (有料)