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固有名の訳しすぎ(というたのしみ)

【まだ書きかえます。いつどこを書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2019年3月、大阪の地下鉄のウェブサイトの英語ページで、「堺筋線」が「Sakai Muscle Line」となっていた、つまり「筋(すじ)」にあたるところを muscle (筋肉=きんにく)としていた、という話がニュースになっていた。(医学用語に、筋肉の分類として「○○筋(きん)」の形のことばが多いので、そこからの類推でこうなったのだろう、というけんとうはつく。)

人名や地名などの固有名は、別の言語でつたえるときも、基本的には、そのままにするのがよい。翻訳結果の言語が表音文字で書かれるのならば、もとの言語の発音をつたえればよい。ただし、固有名とはいっても、固有名と分類名からなっているばあい(と、わたしなりに表現しておく)は、分類名の部分は訳したほうがよいことがおおい。たとえば、日本語の「富士山」(ふじさん)の「富士」は固有名だが「山」は分類名だから、英語に訳すならば「山」を「mount」におきかえて「Mt. Fuji」とするのが標準的だ。

この例での「富士」のような固有名の部分まで意味を考えて訳してしまうことを、ここでは「訳しすぎ」と表現しておきたい。わたしは、ひそかなたのしみとして、「訳しすぎ」をやってみることがよくある。ただし、たいていのばあいは、他人にとってはあまりおもしろいものではないから、「ひそかな」たのしみにとどまることになる。

「訳しすぎ」にはいろいろな類型がある。語源的には正しいもの、構造的に正しいもの、言語集団の小部分(方言集団)にだけ通じるもの、フィクションのような意味でおもしろいもの、冗談としておもしろいもの、つまらないもの。

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わたしがかよっていた高校は「北高校」だった。それを英語で言うときには「Kita High School」が正しいとされていた。なぜ「North High School」ではないのかは、よくわからなかった。いま考えると、「高校」は(わたしの仮の用語でいう) 分類名だから、対応する英語の「high school」におきかえるけれど、「北」は固有名だから、そのまま発音を近似するべきなのだ。ただし、その線引きは、(県立高校だったからおそらく県庁が)決めた約束ごとにすぎない。「北」は、分類名という用語は適切ではないが、すくなくとも学校をなづけた際には、方角をあらわす普通名詞としての意味が意識されていたにちがいない。もしそちらを重視したら、「North」がよいことになったかもしれない。わたしのいう「訳しすぎのたのしみ」は、ここで「North」をえらぶような方向にすすんでいくことをさす。

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「語源的には正しい」のおもしろい例に出あったおぼえがあるのだが、いま思いだせない。あたりまえといえる例をあげておく。「Newton」の語源は「new town」と同じだそうだ。そうすると「Newton」を「新町」と訳すことは「語源的には」正しいといえるだろう。

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報道された大阪地下鉄のウェブページの例で、「天下茶屋」を「World Teahouse」としたというのは、(あるレベルで)語源的に正しくて、おもしろい例といえる。(ただし、聞いて通じそうもないので、冗談にとどまると思う。そういう名まえの店かなにかをつくって人をあつめれば別だが。)

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「構造的に正しい」ものとしては、すでにネット上で複数の人が指摘しているように「堺筋」を例にとることができる。大阪の市街地で「筋」は南北にのびる街路の分類名だ。東西にのびる街路は「通り」だ。英語圏でも同様な構造で街路に名まえをつける場合がある。有名なのはニューヨークのマンハッタンで、南北にのびる街路は Avenue、東西にのびる街路は Street だ。そこで「堺筋」を 「Sakai Avenue」とするのは、大阪語からニューヨーク語への正しい翻訳だといえるだろう。(ここで「日本語から英語へ」とはしなかった。)

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わたしが英語を大量に読み書きするようになったのは、地球物理の大学院にはいったときからだった。したがって、わたしの英語の語彙は、地球物理の専門文献によく出てくる語にかたよっている。

そんなわたしが、なにかの英語での表現を考えていたとき、「横浜」という地名が見えた。わたしはそれを「Transverse Beach」とおきかえた。もちろんこれは「訳しすぎ」であることは認識しているのだが、たぶん横浜という地名の起源の解釈は正しいだろうと思っている。海岸線が、川崎-鶴見-神奈川とつづく方向にたいして、ほとんど直角にまがっていることをさしているのだ。しかし、そこで transverse という表現をえらぶのは理工系文献のくせであって、ちがった読書傾向の人ならばちがった表現になるだろうと思う。

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日本語圏と外国語圏(たとえば英語圏)とで、地名や人名のつくられかたがにていることもある。そのまま翻訳になりうることもある。動植物や過去の偉人などの名まえをにたような役わりをもつ別のものにおきかえたものがあることもある。そこで、わたしのひそかなたのしみとして、(たとえば)日本語圏のある地域の地図をみながら、そこがもし(たとえば)英語圏だったばあいの地名を、なるべく語源的または構造的に対応がつくかたちで考えてみることがある。

これはほとんど実用の役にはたたないが、架空の、しかし意味ありげな固有名が出てくるとき、それを意味ありげな固有名に訳す(というよりも、翻案する)ときには使えるかもしれないと思う。

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「Sakai Muscle Line」にもどると、これが冗談として書かれたのならば、まずまずおもしろい冗談だといえると思う。しかし、まじめに英語による路線案内を書こうとしてこうなってしまったのならば、地下鉄経営者の外国語話者の旅客への配慮がなさすぎると思う。(こうなったのは機械翻訳にたよったせいだろうという話もあったが、機械翻訳の件は別に論じることにしたい。)