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地球温暖化と人工衛星とのかかわり

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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人工衛星に関心をもつ団体から、地球温暖化に関する話をするように頼まれたので、この機会に、地球温暖化と人工衛星とのかかわりについても話そうと思った。

ただし、わたしは宇宙開発事業団(NASDA)に雇われていた2000-2003年ごろは地球観測衛星の計画に直接かかわってはいなかったものの情報を追いかけてはいたのだが、その後はたんなるデータ利用者になり、最近はデータを使う作業からも遠ざかってしまって、知識の更新が必ずしもできていない。

また、いくつかの論点を列挙してみたものの、構造のしっかりした議論を組み立てることに至らなかった。

そのような残念な面はあるが、わたしだからできる情報提供ではあったと思うので、講演のその部分で述べたことを、文章を多少整えて、ここに書き出してみる。なお、そのほかのその講演に関する情報は[別ページ]に置いた。

- 1. グローバルな科学技術、国際協力 -
地球温暖化に限らないで、気候とその変動に関する知識の発展を考えれば、そこに人工衛星による地球観測が大きく貢献してきたことは明らかだ。

そして、地球観測も、気候に関する知識の発展も、国境を越えた活動によって発展してきた。

1957-58年に、国際地球観測年(IGY = International Geophysical Year)があった。これは、日本学術会議も参加する国際的学術団体 ICSU (International Council of Scientific Unions、現在はInternational Science Council [国際科学会議]となっている)が主導して各国政府などが協力したものだった。日本の活動のうちでは、南極観測を、今も続く国の事業として始め(戦前の白瀬隊は国の事業ではなかった)、昭和基地をつくったことがよく知られている。

初めての人工衛星、ソ連のSputnikも、このIGYの事業の一環という位置づけだったのだ。Sputnik自体は何も観測しなかったようだが、それが発信した電波をつかまえる努力はその後の地球観測技術に貢献した。それに対抗して急いで打ち上げられたアメリカ合衆国のExplolrerは、James Van Allenの構想によって地球のまわりの放射線を計測した。

そして、(人工衛星と直接関係はないが)地球温暖化の認識にとって重要な、ハワイと南極での二酸化炭素濃度の継続的観測も、このIGYを機会にアメリカ合衆国の事業として始められたものだった。

気候と人工衛星の直接の関連としては、IGYのアメリカの衛星利用の計画にはVerner Suomiの構想による地球の放射収支の観測も含まれており、IGYの期間よりは遅れたが、1959年に実行された (わたしはGavaghan 1998の読みもので知った)。

宇宙利用技術については軍事とのからみが避けられないところがある。アメリカ・ソ連の両政府がIGYでの人工衛星の地球観測への利用を強調したのは、軍事用の偵察衛星を使いたくて、それに飛行機にかかわる領空の規制を適用させないために、「平和利用」の人工衛星で実績を作りたかったからだ、という話もある。

1961年にアメリカのケネディ大統領が国連の演説で、人工衛星を利用して、世界の天気予報を改善しよう、という呼びかけをした。冷戦の時代だったが、この目標についてはソ連の思わくも基本的に一致していた。国連の機関として発足していたWMO (世界気象機関)の事業としてWorld Weather Watch (世界気象監視計画、WWW http://www.wmo.int/pages/prog/www/)が1963年から始まり、今も続いている。この事業では、世界各国の気象庁に相当する気象現業機関が、一定の技術標準にしたがった観測をし、観測データをリアルタイムに交換して、予報に役立てている。気候の定量的認識にとっても、この事業で集められたデータは重要な情報源だ。

気象現業機関は、WWWをさらに改善するために、学者たちと、人工衛星をあげようとしていた各国の機関に協力を求めた。そして、ICSUとWMOが共同で呼びかけて、GARP = Global Atmospheric Research Program (当時の日本語名はちがっていたが「全球大気研究計画」と直訳しておく)が始められた。気象観測はそれまで北半球中緯度の陸上に偏っていたが、海上、熱帯、南半球の観測を充実させることが必要と考えられ、そのために衛星観測の利用が重視された。

1970年代にはしだいに気候(climate)の問題が重視されるようになってきた。ひとつは人間活動が気候を変化させるという問題で、温室効果気体とエーロゾルの効果を含む。もうひとつは、「エルニーニョ・南方振動 (ENSO)」などの天候年々変動の問題で、これも英語ではclimateに含まれるのだ。そこで、GARPは発展的に解消して、1981年からWCRP (World Climate Research Program, 世界気候研究計画 http://www.wcrp-climate.org )となった。WCRPの主催者にはICSU、WMOに加えてUNESCOの政府間海洋学委員会(IOC)が加わった。

WCRPの一環として、1988年からGEWEX (http://www.gewex.org )が始まった。これはながらくGlobal Energy & Water Cycle Experimentの略だったが、今は Global Energy & Water Exchanges Projectとなっている。これには、地域(とくに大陸規模河川流域)の水循環を実験的現場観測によって研究している人たちと、全世界の大気・水圏のエネルギーと水の循環をおもに衛星観測に基づくデータによって研究している人たちが連合している。衛星観測関係ではとくに、エネルギー収支や水収支に関係する量の全世界規模の長期のデータセットを作るGDAP (http://rain.atmos.colostate.edu/GDAP/ )の活動がある。

【わたしの観点からの IGY、GARP、WCRP、GEWEXの紹介を[教材ページ「現業観測と実験観測、観測データの国際的共有」]に書いたが、2006年当時の情報であり、今は事情が変わっていたり、情報源のURLが無効になっていることもあちこちある。】

- 2. 気候システムのエネルギー収支を観測する -
気候システムのエネルギー収支は、宇宙の中の地球という発想からすなおに出てくる項目でもあり、地球温暖化の基本でもある。

そして、そのエネルギーの出入りは、可視・赤外の放射(電磁波)であり、地球の外をまわる人工衛星で直接観測できる。

ただし、地球のエネルギー収支の観測は、2000年以後は、CERESというセンサー(NASAの衛星Terra, Aquaにのせられている)で継続観測されているが、それ以前は、1978年からのERB (Nimbus 7衛星)、1984年からのERBE (ERBSとNOAA衛星)があるものの、質のよい観測はとぎれとぎれになっている(2007年までの情報だが[教材用ページ「『太陽定数』と地球の放射収支の観測」]参照)。

また、CERESの観測結果を集計してみると、正味の放射収支は5 W/m2ぐらいになるが、理屈のほうから見積もった現在の気候システムのエネルギー収支は1 W/m2弱であり(これがこれから大きくなることが心配されているのだが)、「気候システムのもつエネルギーの増加を知る」という目的には、残念ながら、これまでの衛星データでは観測誤差が大きすぎて答えられないのだ(Trenberth & Fasullo 2010, 増田 2013)。ただし、地球放射収支の衛星観測は、シグナルが誤差よりも大きい地域別・季節別のエネルギー収支の知見を得るのには役にたっている。

この誤差のいくらかは、サンプリングからきているようだ。観測対象となる場所の偏りはデータ処理で打ち消しているが、地球に対する太陽放射の入射角・反射角の組み合わせを衛星のセンサーで必ずしも公平にとらえていないという問題がある。

しかし主要な問題はセンサーの経年劣化と軌道上での較正のむずかしさにあると思われる。いわゆる「太陽定数」([2012-04-29の記事]参照)の観測では、衛星間で(1360 W/m2くらいの値に対して)数W/m2のくいちがいがある(Fröhlich, 2006)。日日や年々の変動傾向は似ているので、1 W/m2の精度(precision)はあるようなのだが、物理量尺度の原点が合っていないのだ。地球放射収支のうちの太陽放射の波長帯のセンサーも基本は同じなので同様な問題をかかえているのだと思う。

エネルギーの貯蔵量の変化の観測値は、衛星によるリモートセンシングでは得られない。
この量は、おもに次のものからなっている。

  • 海洋の内部エネルギー(ほぼ海洋全層の平均水温に比例)の変化
  • 水の固・液相変化の潜熱 (ほぼ雪氷の総質量の変化に比例)

この氷のほうの主要部分である氷床については、高度計(真下だけを見るレーダーのようなもの)で表面の高さをはかったり、重力を観測して質量分布を推定することによってせまることができる。しかし、もっと大きな割合をしめる海洋については、衛星から電磁波で見えるのは表面近くだけで、内部の温度変化はわからない。

ただし、海面水位は、高度計で観測できる。これの変動の主要な原因も、海水全層の温度と、氷の総量(氷と海との間の質量配分)だ。しかし、両要素の重みづけがちがうので、そのままエネルギー貯蔵量の変動に換算できるわけではない。

地球観測での衛星の役割はリモートセンシングだけではない。海・陸・氷の内部の情報を得るには現場に観測機器を設置する必要があるが、衛星は、その観測機器の位置決めや、データ通信に、役にたっている。 たとえば、海洋内部を観測する機器として、アルゴ・フロートというものがある。これは漂流しながら海面から深さ2千メートルまでを上下して温度などを計測する。 観測結果の情報は衛星を経由して伝達される。

- 3. 長期(数十年)の変化をとらえる -
地球温暖化を考えている時間規模に比べて、人工衛星が利用できる期間の長さはまだ短い。しかしそのうちでもなるべく長期の変化をとらえようとする努力がされている。その意義は、気候変化の実績を知ることと、気候システムの数十年時間規模での動作特性を知ることがある。

見たい期間が、個別の衛星の寿命よりも長くなるから、複数の衛星・センサーをつないで使う必要がある。そのような立場の利用者から、衛星を設計・運用する機関に対して、(上位)互換性のある設計をしてほしい、時期の重なる並行運用をして相互較正してほしい、と、強く要請したい。

宇宙「開発」機関は、地球観測に関しても、つぎつぎに新しい技術を導入することに熱心になりがちだ。しかし、気候の変化をとらえたい利用者から見れば、(すぐれた)古いセンサーの観測を(複数の衛星で引き継いで)継続してくれたほうがありがたいことがある。“Legacy”が重要だと言いたい。

わたしが使ってきた主要な衛星データは次の2つのセンサーによるものだ。

  • AVHRR (NOAA衛星)。1979年から(ただし可視と近赤外のチャネルを分けたのは1982年から)継続。可視・赤外の走査型放射計。画素の地上での大きさが約1kmで、5チャネル(可視、近赤外、中間赤外、熱赤外窓領域x2)をもつ。このセンサー名はAdvanced Very High Resolution Radiometerの略で、1970年代にはその名にふさわしいものだったのだと思う。わたしが使い始めた1985年には、センサー開発の立場ではadvancedでもhigh resolutionでもなくなっていたが、グローバルのデータを利用したい立場からは高分解能(データ量が巨大)だった。このセンサーのもともとの目的は画像で雲を認識する(そして人が低気圧などの気象現象を判断する)ことだったが、海面水温、陸上の積雪、植生(葉緑素)のモニタリングなど多様に応用された。GEWEXでは、世界の雲のデータセットをつくるISCCPの材料として静止気象衛星と併用され、とくに地域間の相互較正の役にたっている。
  • SSM/I (DMSP衛星)。1986年から継続。衛星はアメリカの軍の気象衛星だがデータは公開されている。センサー名はSpecial Sensor Microwave Imagerの略。マイクロ波走査型放射計。多チャネルの放射輝度から、水蒸気量、雲水量、降水量、積雪水量、土壌水分、海氷密接度などの推定値のデータセットがつくられてきた。GEWEXの世界の降水量のデータセットをつくるGPCPのいちばん主要な材料になっている。

現在JAXAは、GCOM-W (しずく)を運用し、GCOM-Cを準備している。WのほうはSSM/I、CのほうはAVHRRによる過去の蓄積を、いわば上位互換に引き継ぐ意義がある。2003年ごろにわたしが聞いたところでは、GCOM-W、-Cは各3基、15年以上継続する予定で、それは日本政府の国際公約だったはずだ。しかし、現在の宇宙基本計画の工程表にはそれぞれ1基しかのせられておらず、継続は風前の灯のようだ。気候の観点からは、ぜひ継続してほしい。

- 4. 気候メカニズムの理解、気候モデルの検証 (雲、降水) -
必ずしも長期間続くわけではない、最新技術による衛星観測も、気候変化の理解に対する意義はある。

なかでも、雲の働きは、温暖化の自然科学的不確かさの最大部分だ。これをよりよく理解し、予測型シミュレーションに使われるモデルを改良すれば、将来の気候変化の見通しの不確かさを減らせるだろう。

雲の働きは、大きく二つに分かれる。

  • 第1は放射収支に関するものだ。雲は一方で太陽放射を反射する(いくらか吸収もする)。他方で地球放射を吸収・射出する(気体ではないが温室効果物質なのだ)。前者は気候システムを寒冷化、後者は温暖化させる働きとなるが、雲の種類によってどちらが勝つかはさまざまだ。
  • 第2は水の凝結(気体から液体・固体への相変化)だ。凝結してまた蒸発するぶんもあるが、正味の凝結が、降水(雨や雪)と対応する。水の凝結に伴うエネルギーの転換は、大気の内部エネルギーの内わけの変化ではあるが、その場の空気の温度・密度を変えるので、大気力学にとっての駆動源がそこにあることになる。

雲や降水の水平分布については、前の節で述べたように、地球が射出したり反射したりする電磁波を受信する受動型センサー(可視・赤外・マイクロ波の放射計)による観測で、情報が得られてきた。しかし、鉛直構造は、受動型センサーではなかなかよくわからない。そこで、電磁波を発信して受信する能動型センサーがほしくなる。能動型センサーは、発信のためのエネルギーや制御機構を必要とするので、観測領域の幅をあまり広くできないことが多く、またセンサーの寿命があまり長くないことが多い。能動型センサーは、それだけで全世界・長期のデータセットをつくるのは困難だが、受動型センサーや数値モデルに基づく全世界・長期のデータセットに対して較正材料を提供する形で貢献するだろう。

雲の鉛直構造を知るための能動型センサーの事業には次のものがある。

事業名・衛星名実施機関観測時期センサーの種類
CALIPSONASA2006年-ライダー
CloudSatNASA2006年-雲レーダー (94 GHz)
EarthCAREESA+JAXA2010年代内予定ドップラー雲レーダー、ライダー
降水に関しては次のものがある。
事業名・衛星名実施機関観測時期センサーの種類
TRMMNASA+JAXA1997.12-2014.4降水レーダー (13.8 GHz)
GPM 主衛星NASA+JAXA2014.2-2波長降水レーダー (13.6, 35.55 GHz)
雲レーダーと降水レーダーは基本原理にはちがいはないのだが、雲レーダーのほうが短い波長の電波を使って細かい粒子をとらえるのだ。

中島・中村(2016)の本に、TRMMについては詳しい解説があり、雲・エーロゾル・放射収支に関する衛星観測の概説もある。

- 5. 温室効果気体のsource/sinkを知る -
地球温暖化の見通しをもつために、また、その原因となる温室効果気体の排出削減策を進めるために、温室効果気体の排出・吸収の実態をつかむ必要がある。

大気中の温室効果気体を観測する衛星は、その役にたっている。現在動いているものとしては、国立環境研究所とJAXAによるGOSAT(いぶき)がある。これは、周波数分解能の高いsounding型の赤外放射計をのせている。

わたしがはじめて「CO2をはかる衛星」の構想の話を聞いた1985年ごろ、そんなことをしても地球温暖化の理解には役立たないだろうと思った。CO2は第1近似としては大気中に均一にまざっていて、衛星のセンサーの寿命のあいだに1割程度ふえる、といったことは、衛星観測をするまでもなく、地上の数地点で観測すればじゅうぶんだろうと思ったのだ。

しかし、第1近似では均一なところのわずかな差を判断できるところまで測定精度があがれば話は別だ。風の情報を別に得る必要があるが、それを組み合わせると、大気による二酸化炭素の輸送量の分布を知ることができ、そこから、中澤高清ほか(2015)の本でいう「トップダウン型」で、地表での正味の排出・吸収量の分布を推定することもできる。

他方、そこでいう「ボトムアップ型」に、陸や海と大気との炭素交換量を知る研究も進められている。そのうち陸上植生の情報源として、合成開口レーダーで地表の形をとらえてバイオマス現存量を推定することや、可視・近赤外の画像型放射計で葉緑素をとらえて光合成生産量を推定することがおこなわれている。

文献

  • C. Fröhlich, 2006: Solar irradiance variability since 1978: Revision of the PMOD Composite during Solar Cycle 21. Space Science Reviews, 125: 53-65.
  • Helen Gavaghan, 1998: Something New Under the Sun: Satellites and the Beginning of the Space Age. New York: Copernicus (Springer-Verlag), 300 pp. ISBN 0-387-94914-3. [読書メモ]
  • 増田 耕一, 2013: 地球のエネルギー収支・水収支とその変化。『図説 地球環境科学』 (吉崎 正憲, 野田 彰 ほか 編著, 朝倉書店), 144 -- 145 (5.7節). [HTML版(アクセス制限あり)]
  • (中澤 哲夫 編,) 中島 孝、中村 健治 著, 2016: 大気と雨の衛星観測 (気象学の新潮流 3)。朝倉書店, 165 pp. ISBN 978-4-254-16773-3. [読書メモ]
  • 中澤 高清、青木 周司、森本 真司, 2015: 地球環境システム -- 温室効果気体と地球温暖化 (現代地球科学入門シリーズ 5)。共立出版, 277 pp. ISBN 978-4-320-04713-6. [読書メモ]
  • K. E. Trenberth and J.T. Fasullo, 2010: Tracking Earth's Energy. Science, 328: 316 - 317.