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ウィキペディアで専門基礎概念について書くことのむずかしさ

【公開後2016-01-31までにだいぶ書きかえました。まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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わたしはWikipediaをよく見る。Wikipediaが、だれでも(ルールに違反してペナルティを課されていないかぎり)書き手になれるものなので、内容の質の保証は原理的にないことは知っている。これまで読んできた経験によって主観的に質の見当をつけて使っている。

無料でこれだけおせわになっているのだから、自分も貢献したほうがよいと思うこともある。

2010年にはいくらか編集にかかわった。ただし、これは、わたしが正しくないと思う内容をどんどん書きこむ人がいて、それを止める必要があると思い、単にもとにもどすのはつまらないので、改良になるように書きかえる努力をしたのだった。そのころ考えたことはこのブログの記事[2010-03-06「IPCC、Wikipedia、信頼できる情報源」][2010-03-07「ウィキウィキ、ポレポレ」]に書いた。どんどん書きこんでいた人が(ペナルティを課されたのか意欲を失ったのか知らないが)消えると、わたしも意欲が続かなくなってしまった。

近ごろは、(日本語版でも英語版でも)読んでいるうちにたまたま誤字・リンク切れ・単純な事実のまちがいなどを見つけるとその場で修正することはあるが、それ以外の編集はしなくなっている。

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2015年4月から北村紗衣さんが「英日翻訳ウィキペディアン養成セミナー」を始めたのを知った。大学の英語の授業のひとつとして、Wikipedia英語版の記事を翻訳して日本語版の記事をつくるという課題を出したのだった。その話題は2016年1月にウィキメディア財団の15周年記念サイトで紹介されている([Kitamura Sae - Wikipedia 15])。

北村さんのセミナーの第1学期の成果として5月末に公開された記事のうちに[[雪氷圏]]の記事(英語版「Cryosphere」からの翻訳)があった。わたしは「気候システム論」の授業をしているが、教材の雪氷圏を扱う部分にはまだ概論の文章がない。Wikipediaの記事が概論として使えるとありがたいと思った。

しかし教材として紹介しようという考えのもとに読んでみると、いろいろ不満があった。

わたしがすぐなおせる少数の件だけは、なおした。そのひとつは「短波」ということばが気象学での意味([2012-04-24の記事]参照)で使われていたところを電波についての意味と混同していたのだった。同じ記事に電波も(「マイクロ波」としてだが)出てくるので、正しい意味を選ぶには語の共存関係だけでなく内容に立ち入った理解が必要だろう。誤解は英語版に由来するものであり、英語版のほうも最近なおしておいた。

しかし、不満を感じないところまでなおすのは、ほぼこの記事と同じ範囲の話題を同じ程度の詳しさで講義することがあるわたしにとっても、簡単ではないと感じた。不満の内容はあとの3節で述べるが、翻訳に由来するのは人名のかたかな表記の件だけで、あとは英語版記事に由来する問題だった。ただし、そのうちにはWikipediaというしくみのもとでは避けがたいものもあるかもしれないと思った。不満の内容をWikipedia日本語版の「雪氷圏」の「ノート」ページに2015年6月11日-15日に書いたのだが、ここでもう一度、組み立てなおして書いてみる。

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翻訳によってできた「雪氷圏」の記事には「人名(年)」の形の表記がある。「グロイスマンら(1994a)は...」「...がカリーら(1995)によって示された」「これらの変化は...に関与する(ウォルシュ 1995)。」といったぐあいだ。地球物理学または地理学の論文を読み書きした経験のある人ならば、これは文献参照にちがいないと気づくだろう。これらの分野では、参照される文献は著者名の辞書順(欧文ならばアルファベット順)の文献リストにまとめ、本文には著者名と出版年を書いてリスト中の項目と対応づけるのがふつうなのだ。(著者名も年も同じものが複数あるときはa, bなどを添える。本文にとって「著者名(年)」が、文献をさす記号として扱われるか、著者である人物をさすかは、場合によってどちらもありうる。)

「雪氷圏」の記事には、「参考文献」のリストがついていて(英語版ではその部分の表題はFurther Readingとなっているが)、本文中にある「著者名(年)」のうちいくつかの書誌情報はその中にある。残念ながら全部ではない。

Wikipediaは、出典とする情報源を明記せよという規範があるが、情報源が文献である場合の標準的な参照の形式は、「著者名(年)」ではなく、脚注であるらしい。「雪氷圏」の記事の「著者名(年)」のうちにも、脚注がついていて、その先に書誌情報があるものもある。(たとえば、Groisman et al. 1994aの書誌情報は脚注に、1994bは参考文献リストにある。)

しかし、「著者名(年)」があるのに文献リストにも脚注にも書誌情報が出てこないものもある。これは「情報を出典にさかのぼれるようにする」というWikipediaの趣旨から見て、(形式的でなく実質的に)欠陥だ。どうしてこうなったかは見当がつく。編集者Aが「著者名(年)」の形で文献参照を書きこんだ。おそらくAは対応する書誌情報も書きこんだのだが、別の編集者Bが、「人名(年)」が文献参照を示すものだと気づかず、文献リストはさらに知りたい読者に勧める文献だけあげればよいと考えて、書誌情報を削ってしまったにちがいない。【Aは、他のWikipedia編集者も「著者名(年)」が文献参照を示すと思ってくれると期待した点で、いわば世間知らずだった。しかし、この記事に限っては、Bはおそらく地球物理学・地理学の専門文献を読んだ経験がなく、この記事の内容を適切に書きかえるのに充分な基礎知識を持っていなかっただろう、とも推測される。もっとも、Aも、参照されるそれぞれの文献の内容を理解して参照を書いたとは限らず、「たね本」にあった文献参照をそのまま書き写した可能性もある。】

なお、この記事の日本語版では、本文中に現われる人名をかたかな表記にしてしまった。日本語としての音読のためにはよいことだが、文献リストや脚注での著者名はアルファベット表記のままなので対応がつきにくくなったし、リストにも脚注にもない文献を検索するためのキーがすぐには見つからなくなってしまった(英語版が変わらないうちはそちらを参照すれば見つかるが)。人名が欧文文献の著者名として使われている場合は、本文中の人名に原つづりを(も)残すべきだったと思う。

記事のうちに文献参照があるならば、それに対応する書誌情報がそろっているべきだと思う。

書誌情報を集めるところまでならば、わたしがその気になって数時間かければできそうだ。Wikipedia編集履歴が残っている。消えた文献書誌情報は英語版の旧版のどこかにあるだろう。あと(4節)で述べる「たね本」を見たほうが早いかもしれない。「たね本」のほかから持ちこまれたものも著者名と内容キーワードでGoogle Scholarか何かで検索すれば見つかるだろう。

しかし、「その気になる」に至っていない。

ひとつには、集めた書誌情報を統一された形式で記述するのには、Wikiの書式、とくにWikipediaの文献参照用に発達してきた複雑なテンプレートの書式を理解しながら、編集作業に時間をかける必要があるからだ。また、その「統一された形式」は、もしわたしが決めるならば次のような間接参照の形にしたいと思っているが、それがWikipediaで認められるか、認められたとしても続いて編集する人に引き継いでもらえるか、自信がない。

  • 著者名アルファベット順の文献リストをつくって書誌情報はそこに置く。
  • 本文中の文献参照は本文から脚注を見に行く形にする(Wikiの脚注用テンプレートを使ってリンクをつける)。本文中に文献参照のために「著者名(年)」を書くのはやめる。(著者名と年を書くのは、その主張がその著者によってその年になされたという事件を記載したい場合、またはその文献を重要文献として特筆する必要性がある場合に限る。)
  • 脚注には書誌情報を書かずに「著者名(年)」だけを書いて文献リストを見に行くようにする。(これもリンクにしたいが、わたしにはWikiでのやりかたがわからない。このブログでやっているようにHTMLタグを直接書けばリンクできるがWikipediaでそれをやってはまずいだろう。)

もうひとつ、記事の題材選択にかかわる問題がある。「著者名(年)」の形で出てきた文献のうちには、わたしから見て、百科事典の記事の情報出典としてふさわしいものもあるが、そう思えないものもある。(そう考える事情は次の4節で述べることにする。) しかし、もし全部の書誌情報の形を整えてしまうと、それ以後の編集者が削るのをためらって、不要な文献参照が固定してしまうだろうと思うのだ。

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参照されている文献には、研究論文もあれば、教科書的な本もあった。教科書的な本のうちには1970年代のものもあるが、それはおそらく学問的に変わりにくい内容についての参照であって古すぎることはないのだと思う。しかし、数量を示すものや、雪氷の変動の特徴に関する知見を示すものが、ほとんど1990年代の研究論文だというのは、今この主題で解説を書くのには時代遅れではないかと感じられた。今ならばもっと新しい適切な文献があるだろう。わたしはこの分野の研究論文を追いかけていないので、あと(5節)で述べる入門教科書的な本をあげることしかできないのだが。

英語版の編集履歴をさかのぼり、文字数が大きく変わったところを見たら、この記事の内容の大部分は、2006年7月の大幅増補を引き継いでいるようだ。そして、それに関連するTalkページ(日本語版の「ノート」に相当)を見ていくと、いわば「たね本」として「NASA (1999) EOS Science Plan」という出版物が使われていることがわかった。 Talkページからのリンクが切れていたが、その行き先のサイト中を検索すると、PDFファイルも見つかった。EOSはEarth Observing Systemで、当時NASAが推進していた人工衛星による地球観測の構想だ。この文書はその計画でどんな科学的成果を期待するかを述べたものだ。300ページ以上あるが、雪氷圏に関係するところは第6章「Cryospheric systems」にちがいない。雪氷圏に関する観測計画を論じているのだが、まずその背景として、雪氷圏はどんなもので、どんな変動があるか、それは気候システムのうちでどんな働きをしているかが述べられている。その記述は雪氷圏の概論として悪くはない。しかしそれに頼った結果、2006年に書かれたにもかかわらず、材料が「1999年現在の最新のもの」ばかりになってしまったわけだ。

おそらくこのNASAの報告書が材料として選ばれた判断には、NASAアメリカ合衆国連邦政府の役所であり、その出版物は著作権法上public domain扱いされるので、材料の再利用に法的制約がない、ということが含まれているだろう。

そこで気づいたのだが、記事本文中に「図1」(英語版ではFigure 1)とあるのだが、対応する図が見あたらない。これは英語版に由来する編集上の欠陥だ。(編集者が意図的に図を取り除いたのならば図への参照をも消すべきだった。) さかのぼって確認していないが、NASA (1999)のFigure 6.1が引用されていた可能性がある。英語版の履歴に、画像は著作権侵害の疑いがあるので消した、という趣旨のものがあった。Talkページで、出典がアメリ連邦政府出版物なのでpublic domainであることが示唆されているが、だれも図を復活しなかった。(Figure 6.1のcaptionには図の提供者らしい人名が書かれている。Wikipedia英語版編集者に、図の提供者の承諾をもらうべきだが連絡のとりかたがわからない、という判断があったかもしれない。) ただし、わたしは、この図を復活するのがよいとは必ずしも思わない。本文に出てくるフィードバックの理屈を理解した人が自分で作図したほうがよいものができそうだと思う。

本文にも、(わたしはまだ照らし合わせて確認していないが) NASA (1999)の文章の記述をひきうつしたところが多いだろうと思う。

ところが、その後の編集者が、NASA (1999)の話の筋を知らずに、別の材料から得た情報を途中にはさみこんだので、論旨が通りにくくなっているところもあると思う。

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雪氷圏について、あらたに記事を書くとすれば、雪氷圏に関する大学レベルの教科書的な本を一冊読んで要点をまとめるのがよいと思う。幸い、Marshall (2012)の本がある。

ただし、ともかく記事ができている現状から出発してそれを実現しようとすると、そこに本の要点を加えていくだけではなく、今ある材料のかなりの部分を削ってさしかえることになる。

しかし、Wikipediaでは、記事の一部分を削ることは、まちがっているとか出典不明とかいう理由ならば決断できるが、まちがっておらず出典も明示されているが重要性が低いという理由では合意が得にくく(あるいは書きこんだ人への遠慮があって)、記事が必要以上に長くなることが起こりがちだと思う (これはわたしのささやかな経験に基づく主観的印象で、客観的証拠によって起こりがちと言えるかは未確認だが)。

雪氷圏の記事に限っては、新しい材料とのさしかえで現状の記事に含まれた材料が消されることに抵抗する人は現われないと予想しているのだが。

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そういえば、わたしが大学の専任教員だったときに、学部3年生のセミナー科目で、英語で書かれた専門入門的文献を読んで要点をまとめるという課題を出していた。英語の科目ではなく専門科目で、学生が専門分野の内容に慣れるとともにその分野で使われる英語の表現にも慣れることをねらったものだった。またそのような授業を担当する機会があれば、Wikipediaの記事をつくることを到達目標にすることも考えられるかもしれない。ただし、その場合には、まだその題目の記事がない用語を選ばなければならない。

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もう少し一般的課題として、学問の各専門の基礎概念を説明する記事がオンラインにあるとよいと思うのだが、それをWikipediaという制度を利用して作ることには悲観的になっている。理論的概念の説明には、ひとりの著者の構想のもとに、ある程度まとまった長さの記述をする必要があると思う。その分野の専門家は、とくに文献を参照しなくても基礎概念を講義できるだろう。しかしWikipediaではそれは「独自研究」という名のルール違反とされるので、細かく出典文献をあげなければならない。(記事全体に参考文献を示しておいただけでは不足とされ、段落ごと、ときには文ごとに、その情報の出典は何かを示すことが求められる。) 複数の文献から材料をとりながら、それぞれの文献に忠実な表現をするとつながりがわかりにくくなり、論旨が続くように表現を文献と変えると「独自研究」とみなされるおそれがある。

そして、せっかくA氏が筋がとおった形で記述しても、その筋のとおしかたを充分に理解していない(あるいは理解しているが別の主張をもっている) B氏が別のことを書きこんで、筋がわかりにくくなってしまうことが起こるだろう。A氏もほかのだれも、記述の一貫性を保つことができない。

Wikipediaの、だれでも執筆者(「編集者」)になれることや、頻繁に書きかえができることは、その魅力的な特徴でもある。それは、根拠があやしい情報が勢いよく書きこまれてしまうリスクを伴う。その対策として、Wikipediaの外の信頼できる情報源に基づくことを明示せよというルールができたのはもっともだと思う。たまたまそういう対策が選ばれる道をたどったのであって、違う可能性もあったと思うが、今から根本的にルールを変えるのはむずかしいだろう。Wikipediaはそういう特徴とルールをもつ世界なのだと思ってつきあっていくしかないのだろう。

そういうWikipediaにも栄えてほしいのだが、基礎概念のウェブページ群の整備は、Wikipediaとは別の体制で作る必要があるのだろうと思う。技術はWikiでもよいのだが、執筆者をある程度限定して、執筆者間で編集方針に関して了解しあう必要があると思うのだ。(それであいいれない場合は、相互に干渉しない別のプロジェクトに分かれるべきだろう。) 編集体制としてはたとえば、「記事ごとに責任著者が明確になっていて、それ以外の人は改訂案を出すことができるが、それを採用するかどうかは責任著者が決める。ただし責任著者がその判断をする時間をとれなくなった場合は責任著者を交代する」という形が考えられると思う。(一例であってこれが最適という主張ではない。この例はオープンソースソフトウェアの開発体制を参考に考えた。)

基礎概念のウェブページ群が、十年の時間規模で持続して、Wikipediaから「信頼できる情報源」とみなされるような評判を確立できるとよいと思う。それは孤立した個人の努力ではむずかしく、少なくとも数人の人が共通の意志をもって活動する必要があるだろう。内容の編集の中心になる人とはおそらく別に、プラットフォームとなる計算機やそのソフトウェアの設営・維持管理をしてくれる人と、その費用をまかなうしくみが必要だ。学会などの組織の事業として企画するべきだろうか? そのサイトに意義を感じた人が寄付をするように誘導すること・抵抗を低くすることが重要だろうか?

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