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気候変動についての政策決定にとっての科学者の役割 (2)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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[2013-12-21の記事(「第1部」と呼ぶ)]の続き。最近、この話題を同僚に話す機会があり、材料をまとめる過程と、質疑の場で、もう少し考えた。【[2017-02-13補足] 有本ほか(2016)の本の[読書メモ]にも関連して考えたことを書いたが必ずしもくりかえさないので、あわせてごらんいただきたい。】

第1部でも述べたように、IPCC (気候変動に関する政府間パネル)は科学と政策の界面を構成する巧妙なしくみである。

有本ほか(2016)で論じられているように、科学的助言のためのしくみだとも言える。リスク(不確かな危険)に対する政策では、リスク評価とリスク管理の分離がよいとされることが多いが、IPCCはほぼリスク評価を担当し、リスク管理は、国際交渉の場である気候変動枠組み条約締約国会議(UNFCCC-COP)をはじめとする政治のしくみにまかせている。

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ただし、有本ほか(2016)は、IPCCは、複数の政策オプションを提示するという形で、リスク管理の役割にいくらか踏みこんでいる、という。確かにIPCCによる気候変動対策に関する知見の提示は、複数の政策オプションの得失を比較するという形をとることがあるけれども、(わたしの理解では) 政策オプションの提示としてはとても弱いと思う。IPCCは、第1部でいう「b」の位置にあって、すでに出版された文献に書かれたオプションを論評することができるだけだ。もっとも、IPCCの著者はたいてい研究者(第1部でいう「a」)の兼業だから、研究者の立場で勧めたいオプションを提示した論文を書いて出版されれば、IPCCの著者の立場でそれを引用することは可能ではある(報告書の各章に複数の編著者がいることで極端な偏りを避けている)。また、IPCCの役員などが報告書の趣旨説明をするとき、「これこれの政策をとらないとこのような大きな被害が生じる」といった表現で、実質的にある政策オプションを勧める発言をしてしまうこともあるようだ(詳しく確認していないのでそうだという自信はないが)。もしIPCCに「複数の政策オプションを提示する」という機能を明確に持たせたいならば、著者には、文献にあるものを取捨選択するだけでなく、整合性のあるオプションを設計するところまで権限を与えるべきだろうと思う。ただし、そうするとこれまでのIPCCとは性格のちがう組織になるだろう。

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IPCCは、約6年ごとに評価報告書を出していて、現在、第6次報告書に向けたサイクルの途中にある。

しかし、(わたしの理解では) IPCCの組織はもともと臨時のもので、長期持続することを考えて作られていなかったと思う。そこで、負担の重い編著者の仕事も、それを補佐する職員の仕事も、IPCCから報酬は出ていない。各国内で、IPCCへの貢献を国の事業として報酬を出していることはあるが、わたしの知る限り、補助職員の給料や著者の旅費は出ていても、著者自身の人件費は別の本務でもらっているうちでやっているのがふつうである。IPCCへの貢献が名誉だと思われているからなんとかまわっているけれども、むしろ、IPCCと同じ専門家を取りあう別の活動(たとえばローカルな環境問題のアセスメント)をさまたげていないだろうか。人類社会の持続性に比べればささやかな問題だが、学者の活動も持続性のあるものにしないといけないと思う。

反面、漫然と持続するのがよくない面もあると思う。サイクルは5年から6-7年にのびているし、問題のたてかたも、組織の運営のしかたも、少しずつは従来の欠点を反省して改良されてはいるものの、基本的には同じやりかたが踏襲されている。新しい活動だったころには、明らかにちがう専門からやってきた人がぶつかりあう学際的な場だったのだが、サイクルをくりかえすにつれて、「IPCC方言」をしゃべる固定したコミュニティが支配するようになっているのではないか? これまでにかかわっていなかった専門分野の人をもとりこもうという動きはあるけれども、新入りは周辺の地位しか得られないのではないだろうか? わたしは[2011-08-15の記事]にはいささか過激に「IPCCは発展的解消を」と書いたけれども、今も、気候、生物多様性、人間開発問題をあわせて考える体制に再編成したほうがよいと思っている。

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IPCCはよくできているが、その成果は現実の政策にあまりよく反映されていない。それはIPCCとCOPを明確に分けたことの表と裏なのだと思う。

政策に科学的知見をよりよく反映させるためには、第1部でいう「c」の立場に、科学的知識をもった人がもっとはいっていく必要がある。第1部で「c」のところに含めたのは、COPに、各国政府代表団(または国際組織やNGOなど)の助言者として参加する学者だ。これ自体は、実際問題として少人数しか加われないし、国際政治交渉に関する専門知識のある人でないとつとまらないだろう。しかし、もっと広い意味で、各国の気候変動政策の現場に近いところに、気候に関する自然科学や社会科学の専門知識のある人が加わっていく必要があると思う。ただし、そこに行った人には学者の行動規範とはちがった行動規範が求められるかもしれない。行動規範を含めた制度設計をしていく必要があると思う。

文献

  • 有本 建男、佐藤 靖、松尾 敬子 著、吉川 弘之 特別寄稿, 2016: 科学的助言 — 21世紀の科学技術と政策形成。東京大学出版会。[読書メモ]