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人為起源気候変化とその対策とくに気候工学の位置づけに関する根本的考察 (発表予稿)

2014年4月におこなわれる日本地球惑星科学連合(http://www.jpgu.org/)の大会の、科学論のセッション(M-ZZ45「地球科学の科学史・科学哲学・科学技術社会論」)に、発表を申しこんだ。予稿をこの下につける。

「根本的」というほど考えは深まっていないのだけれど、根本的に考えたいという志向を示そうとしてこのような題目をつけてしまった。

予稿の内容は、地球温暖化の対策をいわゆる「気候工学 (geoengineering)」を含めて考えている人にとっては、あたりまえのことになってしまったと思う。これで研究発表とするのはとても気がひける。しかし、この内容は、世の中全体はもちろん、地球科学者のあいだでも、あたりまえになっていないと思う。研究発表という形でなくてもよいのだが、学会の場で話してみる価値はあると思うのだ。

これからさらに調べてオリジナルな研究にする方向としては、ひとつは、過去の人々の考えを確認して科学史の研究にすること、もうひとつは、気候工学に関するガバナンスについて問題になっていることをレビューして科学技術社会論の研究にすることが考えられる。どちらにしても、わたしは、たまたま気づいたいくつかの文献に目をとおしてその論点を紹介できるようにしておくことはできそうだが、その文献の選択が現在の時点でこの問題を論じる人にとって適切であるかの判断ができそうもないのが苦しいところだ。

===== 以下、予稿の内容 =====
地球温暖化あるいはanthropogenic climate change (人為起源の気候変化) と呼ばれる問題と、社会がそれに対処するのにどのような活動を必要とするかについて、考えの発達をふりかえり、根本的なところから組みたてなおしてみる。

ここでいう地球温暖化とは、人間の産業活動によって、大気中の二酸化炭素などの濃度が増加し、大気の温室効果を強化することによる、全球平均地表温度の上昇を特徴とする気候の変化である。これは海面上昇や乾湿の変化を伴い、人間社会に影響を与える。影響は、地域間や世代間で不公平に生じる。

1988 年のIPCC (気候変動に関する政府間パネル) 発足以来、地球温暖化の対策は、緩和策(mitigation) と適応策(adaptation)とに分けて論じられてきた。2013-14 年のIPCC 第5次評価報告書(AR5) では、気候工学(geoengineering、日本語表現は杉山昌広氏に従った) が加えられた。この3分類はこれまでの議論のいきさつを負ったものであり必ずしも合理的ではなく、組みかえも提案されている(たとえばBoucher ほか, 2014, WIRES Climate Change) が、ここではひとまずこれに従う。

人間社会は環境の制約を受けながら環境に適応して発達してきた。変動を含む気候も環境の部分であり、それへの適応は人間社会の基本的機能である。ただし、農業開始以来の人間社会は、第四紀の中でも変動が異常に小さい完新世の気候だけを経験しているという特殊性がある。また、近代の世界は、国境と土地所有権を明確にするようになり、しかも化石燃料利用を含む科学技術の発達によって人口がふえたので、かつてはふつうであった移住による適応が困難になっている。さらに、現代は、民族間平等や人道思想が普及し、多くの人が不慮の死をとげるような事態を避けたいという価値観が強まった。人間社会の適応は、生物の適者生存とは違った課題となっている。

20世紀なかばには、科学技術によって気候を人間社会につごうのよいように制御することへの期待もあった。しかし、気候に関する科学的知見が発達するにつれて、一方で、気候は複雑なシステムであり非線形性や観測困難による不確かさが大きいことがわかり、他方で、化石燃料燃焼による二酸化炭素排出が気候システムのエネルギー収支を偏らせる強制作用として重要であることがわかった。そこで、気候システムへの積極的介入ではなく、人間活動がすでに起こしている強制作用を弱めることによって気候変化を小さく食い止めるという消極的介入が、主要な対策として考えられるようになった。これが慣用的に地球温暖化の「緩和策」と呼ばれる。

緩和策の基本は化石燃料使用を減らすことであるが、経済発展に対してエネルギー資源があまりにも大きな役割を果たしているため、気候変動枠組条約締結(1992年) 以来20年を経ても、緩和策に関する国際的意志決定はあまり進んでいない。

そこで、技術的に気候を制御すること、つまり「気候工学」への期待がふたたび高まっている。ただし、その困難は依然として大きい。それには技術が未完成であることも含まれるが、効果と副作用および費用に関する知見の不確かさもある。

気候工学のすべてをカバーはしないが主要な分類として二酸化炭素除去(CDR) と太陽放射管理(SRM) がある。

CDR は、大気に対する強制作用を減らす効果については緩和策と同等だが、除去された二酸化炭素の行き先である地層、土壌、海などの環境を改変する。また、隔離が破れる事故の可能性もないとはいえない。どの程度の環境改変と事故を許容するかが、社会的意志決定の問題となる。ただし、陸上や領海で行なわれる場合は、国内の政策決定ですむかもしれない。

SRM は、温室効果強化を平均としては打ち消すことができても、緯度別・季節別の強制作用については、強めてしまうこともある。それが世界の各地域の気候におよぼす影響は、地域別の温暖化の予測と同等に困難である。しかも、意図的な行為であるから、損害が生じた場合の責任は重大なものになりうる。また、SRM のうちでも技術的実現可能性が高いと考えられる成層圏エーロゾル注入が継続運用された末に急に中止されたとすれば、約2年以内にSRM の効果は消え温暖化が急激に再開する。これは適応策に対してSRM を実施しない場合よりも深刻な困難をもたらしうる。したがって、SRM を政策オプションに含めるためには、技術的実現可能性のほかに、現在の気候変動枠組み条約よりもはるかに強力な国際的ガバナンス体制が必要である。