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原子力発電からの二酸化炭素排出についての覚え書き

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

原子力が、地球温暖化対策としての「緩和策」つまり二酸化炭素排出削減策としてとりあげられることがある。その根拠として「原子力は二酸化炭素を排出しない」と言われることがある。それへの反論として「原子力は二酸化炭素を排出する」と言う人もいる。これは「原子力は」の意味がちがうのだ。原子力発電の基本となっている核分裂反応は、二酸化炭素排出をもたらさない。原子力発電を、ウラン採掘や核燃料の精製から廃燃料・廃設備の処理までのライフサイクルで考えれば、二酸化炭素排出はある。ただし、排出があるから排出削減策にならないとは限らない。エネルギーの需要があるならば、それをまかなうエネルギー源を、エネルギー転換量(電力量)あたりの排出量が多いものから少ないものに切りかえることは排出削減になるのだ。

しかし、原子力のエネルギー転換量あたりの排出量が、化石燃料のそれに比べてどれくらい小さいのか、わたしが[2016-05-08の記事]を書いたときには、数量を示せなかった。

その量の(とくに将来に関する)見積もりには、原理的に大きな不確かさがある。
ひとつには、各工程で使われるエネルギー源の内わけが定まっていないからだ。採掘用の車両型の重機や輸送用の自動車については、将来ともおそらく内燃機関であり、合成燃料かバイオマス燃料の費用がよほど安くならないかぎり、将来とも化石燃料に依存する可能性が高いと思う。しかし、採掘や輸送の工程でさえ、場所を固定して電線をひける場合は、電力でまかなえる可能性がある。電力の源が火力か原子力か再生可能エネルギーかによって、ライフサイクルでの排出量は大きく変わってしまう。
もうひとつには、使い終わったあとの廃燃料や廃設備を安全に維持するために必要な工程の内容が定まっていないので、そのエネルギー需要も、それをまかなうエネルギー源の候補もよくわからない。

ともかく、よく参照される文献はある。日本では、電力中央研究所の報告書が参照されることが多いと思う。これは何度も更新されているが、最新のものは今村ほか(2016)だ。その結果の図に示された情報をわたしがおおざっぱに表現しなおすと、原子力(プルサーマルを想定)の二酸化炭素排出量は約20 g(CO2)/kWhで、風力(陸上)と同程度、太陽光発電より少なめだ。それに対して火力は約500-1000 g(CO2)/kWh (石炭が約1000、石油が約750、LNGが約500)だ。わたしのまったく主観的印象として、この結果は原子力にあますぎる気がする。(ただし、わたしは、電中研が常に原子力びいきだとは思っていない。)

ほかの文献をさがそうと思ったのだが、わたしが専門的に勉強してきた分野でないので、どこにあるかのカンが働かない。

たまたまウェブ検索にかかったウェブページで、ゴア(2009)の本を数値の出典としているものがあった。本で確認すると、第8章「原子力という選択肢」のうち日本語版でいうと165ページの図「電力源別の相対的カーボン・フットプリント」だった。そこには数値が導かれた根拠の詳しい説明はないが、出典は示されていて、Sovacool (2008)の論文だった。

Sovacoolの論文は、それまでに行なわれた文献をレビューして数値を整理したものだった。103件の文献をあげ、そのうち議論を追える19件の文献の数値をとりあげている。原子力発電のライフサイクルを、燃料の上流(ウラン鉱石採掘、粉砕、精錬・濃縮)、設備建設、運用、燃料の下流(廃燃料の処理、保管、隔離)、設備廃止、の5つの工程に分け、工程ごとに数値をまとめたうえで、合計している。合計の、原子力による電力量kWhあたりの二酸化炭素排出量の見積もりは、1.4 g から288 g までばらついており、平均値は66 g だった。対照として(こちらは多数の文献をレビューしたわけではないが)石炭火力は960-1050 g、ガス火力は443 g という値を示している。

仮に 66 gが代表値だとすれば、原子力は火力よりも、エネルギーあたりの二酸化炭素排出が1桁ぐらい少ないと言えそうだ。しかし、大きいほうをとれば少なめではあるが桁はちがわない、小さいほうをとれば2桁少ない、ということになる。

なお、ゴア (2009)の本のグラフは、Sovacool (2008)の結果の数値を示しているのだが、原子力については288 g という値を採用している。推定に幅があるうちで、原子力にとって不利なほうを示しておきたいという考えがあったのだろうと思う。(本文の記述を見ても、原子力については利点よりも難点が多いという論調である。)

文献

  • Al Gore, 2009: Our Choice: A Plan to Solve the Climate Crisis. Rodale Books.
  • [同、日本語版] アル・ゴア 著、枝廣 淳子 訳 (2009): 私たちの選択。ランダムハウス講談社 (出版もとは、のち「武田ランダムハウス」となったが、廃業してしまった。)
  • 今村 栄一, 井内 正直, 坂東 茂, 2016: 日本における発電技術のライフサイクルCO2排出量総合評価。電力中央研究所 研究報告書 Y06http://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/detail/Y06.html
  • Benjamin K. Sovacool, 2008: Valuing the greenhouse gas emissions from nuclear power: A critical survey. Energy Policy, 36: 2950-2963. http://doi.org/10.1016/j.enpol.2008.04.017 (有料)