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気候システムの科学が発達した社会的要因についての覚え書き

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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気候システムの科学は、第二次世界大戦後に発達した。

そこには、冷戦にともなう、とくにアメリカ合衆国(USA)の、政策的な科学技術推進政策に乗ったおかげで発達した面が、たしかにある。しかし、単純に「冷戦の科学」にくくれない性格もあると思う。

気候システムの理解には、観測も重要だった。観測の手段としての人工衛星と、大気・海洋中の(放射性・安定の両方をふくむ)同位体の測定は、あきらかに、軍事・民生のどちらにも使えるいわゆる dual use 技術として発達した。(1957-58年におこなわれた国際地球観測年(IGY)では、軍が関与した部分も多かったけれども、得られた観測データを世界データセンター(WDC、いまでは改組されて世界データシステム WDS)に集められて公開するという局面では、学術の規範を重視するものだった。) 【人工衛星の件はわたしはGavaghan (1998)の本で知ったのだが、これは読みものなので、根拠としては学術的文献をみるべきだと思っている。同位体については、Oreskes & Krige (2014)のCreagerによる章とShindellによる章を読んだ。】

気候の数値シミュレーションはどうだったか。数値天気予報、つまり気象のシミュレーションを応用した天気予報の精度向上は、(当初もいまも) あきらかに dual use 技術だ。(そして、軍事がきらいな人でもさけてとおれない。) 第2次大戦後すぐに、気象の数値シミュレーションを研究課題として提案して、USAの軍をふくむ政府機関から研究費を得ようとした von Neumannや Zworykin の構想には、気候のシミュレーションも未分化な形でふくまれていた。そしてその将来の有用性として、天気予報のほかに、気象(ハリケーンなど)の制御とともに、気候の制御も考えていた (Donnerほか 2011の本のFlemingによる章)。しかし、気象シミュレーションの研究を推進したなかまの Wexler は気候改変の危険性を指摘した (同)。1955年ごろ、天気予報が実用化にすすむのと並行して、気候シミュレーション研究に特化した研究組織(のちNOAAのGFDLとなる)がつくられた。この段階で、気候に関する研究課題はアカデミックなものになっており、気候制御のような応用につながることが期待されていたようすはない (たとえばPfeffer編 1960。「ない」ことを論証するのはむずかしいが)。気候シミュレーションは、直接に応用をねらわないが将来に応用に発展する可能性が期待される、Vannever Bushのいう意味での基礎研究として推進されたのだろうと思う。ただし、その道具である(数値計算むきの)コンピューターの開発は軍の需要のおもみが大きい dual use 技術であり(佐藤 2019 第1章)、気候シミュレーションはその応用可能性のデモンストレーションという側面もあっただろう。

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気候シミュレーションの発達のうちでいちばん重要な時期をあげれば、1970年代だと思う。この期間、この研究課題へのUSA政府の資金提供は大きかったはずだ。

この時期、USAの科学技術研究資金全体はあまりのびず、そのうち軍事関連のわりあいは減った(佐藤 2019の第2章)。

他方、超音速飛行機が成層圏オゾンをこわす可能性の指摘や、アフリカの飢餓の報道、「成長の限界」論などで、地球環境への関心が高まった。気候シミュレーションの研究は、応用が意識される基礎科学として、政府からの期待が高まったのだと思う。

ただし、グローバルな気候システムの研究と、公害問題や放射性降下物を心配するローカルな環境運動とは、関心があまりかさならず、連携はよわかった (Howe, 2014)。

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1980年代、レーガン政権の軍拡政策に反発して、グローバル気候科学者と環境運動とが接近した(Howe)。

USAの気候シミュレーションの水準は高かった。しかし、この時代は国の軍事関係以外の科学技術研究予算が抑制されていたので(佐藤 2019の第3章)、使えるコンピュータ資源がのびなやんだ。他方、日本は、USAの圧力もあって、基礎研究に予算をつけるようになった。そのおかげで、日本がcatch upした。1980年代後半には、この分野の研究者ひとりあたり使える計算機資源は日本のほうが多かったかもしれない。ヨーロッパも(有力な計算機メーカーはなかったが、応用面では)日本とにた状況だったと思う。(気候ではないが)数値天気予報とその関連のデータ同化に関しては、ヨーロッパの(EUにかぎらない)政府間機関としてつくられたヨーロッパ中期天気予報センター(ECMWF)が、多くの評価基準で世界一となった。1970年代まで、気候シミュレーションは「USAでないとできない科学」だったが、1980年代には、(USA、西ヨーロッパ、日本を含む)科学技術先進国にまたがる同業コミュニティの科学になった。

[2019-10-16 補足] 人工衛星による地球観測も、同様に、USA (および、公開の成果をあまり出さなかったソ連)の独占的状態から、多数の国の競争と協力にかわった。Oreskes & Krigeの本のConwayによる章に NASA の変化に注目した記述がある。

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1988年のIPCC発足、1992年の気候変動枠組み条約締結によって、気候変化(climate change、むしろ人為起源気候変化 anthropogenic climate change)はあきらかに国際的政策課題となった。

この背景に、冷戦が終わって、「自由主義陣営」と「社会主義陣営」が相互の仮想敵でなくなった、という情勢の変化があった(米本, 1994)。地球温暖化にともなう人間社会の危機を仮想敵とするようになった人もいたのだろう。【ところで、最近のUSAの「保守」系言論のうちには、社会主義者にかわって環境保護論者を仮想敵にするものもあるようだ。政府による規制をもとめる点で同類に見えるようだ。】

IPCCをはじめとする、気候変動に関する政策決定に科学者がかかわるしくみについては、[2013-12-21の記事]で整理をこころみ、[2017-02-10の記事]で補足説明した。[この段落 2019-09-12 追加]

IPCCは、科学的知見をまとめる組織である。やや広い意味で、政策決定者への科学的助言の機関とみなせるだろう (有本ほか 2016の第7章参照)。ただし、ことばどおりの意味で助言をおこなう機関ではない。

IPCCは学術論文として出版されたものをまとめるだけなので、論文になる研究をする主体は別にある。(実際には同じ人がIPCC報告書の著者と論文の著者をかねることもあるが)。IPCCの報告書への定評ができると、研究者の動機に、基礎科学としての価値と、環境問題解決に貢献することのほかに「IPCC報告書に採用されること」がくわわった。各国の科学技術研究費をつける機関が、IPCCの報告書に採用されることを意識した研究を推進することが多くなった。ここには、科学的助言とは別の、科学研究のありかたの変容がある。その功罪の検討はまだじゅうぶんできていないと思う。

文献

  • 有本 建男、佐藤 靖、松尾 敬子 著、吉川 弘之 特別寄稿, 2016: 科学的助言 -- 21世紀の科学技術と政策形成。東京大学出版会, 221 pp. ISBN 978-4-13-060316-4. [読書メモ]
  • Leo Donner, Wayne Schubert & Richard Sommerville eds., 2011: The Development of Atmospheric General Circulation Models: Complexity, Synthesis and Computation. Cambridge University Press. [読書メモ1] [読書メモ2]
  • Helen Gavaghan, 1998: Something New Under the Sun: Satellites and the Beginning of the Space Age. New York: Copernicus (Springer-Verlag), 300 pp. ISBN 0-387-94914-3. [読書メモ]
  • Joshua P. Howe, 2014: Behind the Curve -- Science and the Politics of Global Warming. Seattle: University of Washington Press, 390 pp. ISBN 978-0-295-99368-3. [読書メモ]
  • Naomi Oreskes & John Krige eds., 2014: Science and Technology in the Global Cold War. Cambridge MA USA: The MIT Press, 456 pp. ISBN 978-0-262-52653-1. [読書メモ]
  • Richard L. Pfeffer ed., 1960: Dynamics of Climate. The Proceedings of a Conference on the Application of Numerical Integration Techniques to the Problem of the General Circulation Held October 26-28, 1955. Oxford, London, New York, Paris: Pergamon Press. [読書メモ]
  • 佐藤 靖, 2019: 科学技術の現代史 -- システム、リスク、イノベーション (中公新書 2547)。中央公論新社, 224 pp. ISBN 978-4-12-102547-0. [読書メモ]
  • 米本 昌平, 1994: 地球環境問題とは何か (岩波新書)。岩波書店。[読書ノート]