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日本語ローマ字表記 (「ヘボン式」そのほか) をめぐる おぼえがき (資料リンク集)

【まだ書きかえます。いつどこを書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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日本語をローマ字でかきあらわす方式が、いくつか提案されてきた。そのうちに「ヘボン式」というものがある。ヘボンとして知られるアメリカ人の宣教師 兼 医師 James Hepburn が、日本語から英語への辞書 『和英語林集成』 で採用した方式である。

「ヘボン式は日本語の発音を英語の発音で近似したものである」のようなことがいわれることがある。ある意味ではただしいともいえるが、的確な表現ではないとおもう。

ヘボン式も訓令式も、日本語でつかわれる音を、母音や子音などの「音素」に分解して、それぞれの音素に、ローマ字の文字または文字列をあてたものだといえる。そのとき、音素をどのくらいくわしく区別するかという問題がある。「日本式」をつくった人たちは、「タ、チ、ツ、テ、ト」の子音は同じ音素であるとみなし、「訓令式」はそれをひきついだ。ヘボンは、「タ、テ、ト」の子音、「チ」の子音、「ツ」の子音を区別した。なぜ区別したかといえば、英語で区別されるからかもしれない。しかし、16世紀末のイエズス会宣教師たちも同様な区別をした。それはポルトガル語での区別にあわせたのかもしれない。そして、ヘボンはそれを間接的に参考にしていたかもしれない。

今回の記事は、まとまった主張をのべるのではなく、この話題について探索してであったさまざまな情報源のリンクを記録しておくものである。

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すなおな意味で「日本語の発音を英語の発音で近似した」ローマ字表記をすれば、ヘボン式のようなものにはならないだろう。

ちがう方向の極端なものといえるとおもうが、Twitter で つぎのような例にであった。

Nick Kapur
@nick_kapur
A card of Japanese phrases issued to US Marines before the Battle of Saipan in June 1944
画像 https://pbs.twimg.com/media/EeezdNCWoAAGKEK?format=jpg&name=900x900
2020-08-03 17:05 JST
(https://x.com/nick_kapur/status/1290197178200145921)

第二次世界大戦末期に、アメリカ軍のなかでくばられた、戦闘で日本人を捕虜にするような状況を想定した会話文例集らしい。「とまれ」が「TOE-MAH-RAY」とされている。英語話者が英語のなかにでてくるつづりだとおもって読めば、なんとか日本語の語の発音の近似になる。

ツイートには出典が書いてなかったが、Nick Kapur さんは東アジアの現代史を専門とする歴史学者だから、信頼できる資料なのだろう。

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イエズス会のローマ字表記の体系については、つぎの論文をみつけた。

(ページ番号がはじめのほうがおわりより大きいのはまちがいではなく、縦書きを基本とする出版物のうちの横書きのページだからである。)

イエズス会のローマ字表記は、日本語の音素のうち、ポルトガル語で区別されるものは区別してローマ字列をあてたものとかんがえられる。

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ヘボンがつくった学校が発展して明治学院大学になった。

明治学院大学図書館が「デジタルアーカイブズ」をつくっている。そのなかに「和英語林集成デジタルアーカイブズ」がある。

そのなかに「和英語林集成各版ローマ字対照表」https://mgda.meijigakuin.ac.jp/waei/roma.html というページがある。これをみると、ヘボンによるローマ字表記の方式は、なん段階かの変遷をへていることがわかる。対照表のページの本文には「ヘボン式ローマ字は『和英語林集成』第三版で確立されました。」 とある。しかし対照表には「三版」の列と別に「現在」の列があって、わずかながらちがいがあり、「現在」のほうが「ヘボン式」として知られているものである。

  • 注 [2024-09-03] 第3版 は 1886年に出版された。この版のローマ字つづり方式には、1884年に結成された「羅馬字会」が 1885年に出した『羅馬字にて日本語の書き方』の方式がとりいれられている。(わたしはこれ以上くわしくはしらべていない。)
  • 注 [2024-09-15] 「和英語林集成各版ローマ字対照表」の内容をみるかぎりでは、「再版」(1872年) から第3版へのおもな変化は、拗音について、たとえば「キャ」ならば「kiya」から「kya」にかわったことである。

また、「『和英語林集成』トピックス」という記事群のうちに「ヘボンが参照した辞書」と「幻の日葡辞書とヘボン」というページがある。ヘボンは『和英語林集成』初版の序文で、イエズス会が1603年に出した日本語からポルトガル語への辞書 (日本では『日葡辞書』として知られる) を参考にしたと書いているのだが、ヘボンののこした蔵書には日葡辞書はない。しかし、Leon Pages が 1862年から1868年にだした日本語からフランス語への辞書 (『日仏辞書』としておく) がある。これはイエズス会の日葡辞書をもとにしたものなのだ。

「辞書目録・デジタル画像」に行って、検索をすると、左端の列に「Dictionnaire japonais-français」ではじまる長い題名の項目があって、その下の「画像」ボタンをおすとページ画像をみることができる。表紙のすぐつぎに、日葡辞書と日仏辞書のローマ字表記の対照表がある。Pages は、イエズス会の音素の区別をひきつぎながら、ポルトガル語ではなくフランス語でだいたい対応する音になるように文字列をきめなおしたにちがいない。

わたしからみると、ヘボンも Pages 経由でイエズス会による音素の区別をひきついで、英語でだいたい対応する音になるような文字列をあてたとおもわれる。

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余談だが、(ここまでとはちがって) 英語の音を日本語で近似するしかたについて議論しようとして、「Hepburn」を「ヘップバーン」とするばあいと、「ヘボン」とするばあいがある、というのを代表例として、ほかの事例を分類しようとおもった。そのとき、「Hepburn を ヘボン とするようなやりかた」をちぢめて「ヘボン式」と言いそうになって、それは誤解をまねくだろうことに気づいたのだった。

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日本語ローマ字表記の話題からはなれるが、ついでに、ヘボンと気象・気候についての話題を紹介しておく。

ヘボンは気象観測もしていて、横浜での1863年から1869年までの毎月の気温と降水量の表を報告した文書が、明治学院の歴史資料館にのこっている。残念ながら、毎日の値が書かれたものはのこっていない。月値だけでも貴重な資料であり、平野 淳平 さん (帝京大学) がほかの資料をあわせて、1868年の夏は前後の年にくらべて異常に雨が多かったことなどを報告している。