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気候変動(地球温暖化)に関する学術のありかたについての考え

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

この記事はわたしの現状認識と意見を書いたものだが、まだ考えがまとまっていないところがある。今後大幅に書きかえるかもしれない。

表題の「気候変動」は、日本の環境行政や科学技術行政で使われている用語として、検索にかかってほしいので使った。わたしの立場では「人為起源気候変化」と書きたいところだが、日本の世の中で通用する表現として「地球温暖化」をおもに使うことにする。

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わたしは気象学のディシプリンを学んで気候について研究してきた者だが、地球温暖化(人為起源気候変化)の問題にかかわるようになったのは2000年ごろから、それを仕事の中心に位置づけるようになったのは2009年ごろからである。

近ごろは、日本政府による、地球温暖化の課題解決をめざす基礎研究のプロジェクトに(実質的にはあまり貢献できなかったが、おもに議論の場に)かかわってきた。

それをふりかえって感じるのは、21世紀にはいってから最近まで、地球温暖化に関する研究活動が、同じ様式のまま改良することに偏っている(それでありながら研究者にとっての負荷は重くなってきている)のではないか、ということだ。国際協力の面で同じ様式を継続する義務があるかもしれないが、関連分野の学術研究者の精力をそこにばかり注ぎこむのではなく、専門外の人と議論しながら別の発想を構築する必要があると思う。

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1988年に設立されたIPCC (気候変動に関する政府間パネル)は、(1) 1990年、(2) 1995年、(3) 2001年、(4) 2007年、(5) 2013-14年に評価報告書(assessment report(s))を出しており、現在、第6次報告書の準備にとりかかっている。

IPCCには3つの作業部会(working group(s))があり、それぞれが報告書をつくる。部会の役割分担は、第3次報告書以後はだいたい一定して、次のようになっている。

  • WG1: 気候変化の科学的基礎
  • WG2: 影響(impacts)、脆弱性(vulnerability)、適応策(adaptation)
  • WG3: 緩和策(mitigation)

(すなおに分割すると「科学」「影響」「対策」だと思うのだが、それに比べて実際のIPCCでは、対策のうち適応策が影響と同じ部会にまとめられている。)

IPCC報告書の編著者の役割は、それまでに出版された文献にもとづいて科学的知見をまとめることであり、あらたな研究をすることではない。

しかし、編著者の多くは現役の研究リーダーでもあり、そちらの立場で、IPCC報告書をよりよくするための研究を推進することもある。

とくに、正確な表現ではないのだが地球温暖化の「予測」と呼ばれることが多い(英語では prediction ではなく projection と呼ばれる)活動は、3つの部会のどれとも関係するので、成果がIPCC報告書で使われることを意識した国際的な協力体制が組まれた。

この活動については[教材用ページ]に説明を書いた。そちらを見ていただきたいのだが、IPCCとの関連について少し補足しておく。

-- 第4次報告書に向けて --

第3次報告書と並行して、WG3にかかわっていた統合評価モデル(integrated assessment model(s))の研究者が中心になって、排出量シナリオをつくる活動があった。当時代表的であった炭素循環などの知見を使って、濃度シナリオへの読みかえもおこなわれた。それらのシナリオは、2000年にSRES (Special Report on Emission Scenarios)というIPCCの特別報告書として発表された。

WG1に関係する気候モデルによるシミュレーションの研究者が、SRESの濃度シナリオを入力として、予測型シミュレーション(projection)をおこなった。これは、(IPCCではなく、ICSU [国際科学会議]・WMO [世界気象機関]などが推進するWCRP [世界気候研究計画]の一環である) CMIP (結合モデル相互比較プロジェクト)というプロジェクトの中で実施された。(このときのCMIPはCMIP3と呼ばれている。第3期ということらしい。)

WG2に関係する気候影響の研究者が、CMIPの結果として得られた気温・降水量などを入力として、それぞれの気候シナリオのもとでの、生態系や人間社会への影響を評価した。

このようにして、第4次報告書は、3つの部会にわたって、ある程度は共通の土台に立った議論ができた。

-- 第5次報告書に向けて --

第5次報告書に向けても、ほぼ同様な研究活動が進められた。ただし、いくらか体制の変更があった。

大きな変化は、共通シナリオとして、排出量シナリオよりも先に濃度シナリオをつくることにしたことだ。その濃度シナリオはRCP (Reference Concentration Pathways)と呼ばれている。(実際には4つのRCPはそれぞれ統合評価モデルの出力なので、同じモデルで排出量も計算されているのだが、それは共通シナリオとしては使わないことになった。) この順序の入れかえは、CMIPの気候シミュレーションを早く始めるための便宜的なものだと、わたしは理解している。(このときのCMIPはCMIP5と呼ばれている。CMIP4はなかった。炭素循環を扱うC4MIPというプロジェクトが先におこなわれたので、まぎらわしさを避けたのかもしれない。)

なお、社会の発展を考える枠組みとして、SSP (Shared Socioeconomic Pathways)というものを5つ想定した。SSPは排出量に直結しておらず、さまざまなSSPとRCPの組み合わせがありうると考えられている。

また、IPCCは知見をまとめる機関であり独自研究はしないという筋をとおすために、RCPやSSPの作成の主体をIPCCから切り離し、研究者たちの自主的協力という位置づけにした。

-- 第6次報告書に向けて --

第6次報告書に向けた研究活動の体制の全体像をわたしはまだつかんでいないが、CMIPに関しては、CMIP6の準備が進んでいる。

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IPCC第4次報告書の準備段階以来、次のような研究活動が、いわばIPCC関連の研究の主流として、続いている。

  • WG1関連: 気候モデルによる予測型シミュレーション(projection)。CMIPの主要部分でもある。
  • WG2関連: 気候シナリオとして、CMIPの出力をもとに、必要に応じて詳しい地形などを考慮して読みかえる「ダウンスケーリング」をしたものを使った、生態系や人間社会への影響評価。
  • WG3関連: 気候と経済のあいだのフィードバックを表現できる統合評価モデルによる、気候変化の影響(被害)と対策の費用とを考慮した、長期(百年規模)の費用便益分析。統合評価モデルの気候の部分は単純化した気候モデルで調節可能なパラメータを含み、パラメータの値をCMIPの気候モデルの結果を参照して決めることが多い。

このような研究活動が継続されたのは、第4次報告書が成功ととらえられたからだと思う。IPCCが2007年のノーベル平和賞を受けたことも、その意識を高めたかもしれない。2010年初めには、IPCC報告書のまちがいが指摘され、IPCCへの信頼がゆらいだ。しかし、まちがいの内容を知る人から見ると、まちがいのほとんどはWG2の報告書の、影響評価の研究がまだ充分進んでいない地域・題材のものだった。そこで、IPCCに近い研究者の認識としては、やるべきことは影響評価研究をしっかりやって知見の不確かさを減らすことだ、となって、ますますCMIPの利用がふえたのだろうと思う。(IPCCから離れた、科学技術社会論の学者などから見れば、やるべきことは研究そのものよりも研究者と政策決定者あるいは市民とのあいだの相互作用を活発にすることだったのだが。)

IPCCでは第3次報告書以来、科学的知見には不確かさがあることを認識したうえで、リスク評価として使ってもらおうという考えがある。そして、社会は科学的知見の不確かさが大きいことに不満をもつので、研究者は不確かさを減らすように研究を進めることに使命感をもつようになる。

WG1関連のprojectionの不確かさは、まだ満足できないほど大きくはあるが、大きさの認識はわりあいうまくできている。そして、不確かさを減らすことに寄与しそうな方法がいくつか知られている。ひとつはモデルの空間分解能を細かくすること(格子型モデルならば格子間隔を小さくすること)だ。もうひとつは、ほぼ同一設定だがわずかに違う条件での計算例を多数含む「アンサンブル予測」をすることだ。いずれも、必要とする計算機資源が従来よりも桁違いにふえるのだが、幸い計算機の能力の向上も続いているので、研究の予算があまり変わらなくても実行できている。

しかし、研究にたずさわる人の人数は変わらないかむしろ減っており、計算結果のデータの量の増加に比べてデータ入出力・転送速度の改善は遅れている。計算結果が新しい科学的知見(査読済み研究論文)として認められるための要求水準もどんどん高くなり、それにこたえることは研究機関にとってますます重荷になってきていると思う。

WG2関連の気候影響評価は、形式的には空間分解能の細かいCMIPの出力を使うことができる。しかし、それを将来の(特定の排出量シナリオを前提とした)ローカルな気候のシナリオとしてみたときの不確かさは原理的にあまり小さくできない。ローカルな気候の変化には、グローバルな気候の変化のほかに、ローカルな原因や自然変動の寄与も大きいからだ。入力データ量がふえることは、研究者の負担がふえるわりに、効果は大きくないかもしれない。また、見かけ上詳しくなることが、不確かさが小さくなったという誤認を招く心配も感じる。

WG3関連の統合評価モデルでは、気候の空間分解能はあいかわらずあらいままであることが多い。WG2関連の空間分解能の高い気候影響評価と組み合わせる試みもあるようだが、モデルを詳しくすると計算機資源や人間時間のつごうで計算例の数が減ってしまうという問題もある。

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わたしは、地球温暖化問題のリスク管理の際に考えなければならない科学的知見の不確かさは次のように分けられると思う(これで全部というわけではないが)。

  1. 気候変化自体についての知見の不確かさ
  2. 気候変化が人間社会にとってどんな問題を起こすかについての知見の不確かさ
  3. 気候変化の対策が人間社会にとってどんな問題を起こすかについての知見の不確かさ

ただし、近ごろ「不確かさ」と言えば、「誤差」に近い意味の、量的なものと考えられがちだ (わたしもそういう意味で使うことが多い)。実際、上記の「1」の気候の状態をあらわす定量的変数の不確かさならばそのような扱いができる。しかし「2」「3」ではむしろ、大事な要因を数え落としているおそれ などが不確かさの主要部分だろうと思う。

CMIPの出力を入力とした気候影響評価も、統合評価モデルによる対策案の評価も、結論を導くまでの論理的道筋が複雑で、しろうとに理解してもらうのがむずかしいものだと思う。そのようなものについて、専門家にとっての不確かさを減らすことができたとしても、しろうとにとっての不確かさを減らすことはむずかしいだろうと思う。ほとんどが気候問題の専門家ではない政策決定者に使ってもらう知見を提供するには、別の発想が必要かもしれないと思う。

そして、今の社会が政策決定に向かうために科学的知見の不確かさを減らすことを期待しているとは思うが、そのうちで重要なのは、もはやWG1関連の「1」を小さくすることではなく、「2」と「3」を把握して政策決定者にわかってもらうことだろうと思う。「2」についてはWG2が詳しく扱ってはいるが、分野別縦割りになっていて統合された認識にはなっておらず、見落としもあるかもしれない。「3」は「緩和策」についてはWG3、適応策についてはWG2の課題であるはずだが、まだそれを主題にした検討があまりされていないと思う。そしてそれを検討するためには、すでにIPCCで扱われているのとは違った種類の人文・社会科学の発想が必要かもしれない。

IPCCとそれをとりまく世界の(CMIPや統合評価モデルなどの)研究者たちの集団が第4次報告書以来の方向に突き進むのを変えさせるのはむずかしいだろう。そして、日本の研究者集団のうちからは世界の共同研究の役割分担をする人も出す必要があるだろう。しかし、関連分野の研究者の精力をそればかりに集中させるのはまずいと思う。日本だけでも、「2」と「3」を知ること(さらにできればその不確かさを小さくすること)に重点を置きなおすべきだろうと思う。社会が求めることと研究者ができることとの間の交渉による調整([2016-04-23の記事]参照)も必要かもしれない。