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太陽放射改変の現実的(?)なシナリオ (Keith & MacMartin 2015)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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地球温暖化の対策としての意図的気候改変(「気候工学」)について、[2016-05-10の記事]で予告したように、読んだ論文の紹介・論評をしていこうと思う。この記事はその1つめだが、2つめにいつ何を扱うかはまだ決めていない。

Keith & MacMartin (2015)の論文が出た。「論じる文」で、のった雑誌の記事分類は「Perspective」となっている。その論点は、Keith (2013)の本にも出てきたものなのだが、もう少していねいに論じられていると思う。数量の例もグラフで示されているが、それは例であって、定量的な詳しい検討がされているわけではない。

話題は、気候工学のうち、太陽放射改変(SRM)にしぼられている。そのうち成層圏エーロゾル注入によるものを念頭においた部分もある。

ここでは、わたしが理解したことをわたしのことばで述べるとともに感想を添える。論文のすなおな紹介からはいくらかずれるかもしれない。

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著者は、世の人々がSRMをこわがりすぎていると考えている。それは、これまでの研究者たちがSRMの特徴を示す際にSRMの使いかたに関して極端な想定をしていたからだ、と考えている。

SRMは海洋酸性化の進行を止めない」という議論がある。その指摘自体は正しい。しかし海洋酸性化を進行させるのは二酸化炭素排出である。SRMが悪いのではなくて、二酸化炭素排出削減の意欲がそがれるのが悪いのだ。【著者は、気候工学と排出削減との重みづけを考えるような政策決定の課題があることを認識してはいるのだが、自分たちの役まわりはそれではなく、そこで使われる気候工学の技術評価だと考えているようだ。いわば、著者は大工さんではなくかなづち屋さんなのだと思う。この項目の議論は、「かなづちは悪くない。かなづちがあるとねじまわしを使う意欲がなくなるのが悪いのだ。」にあたるような気がする。】

SRMをやると世界の降水量が減ってしまう (そして農業生産などに悪影響がある)」という議論がある。確かに、GeoMIPというプロジェクト(2016-05-10の記事参照)で行なわれたシミュレーションでは、温室効果強化をSRMで打ち消した場合の気候のほうが、温室効果が強化される前の気候よりも、降水量は(地域によってさまざまではあるが) 熱帯の陸上で少ない傾向があり、世界平均でも少なくなっていた。しかし、それは、SRMをやれば一般にそうなるというものではなく、GeoMIPで想定されたSRM実施のシナリオに依存する特徴なのだ。GeoMIPのG1からG4までの実験で与えられたSRMはそれぞれ違っているが、大まかに言えば、世界平均で、温室効果強化による放射強制を、SRMによる負の放射強制で打ち消す、というものになっている。著者に言わせれば、それは強すぎる。降水量が減らない水準までにとどめればよいのだ。そうすると温暖化は残るが、人間社会はそれに適応することを考えればよい。【「かなづちは悪くない。かなづちで力いっぱいたたくのが悪いのだ。手加減してたたくべきだ。」】

著者も、GeoMIPのシナリオは、SRMに対する気候システムの応答を調べる基礎研究のためには、よいと考えている。そこでは、SRMの与えかたがまぎれなく定義されていること、結果のシグナルがじゅうぶん大きいことが求められるのだ。【純粋な理論研究ならば、ノイズのない基本場に、微小振幅の強制を与える、という方法をとることが多い。強制が微小ならば、強制への応答どうしの積を無視した線形論が使えるので、理屈がわかりやすいのだ。しかし、大気・海洋大循環モデルでは、強制なしでも(一定の境界条件でも)、毎日の天気や、天候年々変動が生じる。それらは、強制への応答を見る際にはノイズとなる。応答のシグナルがノイズレベルを上まわるようにするには、かなり大きい強制を与える必要がある。】

しかし、SRMは実用になりうるかを考えたり、SRMと他の対策との長所短所を比較したりする目的には、もっとおだやかなシナリオを念頭におくべきだ、と著者はいう。

SRMを止めると急激な温暖化が起こるので、SRMは永久に続けなければならなくなる」という議論がある。これも、SRM自体の問題というよりは、SRM実施のシナリオに依存する問題だ。この件についての著者の具体的な考えは次の節でふれる。【「かなづちは悪くない。かなづちをいつどこにかたづけるかまで計画しておけばよいのだ。」といったところだろうか。】

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著者が提案する実施シナリオの特徴は、論文の題名にあるように、temporary, moderate, responsiveだ。

Temporaryは、永久的でないということだが、著者が想定している例では、2200年に終わるようにする(2100年ごろ以後は減らしていく)というもので、政治の場では考えがたい長期の計画になる。用語も「一時的」とは言いがたいので「時限的」としておきたい。二酸化炭素排出のほうも2100年ごろ以後は正味でゼロに近い状態が想定されているようだが、大気中の二酸化炭素濃度の変化は百年よりも長い時定数をもつ部分があるので、2200年には人為起源の温室効果がかなり残っている。著者は、人間社会はそれに適応すればよいと考えているようだ。逆に言えば、従来の、SRMは永久に続けなければならなくなるという主張は、SRM温室効果強化を完全に打ち消すべきだという発想に(厳密にそうなると仮定しなかったとしても)引きずられていたのかもしれない。

なおGeoMIPのシナリオのうちにも永久的でないものはあるのだが、そこではSRMの強さを大きい値から急激にゼロにすることを想定していた。(そこで気候にはどのくらい急激な変化が起きるかシミュレートしてみたいという意図があった。) ここでは、ゆるやかにゼロに近づけることが想定されている。

Moderateは、おおざっぱに言えば、SRMの強さは、温室効果強化を半分くらい打ち消す程度にとどめておこう、ということだ。ただし「半分」という数値を指定しているわけではない。経済学的考察から、直接の効用と費用のほかに、間接的な影響(たとえばオゾン層減損)による損失も考慮して、正味の利得が最大になるところ、あるいはパレート最適になるところを求めると、可能な最大と最小のレベルのどこかになるだろう、という議論をしている。その中で、SRMの強さを少しずつ増していくと、SRMの強さの増加あたりの効用の増加は逓減するだろう、他方、間接的な影響による損失は急に強まるかもしれない、といった議論もしている。

Responsiveは、あらかじめ決めたら計画のとおりに実施するのではなく、常時状況を観測して、SRMの強さを調整しながら実施するということだ。「状況」と書いたことのうちには、放射強制の強さ、気温や降水量などの気候の状態、オゾン層などの間接的影響を受けるおそれのある対象の状態が含まれる。

状況の変化には、自然の変動、人為起源の温室効果強化の影響、SRMの影響が混ざっていて、分離して認識することは困難だ。それを分離しやすくするために、(responsiveというよりはtemporaryのほうになるが)、SRMの強さを、自然現象と違った時系列特性で変動させて与えることも考えられる、とも言っている。

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わたしの考えだが、GeoMIPに似たシミュレーションをするためのシナリオとしては、responsiveにすることは困難だと思う。Moderateは、世界平均の温室効果を一定の割合(たとえば半分)だけ打ち消すという形で、temporaryは、終わりの年限にSRMがゼロになるようにゆるやかに減らすという形でならば、扱えると思う。

文献

  • David Keith, 2013: A Case for Climate Engineering (A Boston Review Book). Cambridge MA USA: The MIT Press, 194 pp. ISBN 978-0-262-01982-8. [読書メモ]
  • David W. Keith and Douglas G. MacMartin, 2015: A temporary, moderate and responsive scenario for solar geoengineering. Nature Climate Change, 5: 201-206. http://doi.org/10.1038/nclimate2493