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オーケストラ

【別のブログに、[2011-09-08の記事]、そのあちこちの部分の補足を[2011-10-07の記事]として発表した内容ですが、補足を本文に埋めこみ、少しだけ修正したものです。】

【ブログの「カテゴリー」をあまり多くしたくないので「フィクション」に含めましたが、これはフィクションというよりも「たとえ話」です。実際に起きたできごとを別の業種の題材に置きかえてみたものです。ごろあわせのしゃれではなくて、構造の対応によるしゃれを試みました。もちろん構造の対応は完全ではありませんし、話題の広がりを限ったからできることです。たとえば、海の話を含めることは、このままの構造の対応ではむずかしいです。また、実際にはかかわっていたおおぜいのかたがたのうち、どなたのお名まえをあげるかについては、必ずしも公平ではなく、明らかに日本出身者に偏っているうえ、わたしの気まぐれもありますが、かんべんしていただきたいと思います。 】

* * *

イギリスの孤高の作曲家Richardson (リチャードソン)は第1次大戦の戦場で「6万人の交響曲」を書いた。スコアは1922年に出版されたが、それを演奏できるオーケストラはどこにも存在しなかった。作曲家自身が演奏を試みた練習曲は、パート譜が出版社に託されていたので演奏家もためしてみることができたのだが、すさまじい爆発音が聞こえるだけだった。

第2次大戦直後アメリカ東部のプリンストンで、ハンガリーから来た起業家von Neumann (フォンノイマン)がIAS合奏団を結成し、数人の演奏家を雇ってみたものの、それぞれがパートを練習しているだけで合奏にならなかった。ベルゲンスクール育ちでシカゴに来ていた弦楽教師Rossby (ロスビー)が編み出した「G線上のアリア[注1]技法が鍵だった。ロサンゼルスとシカゴで学びG線技法と系統的編曲法を身につけたCharney (チャーニー)をコンサートマスターに迎えて、ようやく合奏が始まった。しかしRichardsonの第1主題はひとりで演奏するにはむずかしく、第2バイオリンにもG線技法を知る人を確保しなければならなかった。ノルウェーからEliassen (エリアッセン)、入れかわりにFjörtoft (フョルトフト)がやってきた。ビオラPlatzman (プラッツマン)、チェロPhillips (フィリップス)といっしょに音合わせを重ねて、Charneyの「G線上のRichardsonの主題による弦楽四重奏曲」は完成し、世界のあちこちにそれを演奏する楽団がつくられていった。

von Neumannはそれで満足せず、Richardsonの原曲が演奏できるオーケストラがほしかった。Phillipsの弦楽合奏「常動曲」もオーケストラ向けに編曲されるべき素材だと思われた。GFDL合奏団が結成され、IAS合奏団員だったSmagorinsky (スマゴリンスキー)が音楽監督を引き受けることになった。

Smagorinskyは考えた。弦楽器だけでなく、打楽器を入れなければならない。Richardsonの楽譜を理解できる打楽器奏者はどこにいるだろう? IAS合奏団に東京から来ていたGambo (岸保)がピチカートでひいてくれた「雨の曲」を思い出した。あれはもともと打楽器の曲だったはずだ。東京弦楽合奏団のコンサートマスターになってCharneyの曲を演奏していたGamboの縁で、東京スクールの異才Manabe (真鍋)がアメリ東海岸にやってきた。Manabeは、Richardsonの楽譜から装飾音を取りはらって基本的リズムを浮かび上がらせ、爆発をなんとかおさえこみ、G線技法を使わずに第1主題を再現した。さらに、仙台スクールの教材を参考にしながら、管楽器と打楽器によるブラスバンド演奏を試み、それをとりこんでなんとかオーケストラといえるものを完成させた。

ロッキー山麓には全国音楽院がつくられ、その交響楽科には東京スクール正統派でシカゴで教えていたKasahara (笠原)が採用されて、Richardsonのスコアに忠実なオーケストラ演奏ができるようになるための技法を研究した。管楽科に仙台スクールからSasamori (笹森)が来て、オーケストラづくりに参加した。

西海岸のロサンゼルスには、東京弦楽合奏団の調律師Arakawa (荒川)が招かれた。G線技法でもPhillipsの「常動曲」のように長時間演奏を続けると爆発が起きてしまったのだが、それを防げる調律方法を編み出したのがArakawaだった。今度の課題は、G線技法を使わないオーケストラ演奏で爆発を起こす心配のない弦楽器を設計することだった。管のパートは、東京音楽院から来たKatayama (片山)が担当した。手本はやはり仙台スクールだった。UCLAオーケストラがひととおり完成すると、KatayamaはArakawa工房製の楽器を持って日本に帰り、MRIオーケストラ発足をめざして働いた。Arakawaはオーケストラ用の打楽器の設計にとりかかった。ひとつでアフリカ・カリブ・太平洋諸島・日本の太鼓の代わりができるものにしたかった。それでうまくいくかの目ききのために、東京スクールから民族音楽研究家 Yanai (柳井)を呼んだ。

同じころ(1970年代なかば)、ニューヨーク・ブロードウェー[注2]ではミュージカル「ヴィーナスのヴェール」が千秋楽を迎えようとしていた。そこで働いていた管楽器奏者Hansen (ハンセン)とLacis (レイシス)は、次はオーケストラをやろうと決意した。Arakawa工房から取り寄せた弦楽器とヴィーナスの仕事で鍛えた管楽器を組み合わせた。オーケストラのデビュー前に、まず管楽合奏曲「アグン火山の響き」を世に出した。1963年、その噴火は二人が加わっていた合唱のじゃまになった。そのうらみを、騒音も音楽として表現することで晴らしたのだった。

そして1980年ごろには、世界じゅうでRichardsonの交響曲を聞けるようになった。先進国にはそれぞれオーケストラがあり、その演奏が国境を越えて放送されていた。

1990年代、アグンの曲も、「ピナツボ火山の響き」と変わり、各地のオーケストラのレパートリーに加えられた。

そして2000年代、日本では、打楽器が主役となった「正二十面体オーケストラ」が結成され、雨の主題と赤道波動の主題が響きあう交響詩「Madden (マデン)とJulian (ジュリアン)のうねり」で世界にデビューした。(Madden とJulianは1970年代にアメリカ全国音楽院で活躍した声楽家である。赤道波動の主題は、かつて東京スクールの理論家 Matsuno (松野)が、演奏困難な古典派の名曲 Laplace (ラプラス)の「潮汐のカノン」の中から取り出したものだが、その重要なモチーフは、Yanaiが弟子たちとともに採譜したマーシャル諸島民謡にも含まれていたのだった。)

Richardsonを越える交響曲を作る試みが続いている。

文献

  • Mark BOWEN (ボウエン), 2008: Censoring Science: Inside the political attack on Dr. James Hansen and the truth of global warming. New York: Dutton (Penguin Group), 324 pp. [読書ノート]
  • Paul N. EDWARDS (エドワーズ), 2010: A Vast Machine: Computer Models, Climate Data, and the Politics of Global Warming. Cambridge MA USA: MIT Press, 517 pp. [読書ノート]
  • 古川 武彦, 2012: 人と技術で語る天気予報史 -- 数値予報を開いた〈金色の鍵〉東京大学出版会, 299 pp. [読書メモ]
  • Kristine C. HARPER (ハーパー), 2008: Weather by the Numbers -- The Genesis of Modern Meteorology. Cambridge MA USA: MIT Press, 308 pp. [読書ノート]
  • 股野 宏志, 1977: 天気予報 -- その学問的背景と実際的側面. 天気(日本気象学会), 24:587-595. http://www.metsoc.jp/tenki/ の下にPDF版がある。
  • Lewis Fry RICHARDSON, 1922; second edition 2007: Weather Prediction by Numerical Process. Cambridge Univ. Press, 236 pp. [読書ノート]
  • Joseph SMAGORINSKY, 1983: The beginnings of numerical weather prediction and general circulation modeling: Early recollections. Advances in Geophysics 25: 3-37.
  • Spencer WEART (ワート), (更新 2014): General Circulation Models of Climate. (The Discovery of Global Warmingの一部). American Institute of Physics. http://www.aip.org/history/climate/GCM.htm