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(勧めたくない用語) 「薄い大気」

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わたしは、地球科学の授業で、大気と海洋を扱う最初の回に、「地球の半径にくらべれば、大気と海洋は薄い層です。」と言う習慣ができていた。それ自体の意味はまぎれないと思うのだが、あるとき、その続きで「薄い大気」という表現を使って、それは、わたしの意図とちがう意味に受け取られる可能性が高いことに気づいた。

わたしが使おうとした「薄い」は、「厚い - 薄い」の「薄い」であり、層状の物体の、層を横断する方向の長さ寸法が小さいことをさしている。英語ならば、thick - thin の thin だ。

(なお、「光学的に厚い - 薄い」という表現も使う。これは、物理量としての次元は長さではなく、無次元になるが、長さ寸法をさす意味から比喩的に派生したものだろう。)

ところが、「薄い」には、「濃い - 薄い」の「薄い」もある。英語ならばこれも、thick - thin の thin なのだが。こちらは、濃度(溶液の質量に対する溶質の質量の割合)が小さい、というのがもともとの意味だろう。気体の場合には、密度(体積あたりの質量)あるいは粒子数密度(体積あたりの粒子数)が小さい、という意味になることもある。

「薄い大気」はあいまいだが、「薄い空気」ならばあきらかに、「密度が低い」という意味にとられるだろう。

(「空気」と「大気」のさす対象は同じ物質なのだが、「空気」が物質であるのに対して、「大気」は、空間のある領域をその物質がしめることで成り立つ物体をさしている。)

地球の質量の大部分をしめる固体地球にくらべれば、大気は実際に密度が小さいけれども、それはわたしが言いたかったことではない。

わたしは、大気について「薄い」という形容詞を使うのをあきらめることにした。大気の層については、「深い - 浅い」(英語ならば deep - shallow )で代用することにした。密度が小さいほうは、「希薄な」と言うことにした。

- 補足 (2018-05-12) -

ある人から、大気の層の鉛直長さ寸法について、「高い」でよいのではないか、という示唆をいただいた。しばらく考えたのだが、わたしは、これではこの意味はつたわりにくいと思う。

気象の話題では、「高い - 低い」「高さ」「高度」は、点(寸法が無限小の対象)の鉛直座標値につかう。有限の長さ寸法をさすことはあまりない。

気象学用語に scale height というものはあり、この場合の height は、たしかに鉛直方向の長さ寸法だ。ただし日本語では、かたかなで「スケールハイト」だ。「.... 高さ」「... 高度」のような語はたくさんあるのだが、いずれも鉛直座標値で、scale heightはそれにはあてはまらないのだ。

「背が高い、背が低い」ならば、長さ寸法をさすこともありうる。しかしこれも、対象物の上の端(雲ならば雲頂)の位置座標をさすこともありうる。わたしは、どちらをさすととられてもかまわないときは使うことがある。学術文献ではあまり見ない。しかし、わたしが少年のころ読んだ、気象学者による入門書に、「背の高い高気圧、背の低い高気圧」が出てきたと記憶している。背の高い高気圧は対流圏の上部でも下部でも高気圧、背の低い高気圧は対流圏の下部でだけ高気圧なのだ。そこには登場しなかったが、対流圏上部だけの高気圧があったとしたら、それには「背の高い」「背の低い」のいずれも不適切であり、別の表現をしないといけない。

海や湖の場合は、「深い - 浅い」「深さ」「深度」も、点の鉛直座標値をさすことがありうる。鉛直長さ寸法をさすことと、どちらかに使いみちを限定してしまうことはむずかしく、文脈ごとに解釈しわける必要がありそうだ。