macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

気候・気象の分野のシミュレーションの特徴 (暫定メモ)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

- 1 -
2017年3月27-28日の「コンピュータ・シミュレーションの科学論」研究会 で、「地球温暖化認識の発達におけるシミュレーションの役割」という題目でお話しすることになった。

その題目の話題は、2016年に「科学史研究」に出した文章([2016-05-12の記事]参照)と重なるところがある。

その話題の前段として、気候・気象の分野で使われているシミュレーションの特徴を、他の分野のシミュレーション(についてわたしが理解していること)と比較しながら論じたいと思っている。こちらは、2014年5月10日に応用哲学会のワークショップで話した内容([別ページ]にプレゼンテーションファイルの画像と質疑討論のメモがある)と重なるのだが、その後に考えたことを含めて構成しなおそうとしている。ここでは、その準備として、論点を書き出してみる。

- 2 -
気候と気象とは、別々の主題として認識されているが、重なりあう部分もある。

気候や気象の分野でシミュレーションがおこなわれる目的はいろいろあり、それに応じて使われるモデルも多様だ。しかしここでは、次に述べる主題を典型と考える。それ以外の主題に関するシミュレーションの努力を軽視するつもりはないのだが、この分野のシミュレーションの発達の歴史からみて、この典型の選択は適切だと考えている。

  • 気象については、空間規模数百から数千kmの、1日から1週間くらいの天気予報。対象となるシステムは(全世界の)大気 (対流圏を主とし、成層圏あたりまで)。
  • 気候については、全世界規模(全世界平均とは限らない)の、気温や降水量などの百年くらいの時間規模での変化の現実的なシミュレーション。対象となるシステムは、大気・海洋・雪氷・陸水などを含む気候システム(ただし変化の遅い大陸氷床や地下水などはシステム外とすることが多い)。

ただし、典型となる扱いでは、人間社会の働きはシステム外とする。生物の働きも物理過程のようにみなしてしまうかシステム外とする。大気や海洋などの物質組成としては、気体・液体・固体の3相を含む水(H2O)の量だけをシステム内の変数と考え、大気は水蒸気と「乾燥大気」、海洋は水と「塩物質」の2成分系とみなす。それ以外の化学成分の濃度は、システム外から与えられる条件とするか、システム内のプロセスから診断的に得られるものとみなす。

もちろん、気候変化を考えるうえでは、たとえば大気中の二酸化炭素の量が変化するしくみのシミュレーションも必要となる。それには、気候システムに加えて、地球化学と生物の働きがかかわる「生物地球化学サイクル」をも含むシステムを扱う必要がある。その両者を含むシステムは「地球システム」と呼ばれることが多い。(固体地球のダイナミクスを含むシステムではないので、わたしは「地球表層システム」と呼ぶべきだと思うが。) 「地球システム」のモデルは気候モデルの拡張とも言えるものだが、ここでのおもな議論の対象からははずしておく。

- 3 -
前の節で主題を限定した気象・気候のシミュレーションに使われる数値モデルは、主として物理法則に基づき、補助的に経験則を使うモデルである。経験則を使う部分を parameterization (パラメタリゼーション)と呼んでいる([2012-06-10の記事]参照)。ここで使われる物理法則は、質量保存、エネルギー保存、運動方程式などである。それらは、気象・気候の外の基礎物理の分野で検証ずみである。

物理法則に基づくモデルのほうが経験則に基づくモデルよりも信頼がおける度あいが高いと期待されることがある(わたしも条件をつけたうえでそう思う)。しかし、そう思う人のうちには、モデルの信頼度はモデルの構成要素のうちいちばん弱い環で決まるのだから、気象や気候のモデルは信頼度の面では経験則によるモデルにすぎないのだ、と考える人もいる。階級分けの理屈としてはそう言うべきかもしれない。しかし、気象・気候のモデルは、大きなところを物理法則でおさえて、細部に、物理法則に反しないように注意しながら、経験則を使っているのであって、気象・気候全体に経験則を適用するのとはだいぶちがう。全部物理法則に基づくモデルと全部経験則に基づくモデルの中間の類をたてて論じるべきだろう。

人間社会を扱う経済学や行動科学などの予測に使われるモデルに慣れている人は、予測に使われるモデルは次のような性質をもっていると考えがちであるようだ。

  • モデルの較正(calibration)と検証(validation [注])のために、入力変数と出力変数の観測値が存在する期間が必要だ。較正期間、検証期間、新規の予測の期間は独立でなければならない。
    • [注] 「検証」にあたる英語にはverificationとvalidationがあり、区別されているようだが、わたしは区別を説明できるほどよく知らない。
  • モデルは、較正・検証に使われたモデルの入力変数や出力変数の値が存在する範囲では有効だが、経験の範囲をはずれる外挿 [時間に関する外挿をさすのではない] になると信頼できない。

気象・気候モデルの中で使われるparameterizationの多くは、確かに、較正と検証が必要であり、それに使われた数値の範囲の外での有効性は疑わしい。しかし、parameterizationの較正・検証には、必ずしも大気あるいは気候システムの全体のふるまいの予測型計算を必要とはしない。そこで上記のような特徴は気象・気候モデルには必ずしも成り立たない。

たとえば、大気中の二酸化炭素濃度が工業化前の280 ppmの2倍の560 ppmになった経験はないが、気候モデルの二酸化炭素分子による放射吸収・射出のparameterizationは、精密な(そして部分的だが実験室で検証されている)理論の近似なので、濃度2倍や4倍ぐらいではゆらがないと考えられている。(濃度100倍とかいう場合も考えるとなると、parameterizationを作った際に省略していた項目が重要になって、作りなおす必要が生じるかもしれない。)

- 4 -
気象・気候のモデルで使われる物理法則は、空間と時間の座標の関数である変数に関する、連立された偏微分方程式の形をとる。偏微分方程式の専門用語でいう「双曲型」であり、境界条件とともに、初期条件としてある時刻(「初期時刻」という)でのすべての空間位置での変数の値がわかっていると、そこから未来の時刻での値が定まっていく。

実際には、微分のままでは解けないので、空間・時間を有限区間で区切った差分法やその他の方法で離散近似をして数値解を求めるのだが、状況は上記とほぼ同様だ。

物理過程のうちに拡散・摩擦(粘性)などがあるので、時間逆向きの計算はできない。過去にさかのぼった議論がしたいときも、対象期間の最初での初期値を与えてそこから時間順方向の予測型シミュレーションをする。(あるいは、ここで典型として扱うモデルとはちがった、時間逆向き計算ができるモデルをつくる。それはおそらくstochastic (確率過程的)なものになるだろう。)

気象・気候のモデルは、(原則として)決定論的なものとして構成されている。(ただし、parameterizationはstochasticな要素を含むこともありうる。)

ただし、決定論的構成であるにもかかわらず、同じ初期値・境界値によるシミュレーションの結果が同じになるという再現性を期待していない。それは、浮動小数点演算に数値解析的誤差があること、さらに、その帰結として数式上は同値の計算でも計算順序によって結果に違いが生じるにもかかわらず、プログラムの実行時の演算の順序を厳密に指定しない(計算効率重視で決める)、という事情による。

そして、大気や海洋の現象には、初期値の小さな違いが時間とともに拡大していくという、E. N. Lorenzの意味での「カオス」の特徴がある(暫定的に[2016-05-23の記事]参照)。数値天気予報の場合では、観測誤差ほどの違いが、およそ2週間ほどで、たとえば気圧の谷と峰が逆になるほどの違いになって、天気予報としての価値がなくなってしまう。

しかし、これをいくらか克服する「アンサンブル予報」という技術がある。問題をstochasticなシステムの予測ととらえたうえで、決定論的なシミュレーションを多数個おこなうことによって確率分布を推定しようとするのだ。シミュレーションの事例どうしの間には、初期値、または、parameterizationのパラメータに、観測に基づく知識の不確かさと同程度かそれより小さいずれ(摂動)を与える。(摂動の与えかたが結果に大きな影響をおよぼすにもかかわらず、それに客観的基準がないという問題が残されている。)

- 5 -
物理法則に基づく気象・気候のモデルには、複雑なモデルと単純なモデルがあり、同じ問題に対して、さまざまな複雑さのモデルによるアプローチがありうる。

複雑なモデルがあれば、組みこむ物理法則の数(あわせて変量の数)をしぼることや、空間の次元を(座標方向に平均や合計をしてしまうことによって)減らすことによって、単純化したモデルを考えることができる。

複雑なモデルでは、境界値・初期値を現実に近く与えれば、計算結果も現実の観測値と比較して評価可能なシミュレーションができる。単純なモデルの変数は観測との比較が困難である。

他方、単純なモデルでは、方程式の一般解が得られる場合もあり、そうでなくても非常に多数の条件を与えたシミュレーションをすることができるので、研究者はそのモデルの中で起こりうることの構造を知りつくすことができる。複雑なモデルは大量の計算機資源を必要とするので、比較的少数の設定での実験ができるだけである。(アンサンブル実験は、さらに大量の計算機資源を使って、同一とみなせる設定の実験例をふやすものであり、設定の種類をふやすことには寄与しない。) ただし、現実にあるプロセスを無効にするなど、現実にはできない数値実験をすることによって因果関係にせまることはできる。単純なモデルは理論の道具、複雑なモデルは実験装置と見るべきだろう。

地球温暖化の見通しが、頑健な(IPCC用語でいう「確信度の高い」)知識になっているのは、大きく見れば同じ系列ではあるが、単純な鉛直1次元モデルの結果と、複雑な3次元モデルによるシミュレーション結果を鉛直1次元的に見たものとが、基本的に同じである、ということによって支えられている。

- 6 -
数値天気予報モデルと、気候モデルのうちの大気大循環モデルとの実体はほとんど同じである。重要なプロセスを数個あげると、どちらも同じだからだ。

しかし、単純なモデルからの複雑化という観点で考えると、両者は同じではない。

世界規模の気候変化を表現できるいちばん単純なモデルは、気候システム全体のエネルギーを1つの数値で代表させ、エネルギー保存の法則だけを考える、0次元エネルギー収支モデルである。

次が、鉛直方向の場所による温度のちがいを考え、電磁波の伝達(放射)と大気の運動(広い意味の対流)による鉛直方向のエネルギー輸送を考えた、鉛直1次元モデルである。(大気の運動は直接表現せず、その鉛直エネルギー輸送の働きだけを「対流調節」などのparameterizationで表現する。) これで、たとえば、二酸化炭素濃度倍増に対する定常応答の数値に関する不確かさが狭まった。

これと同様な複雑さのレベルで、鉛直ではなく南北方向つまり赤道と極との間のちがいを考えた南北1次元のモデルもある。(大気の運動は直接表現せず、その南北エネルギー輸送の働きだけを温度拡散型などのparameterizationで表現する。) 雪氷のアルベド(太陽放射反射率)によるフィードバックの理解に役立った。

次の複雑さのレベルのものとして、南北・鉛直2次元モデルが考えられる。しかし、このモデルで直接に表現できる大気の運動によるエネルギー輸送は、熱帯では現実の大気に近いのだが、温帯では全然ちがってしまう。温帯大気のエネルギー輸送の主役は温帯低気圧であり、それを表現するには東西と時間の次元が必要なのだ。そこで、南北・鉛直2次元モデルはあまり使われず、3次元の大循環モデルがおもに使われる。

他方、天気予報を考えると、いちばん単純なプロセスは、流体の運動によって低気圧などの渦が(あるいは温度などの特徴のちがう空気の「塊」が)流れてくることだろう。そこで、流体の運動が基本だろう。ただし、まずは水平2次元でよいかもしれない。また、断熱でよいかもしれない。

次に、温帯低気圧の発生・発達を考えたい。それは、位置エネルギーから運動エネルギーへの変換と考えることもできる。変換プロセスを考えるために鉛直次元も必要だ。また、位置エネルギーの供給源として、大局的な低緯度と高緯度との加熱の差を考える必要がある。

さらに低気圧の発達を現実的に表現するには、大気内のローカルなプロセスも断熱ではすまず、たとえば、水蒸気の凝結によって水蒸気の持っていたエネルギーが乾燥大気の内部エネルギーになるとともに密度が下がって上下の対流が励起される、といったプロセスをも(直接物理法則で表現しきれずparameterizationになるかもしれないが)とりこむ必要がある。

ここまで複雑化したところで、両方の需要がほぼ重なるのだ。大気、とくに中緯度(温帯)の大気について、人間の直接的関心が向く天気の変化にとって重要なプロセスが、気候を構成する南北のエネルギー輸送にとっても重要なのだ。逆に、気候にとって重要なエネルギー収支が、天気予報にも、1日予報ではあまり重要でないものの、1週間予報になると重要になってくる。

これは、気象・気候の学問分野にとっての幸運だと思う。気候の変化のシミュレーションを経験によって検証することは可能だとしても時間がかかるが、天気の1週間予報ならばモデルを検証し改良することが頻繁にできる。そして気象モデルに関する知見が気候モデルにとっても有用だったのだ。

(ただし、数値天気予報の初期値をつくるのにも、気候変化のシミュレーションの初期値や検証に使われる「再解析プロダクト」をつくるのにも、古くは「客観解析」、今では「データ同化」(data assimilation)と呼ばれる、観測値とシミュレーション結果とを統計学的発想で組み合わせる技術が使われている。知識の基礎づけという観点からはわけがわからないことになっているが、知識の逐次的改良という観点をとれば当然のことをやっていると思う。)

他の分野ではそれほど幸運とは限らない。

気候に隣接する生物地球化学サイクルについてみても、1年規模、千年規模、百万年規模の大気中の二酸化炭素の収支を考えるには、ちがった役者の組み合わせによるシステムを考えなければならない。

固体地球について考えると、地震と大陸形成・移動とでは、関連はあるものの、時間規模がちがいすぎて、同じモデルで扱うことは困難だろう。

- 7 -
気候の変化には生物や人間社会の活動も関与している。

生物や人間社会も物理法則に従っているはずだ。しかし、物理法則だけを基本としてそのふるまいを予測できるモデルを構成できるとは思えない。かといって、生物や人間社会をそれぞれ支配する基本法則が(少なくとも今の世代の人が生きているうちに)確実にわかるとも思えない。生物や人間社会をモデルに組みこもうとすると、どうしても経験則による部分がふえてくる。すると、物理法則に基づくモデルの強みが失われる面も出てくる。したがって、これからも、現実とはちがうことを承知で、生物や人間社会をシステム外に置くような問題設定をしてシミュレーションをすることが多くなると思う。

文献

  • 増田 耕一, 2016: 地球温暖化に関する認識は原因から結果に向かう思考によって発達した。 科学史研究 (日本科学史学会), 54: 327 - 339.