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地球温暖化という用語の意味について

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

2015年11月7日、勤務先の研究所の一般公開の中で、「気候変動予測」あるいは「地球温暖化予測」と呼ばれる仕事をしている部署の一員として、「地球温暖化について質問にお答えします」という試みをした。6時間のあいだに、お年寄りから小学生まで20人あまりのかたと、さまざまな話をすることができた。[2015-11-06の記事]で書いた南極の氷の増減と海面水位変化のことや、[2015-10-18の記事]で紹介した10月13日のシンポジウムで出てきたいくつかの話題も話した。しかし全部の話題を覚えてはいない。同僚にメモをとってもらったので、それを読みかえしてから、議論したいと思っている。ここではひとまず、一般公開が終わった段階で気にかかっていたことを書きだしてみる。

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「地球温暖化」という用語あるいは概念がさすものの広がりが、人によってあるいは文脈によって違っており、議論をかみあわせるためには、まず、ここではどういう意味で使うかの合意を得るための会話が必要なことがある。【今回、講演ではなく質問回答の場をつくることを試みたのは、もともとそういう認識があったからだが、実際にやってみて、認識がいくらか具体的になったと思う。】

わたしは、「地球温暖化」を、「気候の変化のうちで、人間活動によって、大気中の赤外線を吸収・射出する成分(温室効果気体)がふえることによって起こる変化」をさすとするのが適切だと思っている。その「変化」には、世界平均地上気温の上昇が主要な特徴として含まれるけれども、それに限られるわけではない。たとえば、ある地域で雨がふえ、別のある地域で雨が減るような変化も、「地球温暖化」という一連の現象の部分として考えたいのだ。高薮(2012, 2015)のパンフレットの題名になっているように「暑いだけじゃない」のだ。

しかし、このような意味づけでみなさんが納得するとは限らない。「それならば『地球温暖化』と言うよりも『気候変動』と言ったほうがよいのではないか」と言われることもある。

気候の「変動」と「変化」を区別するかどうか、という問題もある。わたしは区別することもあるのだが、ここでは区別しないことにする。そして、「気候変動」とは、すなおに「気候が変動すること」をさし、その原因や時間規模によって差別しないことにしよう。

すると、「地球温暖化」は「気候変動」に含まれる。しかし「気候変動」には、自然に(人間活動がなくても)生じると考えられている変動(たとえばエルニーニョ現象)も含まれる。「気候変動」のほうが意味の広がりが大きいのだ。「気候変動枠組み条約」の場合のように、「気候変動」ということばが(わたしの言う)「地球温暖化」とほぼ同じ意味に使われることがあるのだが、それは、すなおな意味の気候変動の全体でなく、その限定された部分をさしていることに注意する必要がある。

地球温暖化の対策を考える際には、どんな対策をおもに考えるかによって、どちらの用語が適切かが違ってくるようだ。いわゆる「緩和策」([2014-07-10の記事]参照)の話題では、もし人間が化石燃料燃焼による二酸化炭素排出を止めることができれば、「地球温暖化」を止めることができるかもしれない。しかし、自然のものを含む気候変動を止められるわけではない。他方、適応策の話題では、人間社会は自然の変動を含んだ意味での「気候変動」に対して適応するのであって、「地球温暖化」の部分を抽出してそれに適応するわけではない。そんなわけで、どちらかの用語にしぼりきれないところがある。

さて、(「気候変動」の場合とは違って)「地球温暖化」ということばの、わたしが適切と思う意味づけは、そのことばの要素の意味からすなおに組み立てたものとは違っている。すなおに組み立てた意味で考えている人に対して、それはまちがいだとは言いにくい。しかし、それをそのまま受け入れると議論がかみあわない。「ここでは、こういうことがらを考える必要があって、それに便宜上『地球温暖化』という名札をつけているので、不満かもしれないががまんしてつきあってください」というふうに提示するしかないのかもしれない。

まず「地球」の部分だが、これは英語の global に対応し、直訳は「全球的」、つまり、全世界規模で起こる現象をさしている。都市気候のようなローカルな現象や、たとえば日本一国くらいの広がりをもった地域規模の現象との区別が含まれているのだ。日本語の「地球」だけを見聞きしてこれとは違った意味を感じてしまう人も多いと思うが、この場合は専門用語の約束としてわかってもらうしかないと思う。

「温暖化」は、「温度が上がること」だと思う人が多いだろうか。「温度が上がる」という意味では「昇温」ということばもあるが、区別が感じられるだろうか。ひとまずどこの温度であるかをたなあげにして、温度を T、時間を t と書いてみよう。時間とともに温度が上がるということは、微分記号dを使うと、「dT/dt > 0」のように書ける。「温暖化」の意味はこういうことだと考える人は多いだろう。ただし、「気候の温暖化」とすれば、少なくとも「天気」「天候」「気候」ということばを使いわけている人ならば、数十年以上の時間規模でみたときの温度上昇傾向をさす、とわかってくれると期待したい。

しかし、温度の変化という考えを基本としても、変化のメカニズムに注目する人は、違うとらえかたをすることもあると思う。対象(ひとまず「気候システム」と呼んでおこう)の温度を変化させる物理的メカニズムを数式の形で「dT/dt = A + B + ...」のような形で書けるとする。この右辺のうちAの項が重要(複数の重要な項のひとつ)であり、符号が正であれば、「A項は気候システムを温暖化させる働きをもつ」と言うことができる。ここでもし、A以外の項の数量が(絶対値として) Aに比べてじゅうぶん小さいことが確かならば上に述べた温度変化による定義と実質的に同じことになるのだが、そうでなくてもA項に注目した議論をすることがあるのだ。「二酸化炭素増加は地球温暖化をもたらす」という知見が頑健な知見だと言えるのは、このA項のような意味でなのだ。B項として考えられるのは、太陽の変動、火山起源のエーロゾル、人為(大気汚染)起源のエーロゾルなどだが、このうちどれかが大きな負の値をとれば、合計のdT/dtは負になることもありうる。(ただし、気候専門家の見るところでは、今後百年以内にそういうことが起こる可能性は高くない。)

次に、どこの温度か、という問題がある。多くの場合、鉛直方向では、地表面(大気と陸または大気と海との境界面)付近の温度に着目することが多い。詳しく言うと地表面温度と地上気温は違うという問題もあるが([2012-03-28の記事]参照)、観測データに基づく議論の場合は、質のそろったデータの得やすさのつごうで、陸上では地上気温、海上では海面水温を採用することが多い。水平方向では、globalな温暖化に話題を限定した場合には、globalに平均した温度を問題にすることが多い。不規則に分布した観測地点での値をそのまま平均するのではなく、地球上の面積あたりの重みがどこでも同じになるように平均値を求める。

2007年ごろ以来「地球温暖化が止まっている」と言われることがあり、専門家の間では hiatus (英語読み「ハイエイタス」、[2015-01-15の記事]参照)と呼ばれることがあることがらは、この意味での世界平均地表温度の上昇が止まっているように見える、ということだ。ここでは詳しい議論はしないが、この現象の一部分は、世界全体についての平均値を出すときに観測の乏しいところの値を推定する方法に由来する見かけのものらしい。それで、「止まっている」は大げさなのだが、世界平均地表温度の上昇がにぶっているということはあるらしい(そろそろ終わったという考えもあるが)。しかし、海洋の表面だけでなく内部を考えて、深さ2000mまでの水温を集計してみると、にぶっていることもなく上昇は続いているそうだ。

人間生活の立場から見れば、人間はふだんは海にもぐったり大気中を飛んだりしないで地表面付近で生活しているので、地表温度の上昇こそ「ほんものの温暖化」だと感じられるのかもしれない。

ところが、メカニズムのほうから考える人は違う感覚をもっている。なぜ二酸化炭素濃度がふえることが地表温度を上げる働きをもつ(上記の表現で「A項が正」)かというと、それが気候システムのエネルギー収支を収入超過のほうに傾けるからなのだ。エネルギー保存の法則が成り立っているので、エネルギーの出入りが収入超過ならば、エネルギーのたまりの量が増加することになる。気候システムのエネルギーのたまりの最大の部分は海洋の内部エネルギーであり、それは「熱容量×温度」の形に書けて熱容量は一定とみなせる。この「温度」が上がることが温暖化と考えることができる。すると、地表温度の変化よりも、深さ2000mまでの平均温度の変化のほうが、「ほんものの地球温暖化」に近いものをとらえているように感じられるのだ。ただし、エネルギーのたまりはこれだけではない。雪氷圏が、水の固体・液体間の相変化の潜熱という形で、いわば負のエネルギーのたまりとなっており、雪氷の融解は気候システム全体のエネルギーのたまりがふえることにあたるのだが、これを温度に換算するのは表現としてうまくない。ただし、相変化を含めても、大まかな傾向として、エネルギーのたまりの量が増加することは温度上昇とともに起こるので、温度変化ではなくエネルギー変化の数値を示しながら、「温暖化」と表現してしまいたくなることもある。

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さて、質問に答える企画をしてみて考えたことのうち、別の一連のものとして、「地球温暖化と、いくらかの関係はあるが、区別して認識する必要があることがら」がある。これについては[別の記事]にしたい。

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