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有用微生物は活用すべきだが、比嘉ブランドのEMは勧められない

われわれの生活は微生物に依存しているところがある。とくに、有機物を分解し、なまごみを堆肥にしてくれる微生物が有用であることはまちがいない。そのような有用な微生物を選んで育てる活動は奨励したい。しかし、「有用」は、どういう目的に有用かをあわせて考えなければ意味がない。あらゆる目的に有用などというものはない。

ところが、「有用微生物群」、英語を略して「EM」というものが万能であるかのような宣伝がされることがある。これは、名桜大学教授(もと琉球大学教授)の比嘉照夫氏の提唱によるものだ。

Wikipedia日本語版の「有用微生物群」 (2012-08-11現在) の初めの部分には次のように書かれている。

有用微生物群(ゆうようびせいぶつぐん、EM、Effective Microorganisms)とは、1982年に琉球大学農学部教授比嘉照夫が、農業分野での土壌改良用として開発した微生物資材の名称。乳酸菌、酵母光合成細菌を主体とする微生物の共生体とされ、農業、畜産、水産、環境浄化、土木建築など様々な分野に利用されていると主張される。Effective Microorganismsとは「共存共栄する有用な微生物の集まり」の意味の造語。通称 EM菌。

このEMを推進し、その製品を宣伝しているのは、(株)EM研究機構 http://www.emro.co.jp/ や、そのサイトの「関連団体」のページにあげられている会社などである。

===== 放射能対策に役立つとは思えないEM =====
東日本大震災以後、EMが放射能対策に有効だという話があちこちでとりあげられ、そのうちには自治体で採用されようとしたこともあるそうだ。しかし、その理由説明を、科学知識のある人が読むと、根拠がしっかりしているとは思えない。

たとえば、Skeptic's Wiki (http://skepticswiki-jp.org) では、次のような形で、EMの利用に関して、科学的観点からおかしいと思われる点を中心に論評している。

どうやら、EM信奉者の間に、「EMが放射能をなくす」という認識が広まっているようなのだ。生物の中ではさまざまな化学反応が起こるが、放射性元素が自発的に崩壊する以外の原子核反応は知られていないから、これは現代の科学的知見から見てありえないと言ってよい。

たまたま検索をかけたら次のような例があった。伊藤農園 (鳥取県)の「EM菌の使い方」というページの中に、「EM菌の切り開く未来 放射能対策にも有効」という段落があって、「最近は、EM菌が放射線を消去する事が証明されている。ロシアのチェルヌブイ[原文のまま]などの放射能に汚染された土地にEM菌を散布すれば放射線が消去されるだけではなく逆に今まで以上に素晴らしい野菜が、育つ事が証明されている。」と書かれている。この場合「放射線を消去する」とあるので、放射性物質をなくさなくても放射線を吸収すればよいのかもしれないが、それでも「散布」のような形では無理だろう。ただし、このような主張がEM推進の本家から来ているのか、一部の信奉者が勝手に考えたのかは確認できていない。

【[2012-09-16補足] EM研究機構は、EMの効用として放射能対策を明示してはいない。福島県での活動を紹介したところではEMが放射能対策に有効であることを暗示してはいるが、具体的にどのような効果があるかの説明は見あたらなかった。
しかし、比嘉氏が、(下に紹介する) DNDのサイトの連載記事で放射能対策への有効性を主張しており、そのうちでも第57回(2012-05-08)で、堆肥にEMを散布すると放射性セシウムが減るという実験結果を示し、物質が外に移ったのではなく放射能が消滅したのだと主張している。
また、呼吸発電(powerbreathing)氏のまとめ「消えたEMファイルの謎http://togetter.com/li/372237 および、そこに引用されている「原発懐疑派」氏の今はないブログ記事によれば、比嘉氏が根拠としてあげていたベラルーシでの研究成果は「EMによって作物による放射性セシウム吸収能力が強まる(ストロンチウムは弱まる)」というものだった。ところが比嘉氏はDNDの連載41回(2011-04-11)で、EMが作物の放射性セシウム吸収を(ストロンチウム吸収とともに)防ぐことにしてしまっている。
比嘉氏は、意図的に詐欺をしているのでないとすれば、わたしの[6月24日の記事]で述べた「病的科学」に陥っていると言えると思う。】

生物は放射性物質をなくすことはできないが、生物が除染に役立つことはありうる。それは生物が放射性同位体を含む元素を濃縮する能力が、放射性物質を集めて隔離するのに役立つかもしれないという意味だ。しかし、EMに関してそのような能力が示されたということはないようだ。

福島県による実験で、EM堆肥に土壌中の放射性セシウムの作物への移行を抑える効果があるとされた話がある(上記のSkeptic Wikiの「EM菌と放射能」でふれられている)。しかし、この堆肥はカリウムを大量に含んでおり、対照実験で与えられたものはそれほどカリウムを含んでいない。Skeptic Wikiの筆者は、日本土壌肥料学会の資料を参考にして、ここで見られた効果はカリウムの効果にすぎないだろうと推測している。

= DND問題 =

このEMの宣伝に、(広い意味での)わたしの勤務先がかかわっている「Science Portal」のウェブサイトが、たぶん意図的ではないが、ひと役買ってしまっていることがわかった。これはScience Portalの担当者に伝えなければならないと思っている。ただし、多くの人が夏休みをとる時期なので、1週間くらい先になるかもしれない。【[2014-03-23補足] その後2012年9月ごろに担当者に話をした。直接に行動を呼び起こしたわけではないが、多くの判断材料のひとつにはしてもらえたと思う。】

Science Portalの【[2015-07-03補足] 2012年8月当時あった】「産連トピックス」というページの「産学官連携の最新情報サイト」という部分から、「Digital New Deal【大学発ベンチャー起業支援サイト】」http://dndi.jp (以下「DND」と略す)というリンクがある。DNDはScience Portalとは別の主体(会社)なのだが、リンクを追いかける読者にそのことが伝わるかどうか不確かだ。さらに、DNDの新着情報の見出しが「産連トピックス」のほうにも表示されるようになっているが、8月10日現在のその内容は次のようなものだ。

2012.8.9 連載記事追加!
■ 甦れ!食と健康と地球環境
第59回 放射能汚染はセシウムのみではない
比嘉 照夫 氏(名桜大学 教授 国際EM技術研究所 所長)

そして、リンクをたどって見ると(DND側に行くことになるが)、新着記事は次の記述で始まっている。

前回は、福島県農林水産部がEMで発酵させた堆肥(EMオーガアグリシステム標準たい肥)は放射性セシウムの吸収抑制に著しい効果があるという発表についてのコメントを行った。

ここで見た限りでは、比嘉氏が明示的に述べているEMの放射能対策効果は、土壌から作物へセシウムが行くのを減らすことであって、放射能を消すことでもないし、畑その他の環境から放射性物質を取り除くことでもないようだ。

【[2012-08-24補足] 8月23日現在、「産連トピックス」中に比嘉氏の記事へのリンクはなくなった。この変化はDNDに新しい記事が届いた結果かもしれない。】

【[2014-02-15、2015-07-03補足] その後2014年2月15日までに、Science Portalのサイトは再編成され、「産連トピックス」のページは http://scienceportal.jp/trend/sangakukan/topics に移ったが、DNDのサイトへのリンクはなくなった。リンクがいつなくなったかは確認していないが記憶によれば2013年春ごろだったと思う。その後2015年7月3日までにJSTのサイトはさらに再編成され、「産学官連携」のサイトは http://sangakukan.jp となりScience Portalとは別となった。】

DNDを主宰する出口俊一氏は、比嘉氏に連載記事を書く場を提供するだけでなく、自分でも比嘉氏の応援をしている。とくに、7月に朝日新聞が長野剛記者によるEMを批判する記事(7月3日の「『水質浄化』EM菌効果 検証せぬまま授業」など)をのせたあとは、「DND大学発ベンチャー支援情報」のページにたてつづけに反論を書いている。

個別の争いについては判断できる情報を持っていないが、わたしの位置から見ると、出口氏は比嘉氏を擁護するほうに偏っていると思う。

ビジネス上の現象として見れば、EM研究機構は大学発ベンチャーの成功例かもしれない。おそらくEMは堆肥づくりや(いわゆる)土壌改良の機能については農学部での科学的研究に基づく有用な技術だったのだろう。しかし、その根拠をはみ出して万能であるかのような言説を含むようになったとき、公的機関は支援を止めなくてはいけなかったのだろう。

DNDがかかわっている事業はもちろんEMばかりではなく、Science PortalとしてもDNDと縁を切るのはむずかしいだろうと思う。しかし少なくともScience Portal自体がEMの宣伝に加担することを避け、もしEMの情報を伝えるならば批判的情報も含めるようにしてもらいたいと思う。【[2014-03-23補足] その後、上に[2014-02-15補足]として述べたように、Science PortalからDNDのサイトへのリンクはなくなった。】

【[2012-08-24補足] 前から比嘉氏のEMの問題をとりあげていたブログ「杜の里から」http://blog.goo.ne.jp/osato512 のOSATO氏が、7月31日と8月4日の記事でDNDの出口氏の記事(上記)をとりあげて論評している。比嘉氏はあちこちでEMの万能性をうたっているが、出口氏はそれに気がついていないようだ。また比嘉氏はEMの効果を説明するのに江本勝氏の「波動」や関英男氏の「重力波」という概念を使っていて、出口氏はそれに断片的には気づいているが、それらに関する科学者からの否定的評価に気づいていないようだ。

なお、OSATO氏は8月6日の記事で、朝日新聞の長野氏の7月11日の記事やそのほか多くのEMに批判的な人の議論に見られるEMに対する全面的否定には賛成しないとしている。EMは農業用微生物資材としては有用なことがある。排水処理にも条件によっては効果があるかもしれない。しかしそれが客観的に検証されていない状況にあるのだ。】

===== 川など自然水域の水質浄化に役立つとは思えないEM =====
わたしがEMの問題点について知ったのは、大震災よりも1--2年前、たしか菊池誠氏のブログ「kikulog」(今は休眠中)http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/ でだったと思う。【[2012-10-11補足] 「カテゴリー」のうち「ニセ科学」の下の「EM菌」に9件の記事がある。】

EM研究機構の関連団体には、環境浄化や環境教育を推進する市民団体の顔をしているものがある。彼らは自治体や学校を動かして、「EMによる環境浄化」が公的事業として行なわれることがあるのだ。具体的には、おおぜいの人々が「EM団子」を作って川や沿岸の海に投入する。これは比嘉氏が有用と認める微生物を含んだ泥のだんごだ。

新しい例では、EM研究機構の8月3日の記事からのリンクで知ったのだが、2012年7月27日の毎日新聞地方版で水門川をきれいに あす大垣で実施、参加呼び掛け / 岐阜という、好意的な報道がされている。

また、2011年秋のタイ国チャオプラヤ川の大洪水の際にも、EM団子を投入する活動があった。上記DNDサイトの比嘉氏の連載の第54回(2012年2月1日)、55回(2月22日)、56回(3月28日)の「タイ国の大洪水後の浄化活動に国策として活用されたEM」という記事に比嘉氏の側からの記述がある。

生態学者の言うことに基づくわたしの理解は次のようなものだ。EMに含まれた微生物は、下水処理槽くらい有機物が多い環境では有機物分解の効果をあげるかもしれない。しかし自然の水域で有機物が多ければすでに微生物もたくさんいるはずで補う必要はない。もし有機物が多いのに分解が進んでいないとすればその原因はたぶん微生物の不足ではなく別の対策をとる必要がある。他方、EM団子投入が実施されている自然水域の多くは下水処理槽ほどは有機物濃度が高くない。このような状況では、EM団子に微生物とともに含まれた有機物が汚染源になってしまう。微生物自体も、環境中で生きていけずにむだになるか、環境中の微生物生態系の生物相を乱す一種の環境破壊になるかのどちらかであり、EM団子投入に環境改善の価値はない。

とくに、シアノバクテリアの大発生(いわゆるアオコ)に対してEM団子の効果がないことは、次の査読済み学術論文でも示されている。

  • Miquel Lurling, Yora Tolman and Frank van Oosterhout, 2010: Cyanobacteria blooms cannot be controlled by Effective Microorganisms (EM®) from mud- or Bokashi-balls. Hydrobiologia 6 (1): 133-143. doi:10.1007/s10750-010-0173-3 http://www.springerlink.com/content/ku342v2820237404/ (要旨、本文PDFも無料)

===== 資料補足 [2012-09-08] =====

  • 日本土壌肥料学会, 1996: 微生物を利用した農業資材の現状と将来 (公開シンポジウム 講演資料)。. . . 「日本土壌肥料学会主催共催 日本学術会議シンポジウム講演資料」のページ http://jssspn.jp/about/sympo.html にPDF文書へのリンクがある。
  • 吉野 航一, 2009: 沖縄における「EM(有用微生物群)」の受容 : 公的領域で語られたEM言説を中心に。宗教と社会 15号 91-105 http://ci.nii.ac.jp/naid/110007524844
  • [2012-09-16 補足] 呼吸発電(powerbreathing) さんの「EM論文のまとめhttp://togetter.com/li/369706 (2012-09-08) には、上にあげたものを含む多数の文献が紹介されている。