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円グラフの条件つき復権

8月11日の記事でふれた学力テストの件にわたしが気づいた発端は、折れ線グラフの表現に関する奥村晴彦さんの感想だったのだが、その周辺で、別のグラフも話題になっていた。

dritoshi (二階堂 愛)さんが、統計情報研究開発センターによる(日本統計学会も後援している)統計グラフ全国コンクール http://www.sinfonica.or.jp/tokei/graph/ の受賞作品を見て「パイチャートばかりでげんなり」と論評し、これに賛同する意見がいくつか続いていた。

Pie chartは日本語では「円グラフ」と呼ばれることが多い。円を扇形に分割して数量の比率を示すグラフのことだ。数量を伝える目的のグラフとしてこれはよくないという議論は、次の本で読んだ。わたしは、この本の主張の大部分には賛同するのだが、この件には必ずしも賛同できないでいる。

統計ソフトウェア「R」にはpie chartを作る機能は用意されているものの、help(pie)で出てくるその説明には次のような注がついている。

Note
Pie charts are a very bad way of displaying information. The eye is good at judging linear measures and bad at judging relative areas. A bar chart or dot chart is a preferable way of displaying this type of data.
( http://stat.ethz.ch/R-manual/R-patched/library/graphics/html/pie.html より)

Cleveland (1985), page 264: “Data that can be shown by pie charts always can be shown by a dot chart. This means that judgements of position along a common scale can be made instead of the less accurate angle judgements.” This statement is based on the empirical investigations of Cleveland and McGill as well as investigations by perceptual psychologists.

ClevelandさんやRの作者たちを含む、統計学やデータ可視化の専門家の多くが、この主張を共有し、円グラフは百害あって一利なしくらいに思っている。他方、統計グラフ全国コンクールの主催者を含む、統計学やデータ可視化の専門家の多くが、円グラフは勧められる技法だと思っている。

ただし、円グラフはだめだと思う人のかなり多くが、人が面積から数量を読み取る能力が(長さから読み取る場合と比べて)高くないという(認知科学的裏づけのある)判断に基づいている。ところが1985年のClevelandさんは、円グラフの読みとりは主として角度の知覚によっていると考えている。これは面積の知覚に比べれば偏りが少ない。それにもかかわらず(当時の)Clevelandさんは、数量を伝えるのにはもっと正確な方法(軸上の点の位置による)があるのだから、相対的に劣る角度の出番はないと考えたのだ。

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dritoshiさんとのやりとりで、gaou_ak (Kazuharu Arakawa)さんが文献を紹介している。

  • Ian Spence & Stephan Lewandowsky, 1991: Displaying proportions and percentages. Applied Cognitive Psychology, 5, 61-77.
  • Ian Spence, 2005: No humble pie: The origins and usage of a statistical chart. Journal of Educational and Behavioral Statistics, 30, 353-368.

Ian SpenceさんはUniversity of Toronto http://psych.utoronto.ca/users/spence/
Stephan LewandowskyさんはUniversity of Western Australia http://websites.psychology.uwa.edu.au/labs/cogscience/Stephan_Lewandowsky.htm にいる心理学者。【[2014-11-05補足] その後、イギリスのUniversity of Bristolに異動 http://www.bris.ac.uk/expsych/people/stephan-lewandowsky/ 】 それぞれのウェブサイトの著作リストに文献PDFファイルがあった。

Spenceさんと言えば、次の本の、数量のグラフの草分けというべきWilliam Playfairに関する話題はSpenceさんとの共著だった。

  • Howard Wainer, 2005 (ペーパーバック版 2008): Graphic Discovery: A Trout in the Milk and Other Visual Adventures. Princeton University Press, 192 pp. {読書ノート]

Lewandowskyさんと言えば、わたしが直接知っているのは、地球温暖化に対する懐疑論への批判だ。わたしが2010年11月14日に「気候変動・千夜一話」のブログに書いた「つじつまが大切です」という記事の中で、Lewandowskyさんが2010年10月6日にSkeptical Scienceのブログに書いたThe value of coherence in scienceという記事を引用した。Lewandowskyさんは、持続可能な社会をめざす社会運動らしいShaping Tommorow's World (http://www.shapingtomorrowsworld.org/ )にも、学者から市民へ発信するThe Conservation (http://theconversation.edu.au/profiles/stephan-lewandowsky-685 )にも参加している。本業は認知心理学の数値モデルで、次の教科書を出している。最近はグラフに関する著作は出していないようだ。

  • Stephan Lewandowsky and Simon Farrell, 2011: Computational Modeling in Cognition. Sage. [わたしは見ていない]

Spence and Lewandowsky (1991)は、Lewandowskyさんがトロント大学在職中(別の教授のもとで博士をとったあとポストドクトラルで) Spenceさんといっしょにした仕事らしい。人に図形を見て数量判断をしてもらう実験をして、円グラフからの数量の読み取りの精度は棒グラフなどに比べてあまり劣らないと言っている。ただし、ここで使っている円グラフは扇形が円の中心に達しているものであり、それを読み取る知覚は角度の知覚だと考えられている。

Spence (2005)は、円グラフの使われかたに関する、Playfairから現代に至る歴史的発展の紹介だ。

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dritoshiさんが、次のブログ記事のリンクを紹介している。

それについての直接の論評は見あたらなかったが、「おもしろ円グラフ情報あつまってきておもしろい」の中に含まれるのだろう。

わたしなりにKosaraさんの論点を整理してみると、次のようになる。

  • 円グラフは、部分どうしの数量の違いを伝える能力では棒グラフに劣るが、部分の全体に対する割合の情報を直観的に伝える能力ではすぐれている。
  • ただし、数量を伝えるためには中心角が視覚的に読み取れるべきなので、円の中心まで扇形に分割する形をとるべきだ。中心をぼかしたり、題名などを書くために別の円で覆ったりするのはまずい。

これは言われてみればもっともだ。

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円グラフをゆがめた形の表示、たとえばMicrosoft Excelの利用でよく見られるようになった「3D pie chart」(日本語は未確認だが「3次元円グラフ」だろうか?)がまずい表現方法だということでは、gaou_ak さんやdritoshiさんの主張にわたしも賛同する。

人は面積をそれほど精度よく知覚できないとはいえ、円グラフでは、中心角と面積の両方が対象となる数量(の全体に対する割合)に比例するべきなのだ。