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氏名の順序をひっくりかえすのか、ひっくりかえさないのか

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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日本人が名まえをローマ字で書くとき、氏名[この用語については2節参照]の順序をどうするか、また、family name [2節参照]を全部大文字にするのがよいか、ということが、話題になっていた。

【ここで「ローマ字で書くとき」としておいたが、「英語で書くとき」というふうに問題をとらえている人のほうが多いだろうと思う。しかし、日本語だが文字だけローマ字にしたいこともありうるし、英語以外の外国語の中で使われるためにローマ字表記にすることもある。わたしはそれを総括的にとらえるべきだと思うので、このような表現をしている。】

このことについて、わたしは、このブログを始めるより前に、英語で、ウェブページ[To transpose or not to transpose ... personal names]に書いていた。ここでは、そのページの内容を自分で日本語になおし(3節)、その前おきを補足する(2節)。

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人の名まえがどんな要素から構成されるかは、民族的伝統によってさまざまだ。近代国家はそれぞれに名まえのつけかたを標準化するが、そのしかたはそれぞれの国家の近代化の主導権をとった人々の文化を反映しており、国家どうしではちがいがある。

欧米(ヨーロッパ・アメリカ)の大部分の国(すべてではない)と日本を含む東アジアの大部分の国の制度は、名まえがfamily nameとpersonal nameという部分からなるという、大まかに同じ類型にまとめることができる。

この記事の日本語版では、ひとまず、family nameとpersonal nameという英語の表現をまぜる形で書いてみる。今後、別の表現に書きかえるかもしれない。

日本語には、「苗字(みょうじ)」と「姓」と「氏」という語があり、今では同じ意味に使われているが、伝統的な意味は同じではなかった。また、現代日本の制度では夫婦とその未婚の子どもが同じfamily nameをもつのが原則なので、結婚する際に一方がfamily nameを変える。中国や朝鮮(韓国)【以下便宜上「朝鮮」という表現で代表させる】では、結婚しても各人のfamily nameは変わらず、したがって夫婦のfamily nameは違うのがふつうである。さらに、世界にはfamily nameを複数もつ人びともいる。スペイン語圏では、父母のそれぞれから受け継いだfamily nameをならべる。そのような事情のちがいにこだわらず広くかこんだ表現として「family name」を使うことにする。

名まえのうちfamily nameでない、個人ごとにちがう部分を呼ぶのにも、適切なことばがない。「氏名」が「氏」と「名」で構成されていると見た場合の「名」のほうであり、「名まえ」と言うこともあるが、そのことばは「氏名」全体をさすこともある。「下の名まえ」という表現が聞かれるが、これは、「family name, personal name」という順序と、縦書きの文字表記を前提としたもので、そうでない文脈では意味をなさない。英語でも、personal nameは「個人の名まえ」であって「氏名」全体をさすこともありうるのだが[この記事の英語版の表題ではそうしてしまったのだが]、family nameと組で出てくる場合はそれ以外の部分だとわかるだろう。Christian name、given nameなどは文化伝統に依存するので避けたい。ひとりがpersonal nameを複数もつことは、現代日本の制度では想定されていないが、世界ではめずらしくない。

なお、世界には、名まえにfamily nameの要素を含まない民族もたくさんある。わたしはそれぞれの民族の事情をよく知らないので、詳しく論じることはしない。世界の人名をいっしょに扱う場合のむずかしさについてだけ、次の3節の中でふれている。

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【2004年6月22日初出、2008年5月6日改訂の英語版から、今回日本語訳。[...]の形の部分は、日本語訳の際に補足した。】

わたしの知るかぎりで、日本国民はみんな(天皇と皇族を除いて)法的にはひとつ(だけ)のfamily nameとひとつ(だけ)のpersonal nameをもつ。そしてそれをならべる順序は、family nameがさきだ [「さき」という表現にあいまいさがあるかもしれないので注記しておくが、この表現は「まずfamily nameがくる」という意味である]。日本語の中で使われる限りでは、これはゆらぎのない規則だ。

しかし、日本人の名まえを、英語やそのほかの西洋の言語の中で使うときには、大部分の日本人は氏名の順序を逆にし、personal nameをさきにする。これが「事実上の規則」になっているように思われる。

【歴史上の名まえについて、問題が生じる。近代になる前の日本では、みんながfamily nameをもっていたわけではなく、また、それをもつ人にとってのfamily nameの役割は近代と同じではなかった。それに加えて、およそ西暦1200年よりも前の歴史的な人の名まえは、family nameとpersonal nameとの間に助詞の「の」を入れた形で発音されるのがふつうである。この「の」の機能は、フランス語の「de」、ドイツ語の「von」、オランダ語の「van」などと似ているが、前後の向きが逆なのだ。氏名の順序を逆にするならば、この「の」をどうしたらよいだろうか?】

【また、作家の筆名や俳優の芸名などについても問題が生じるかもしれない。たとえば、「江戸川乱歩」という筆名は [「江戸川」の部分がfamily nameのような気がするが] Edgar Alan Poe [「Poe」がfamily name]のパロディーである。氏名の順序を入れかえるとそれが伝わらなくなってしまう。】

中国語や朝鮮語では、順序はfamily nameがさきだ。そして、中国人や朝鮮人の氏名の順序は、英語でも入れかえられないことが多い。少なくとも新聞などの報道記事ではそうだ。 わたしが思うに、中国人(漢民族)や朝鮮人の氏名は、ひと息で読まれることが多く、family nameとpersonal nameを分けて認識することが心理的に楽でないのだと思う。しかし、日本人の氏名はふた息に分けて読むことができるのだ。

しかし、中国人や朝鮮人の自然科学者が英語で論文を書くとき、彼らは、日本人と同様に、氏名をfamily nameが最後にくるようにならべかえるのがふつうだ。(中国で出版された英語の出版物はこの習慣に従わないものもある。ローマ字表記された中国人の名まえから、どの部分がfamily nameかを判断するのはむずかしいことがある。)

著者名索引をつくるときはfamily nameのアルファベット順にならべるのがふつうであり、そのようなときには欧米人が氏名の順序のならべかえをせまられる。少なくとも第一著者について、family nameがさきになるようにする。入れかえを明示するため、コンマを入れることが多い。しかし、コンマは、複数の人の人名をならべる際のくぎりとしても使われる。その結果の文字列はややこしいことになる。たとえば、「Boyle, Robert, and Charles, Jacques Alexandre César」という表現はなん人の人物を示しているのか、そしてどの部分がfamily nameなのか? [この例は例として示すために作ったものである。ボイルとシャルルは離れた時代に生きた人なので彼らの共著の著作物があるわけではない。] 「Boyle, R., and Charles, J. A. C.」ならば意味はわかるが、これでもコンマが多すぎる気がする。

わたしは、順序入れかえをなるべく少ない回数ですませるべきだと思う。名まえのうちのfamily nameの部分を示すには、順序以外の指標を使うことができる。近ごろ、日本で出版された英文の学術雑誌には、著者名のfamily nameの部分を全部大文字にすることによって、氏名のうちのどこに現われるかにかかわらず目だつようにするものが多くなった。しかし、世界には、family nameをもたない民族や国もある。もしfamily nameだけを全部大文字にすると、そういう民族や国の人の名まえが、日本人・中国人・朝鮮人・西洋人に比べて、見えにくくなってしまう。学術雑誌の規則としては、family nameではなく、氏名のうちで主要な検索キーとして使われるべき部分を全部大文字にすることにするべきなのだと思う。

もっとも、わたしは、全部大文字にするのは、印象が強すぎると思う。「small capital」[つまり、頭文字以外は、大文字の字体だが小文字と同程度の大きさにした表現]が、family nameを (もっと正確には、氏名のうち主要な検索キーとなる部分を)示す指標には適していると思う。

わたしは、日本のいくつかの[横書きの]学術出版物で、外国人のfamily nameがsmall capitalで書かれていたのを覚えている。たとえば雑誌『科学』ではそうなっていた(わたしがそれを認識したのは1970年代のことで、今はそのやりかたをやめてしまったが)。【このやりかたは、何十年も前に、おそらくドイツ語圏から導入されたのだろうと思う。ドイツ語では、すべての名詞の頭文字を大文字にするので、固有名詞が目だつようにするにはそれだけではないしかけが必要になるのだ。[そこでsmall capitalが使われるのを見たことがある。ただしわたしが見たドイツ語の文献の数は少ないので、どのくらい普及した方法なのかは知らない。]】

わたしは、できるかぎりこのやりかたを使いたいと思っている。

残念なことに、HTMLでは明示的にsmall capitalを指定できない。[cssでは指定できるかもしれないが、まだ調べていない。] わたしは[family nameを全部大文字で書いたうえで]「<small>...</small>」でfamily nameのうち頭文字以外の文字列をくくることにしている。【かつては「<font size="-1">...</font>を使っていたが、smallというタグを知って、そのほうが適切と判断した。】これで、必ずというわけではないが、多くのブラウザ上でsmall capitalのように見える。このやりかたの欠点は、HTMLのソーステキストではたとえば「R<small>ICHARDSON</small>」のように記録されているのだが、それが「Richardson」や「RICHARDSON」の文字列による検索で見つからないかもしれないことだ。また、HTMLのヘッダの中では期待どおりの文字の大きさにならないかもしれないことだ。

[わたしはブログでないウェブページではsmall capitalを使っているが、ブログでは(HTMLタグを直接書きこむ場合をふやしたくないので)使っていない。文献リストの部分に限って、著者名中の主要な検索キーになる部分を、かつては全部大文字にしたこともあるが、近ごろは太字にすることを試みている。]