macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

「国際地球観測年とデータ共有の始まり」 (有田 正規) の関連の話題

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

科学』 (岩波書店) の 2022年9月号に、有田 正規 (まさのり) さんによる「国際地球観測年とデータ共有の始まり」という記事がある。「オープンサイエンス事始め -- 科学データは誰のものか」 という連載の第1回だそうだ。

科学研究のありかたについて、有田さんはこれまでも『科学』にたびたび評論を出していて、その一部分は単行本になっている。そのうち『科学の困ったウラ事情』という本を読んだことがある。そのときの読書メモに、つぎのようなことを書いた。

著者の分野は、産業化できる課題をかかえていて、民間企業からお金がわりあいはいってきやすいが、その流れにまかせていると (著者の価値判断によれば) 学術の発展としてはひずんでしまう心配があるところのようだ。わたしの分野は、公益への貢献は大きいと考えられているので公共資金はかなり出ているのだが、直接の産業化はごく小規模にとどまると思われる(公共事業として予算がつけば民間への発注はあるだろうが)。

「わたしの分野」というのは、気象をふくむ地球物理あるいは地球観測をさす。この分野にも、科学が閉じたものになる危険はあり、オープンサイエンスをめざす努力は必要なのだが、それがぶつかるおもな障害は、知識の商業化ではなく、軍事がらみの秘密化、あるいは「小さい政府」論によってスポンサーがいなくなることなのだ。

わたしは地球観測データの事情を説明しなければならないと思ってきたが、じゅうぶんにできないでいた。有田さんが正面からとりあげてくださったのは、とてもありがたい。

しかも、今回の記事のおもな話題は、1957-58年におこなわれた「国際地球観測年」 (International Geophysical Year) だ。わたしもこれが、地球観測にかぎらず科学データ共有体制がいまのように発達してきたうえで重要なできごとだったと思っている。

IGYのまえに、1882-83年と1932-33年に「国際極年」 (IPY) があった。太陽や地磁気の研究者が中心となっていた。地磁気はおもに地球内部によってつくられるが、その変動は太陽の影響をうける。その変動がよく見えるのが、地球の磁極の近くであり、それを解明するのには、両極付近の複数の地点で同時観測することが有効だと考えられたので、国際的な共同研究が企画されたのだ。順調にいけば第3回は 1982-83年のはずだったが、第2次大戦後の 1950年に、アメリカ合衆国 (USA) にいた研究者たちが、50年後でなく25年後におこなうことを提案した。その提案を聞いた研究者が、極地だけでなく全地球規模で観測を強化するべきだと主張したので、第3回 IPY ではなく IGY になった。

ソ連と USA で人工衛星がはじめてあげられたのも、IGY の関連だった。ロケットや衛星の技術は各国で軍事と関係がある機関で開発されていたが、「平和利用」のほうがおもてにだしやすかった ([2022-10-07補足] この話題をわたしは Gavaghan (1999)の本で読んだ)。極地に人をおくりこむ経験をつむことも、国によっては軍用をねらった研究開発だった。他方、科学研究者としては、軍事研究の体制にまきこまれたくなかった。そのこととの関係をわたしはおいかけきれていないが、IGY のデータは、ICSU (国際学術会議、いまは ISC となっている) 主導で「世界データセンター」 (WDC) に集められ公開されることになった。この WDC体制 も、いまは World Data System となっている。このような話題は今回の記事にあまり出てこないが、連載の主題からみて、次回以後の話題となることを期待したい。

IGY は、日本の国としての南極観測事業のはじまりでもあった。しかし国の予算額は小さく、朝日新聞社が募金をつのった。この件については、永田・伊藤 (2014) が論じている。

IGY と その後の国際共同研究観測事業や、WDC、WDS については、わたしはいろいろ資料をあつめたのだが、読みきれないまま、どこに置いたかわからなくなっているものもあり、書誌情報さえすぐには出てこない。思いだしたものからすこしずつ、この記事に追加するか、関連の記事を書いていくことにしたい。

文献

  • 有田 正規, 2016: 科学の困ったウラ事情 (岩波科学ライブラリー 247)。岩波書店, 120 pp. ISBN 978-4-00-029647-2. [読書メモ]
  • 有田 正規, 2022: 国際地球観測年とデータ共有の始まり (オープンサイエンス事始め -- 科学データは誰のものか (1)) 。科学, 92: 777-784.
  • Helen Gavaghan, 1998: Something New Under the Sun: Satellites and the Beginning of the Space Age. New York: Copernicus (Springer-Verlag), 300 pp. ISBN 0-387-94914-3. [読書メモ]
  • 永田 健, 伊藤 憲二, 2014: 国際地球観測年における南極観測事業と朝日新聞社: 日本における巨大科学の民間起源。年報 科学・技術・社会, 25: 25-47.