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ドラマ的な なにものか への 前奏曲

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしも しめしません。】

【この記事は個人的おぼえがきです。専門的知識を提供するものでも、社会に向けて意見をのべるものでもありません。】

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Lilypond の入力としたファイル [prelude.ly] 【URLは暫定です。】

わたしが中学生だった 1970年ごろ、[ふみきり が あく の を まち ながら][散歩の曲 (promenade)]と おなじころに おもいついた曲だ。

この曲は、同時に演奏する楽器の数が多いところとすくないところで音量がおおきくかわる オーケストラの曲のつもりで考えた。はじめのほうは、2小節ぐらいずつ、ちがった楽器がかわるがわる演奏する。第17-24小節は tutti で、全員が参加する。

ただし、わたしには中学生のころもいまも、多声部の曲を構成することができない。しかも、いまのところ Lilypond で多声部の楽譜をかく能力を身につけていない。楽譜に「< >」という記号のあるところは、そこまでメロディーを演奏してきた楽器はその音をのばし、同時に別の楽器がその音から始めるメロディーをひく、と解釈してほしい。

この曲にも これまで題名をつけていなかった。いまから考えてみると、この曲には、歌劇の序曲のたぐいと、テレビ番組のはじまりの音楽の影響がある。序曲 (英語では overture) にしては短く、むしろ prelude だから、「前奏曲」としておこう。それから何がはじまるのかは決まっていないのだが、英語でいえば something dramatic だ。それを日本語で「劇的」とすると、「はげしい」「急激な」のような意味にとられそうだ。「劇のような」というために、あえて「劇的」をさけて「ドラマ的」としておく。