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大気のエネルギー、エネルギー収支 (5) (熱収支ではなくて熱機関論)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

[第1部(2016-12-09)][第2部(2016-12-10)][第3部(2016-12-11)][第4部(2016-12-13)]の続き。節の番号も続きでつけることにする。

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第1部の「- 6 -」で述べた、運動エネルギーがどのようにつくられているかに関するエネルギー収支解析について、まだ具体的に述べていなかったので、ここで紹介する。

【ただし、わたしは、この種類の計算を自分でやったことがなく、また、今も、文献の理屈や数式を充分詳しく確かめることができていない。この記事は方法の外形的な紹介にとどまる。】

大気を空間的に分けた各部分を箱のようにみなして、そのエネルギー収支を、内部エネルギー・位置エネルギー・運動エネルギーの間の変換項も含めて定式化したものは、たとえば、Peixoto & Oort (1992)の本の13.2節にある。

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運動エネルギーをおもに考えるときは、位置エネルギーと内部エネルギーをあわせたもののうちで、運動エネルギーに変わりうる部分を取り出した、available potential energy (APE, 日本語では「有効位置エネルギー」)という概念を使った議論をすることが多い。

ひとまず、内部エネルギーのうち、水蒸気による部分は除外し、温度に比例する部分だけをとりあげる。また、上下の対流に対して安定または中立な成層状態が実現しているとする。

位置エネルギー + 内部エネルギー」のたまりは、運動エネルギーのたまりよりもずっと大きい。しかし、もし、大気の状態が水平に一様(等密度面が水平)ならば、そこにある「位置エネルギー + 内部エネルギー」から運動エネルギーをつくることができない。運動エネルギー生成に利用可能(available)なエネルギーは、空気のもつ物理量の分布の水平非一様性に関連した部分なのだ。

APEの定式化にいちばん貢献したのは、Edward N. Lorenzの1955年から1960年ごろの仕事だ。その原論文をわたしは読んでいない。模範的文献としては、[2014-06-18の「大循環」の記事]でふれた Lorenz (1967)の大気大循環論の本を読んでいる。【この例に限らず、自然科学者は、新概念が最初に提唱された学説史的に重要な文献を(文献リストにあげることはあるが)実際に読まず、実際の理解は概念の定式化が定まって教科書的に記述された文献に頼ることが多い。】

APEの考えかたは多くの教科書、たとえばPeixoto & Oort (1992)の14.1節で紹介されている。第4部の「- 16 -」で述べた「温位」(potential tempearture)、つまり、断熱的に標準の気圧に持ってきたときの温度を使う。そして次のように考える(Peixoto & Oortの図14.2参照)。

  • 大気の質量を、温位の区間ごとに分類する。
  • 各分類の質量が実際と同じで等温位面がいずれも水平であるような仮想的状態を考え、これをreference stateとする。 (日本語では「参照状態」と言ってもわかりにくいので仮に「水平状態」と呼ぶことにする。)
  • 実際の状態の「位置エネルギー+内部エネルギー」と、水平状態の「位置エネルギー+内部エネルギー」との差を有効位置エネルギーとする。

よく使われるp座標での有効位置エネルギーと運動エネルギーの収支式は、たとえばPeixoto & Oort (1992)の14.3節にある。有効位置エネルギーから運動エネルギーへの変換項は、ω α に比例する(ωは鉛直p速度、αは単位質量あたりの体積)。

Dutton & Johnson (1967)によれば、APEの定式化は温位を鉛直座標にとって(等温位面で)計算するのが正確であり、p座標の式は近似式である。【しかし、気象データはふつうp面で提供されるので、等温位面で計算しようとすると内挿が必要だ。データ解析の誤差評価には定式化の誤差と内挿誤差の両方を考える必要がある。】

Peixoto & Oort (1992)の第14章の題名にもなっているように、大気中で、まず加熱・冷却の不均一によってAPEが作られ、そこから運動エネルギーが生成する過程が、準定常的に継続していることは、熱機関と似ている。

Ozawaほか(2003)は、大気の熱力学過程をエントロピーの発生を含むエントロピー収支の枠組みでとらえたが、その8.1節では、その枠組みと、E. N. LorenzのAPE生成・散逸の枠組みとを関係づけている。

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気象学では、いろいろな量を、平均場とそれからのずれに分ける。平均としては、zonal平均 (東西全経度平均)、水平領域平均、時間平均をとる場合がある。

[2016-07-01の記事「渦、vortex、eddy」][教材ページ「渦(eddy)輸送」: 「積の平均」と「平均の積」の違い]で書いたように、平均場の状態の式に、複数の量の積の形をした項があるとき、その項は、平均量どうしの積のほかに、平均からのずれどうしの積の平均(eddy項)を考慮する必要がある。

【第4部のQ1の話で、eddyとしてデータで表現できないsub-grid scaleの運動の寄与だけを考えたのとはちがって、いま考えている状況では、データで表現できる(grid scaleの)大気の運動の多くがeddyのほうにある。sub-grid scaleは、重要でないか、粘性のように働くだけと想定している。】

有効位置エネルギー A と、運動エネルギー K を、それぞれ、平均場の項 M と、eddyの項 E に分けて、AM, AE, KM. KEの4つのエネルギーのたまりの収支を考える。Aの生成項、AからKへの変換項、Kの散逸項を、それぞれ平均場とeddyに分けて考える。また、A, Kそれぞれについて、平均場とeddyとの間のやりとりの項がある。このような枠組み(Peixoto & Oortの図14.3)で、観測データや数値モデル出力によって数量を入れた研究が多数ある(Peixoto & Oortでいえば図14.8など)。

この枠組みからの発展として、平均場からのずれを、フーリエ展開、球面調和関数展開、あるいは大気力学のノーマルモード展開して、平均場とそれぞれのモード、さらにはモードどうしのエネルギーのやりとりを調べた研究もある。

文献

  • John A. Dutton & Donald R. Johnson, 1967: The theory of available potential energy and a variational approach to atmospheric energetics. Advances in Geophysics (Academic Press), 12: 333-436.
  • Edward N. Lorenz, 1967: The Nature and Theory of the General Circulation of the Atmosphere. WMO No. 218. Geneva: World Meteorological Organization. (MITのLorenz著作ページ http://eaps4.mit.edu/research/Lorenz/publications.htm 参照)
  • Hisashi Ozawa, Atsumu Ohmura, Ralph D. Lorenz & Toni Pujol, 2003: The second law of thermodynamics and the global climate system: A review of the maximum entropy production principle. Reviews of Geophysics (American Geophysical Union), 41, 4/1018, 24 pp. http://doi.org/10.1029/2002RG000113
  • Jose P. Peixoto & Abraham H. Oort, 1992: Physics of Climate. American Institute of Physics. [読書ノート(英語)]