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ジオエンジニアリング、気候工学、意図的気候改変(2)

[2013-11-03の記事]の話題の続き。

Boucherほか(2014)のレビュー論文を読んだ。著者は、イギリス、フランス、ドイツ、スイスを含むヨーロッパの研究者たちである。

地球温暖化の対策は、「緩和策」(mitigation)、「適応策」(adaptation)、「ジオエンジニアリング」(geoengineering)と分類されているが、この分類はなりゆきによるもので、必ずしも合理的なものではなく、分類に困る場合も生じる。Boucherたちは、主として地球科学の立場、副として国際的政策決定に役立てる立場から、筋のとおった分類をしなおすことを提案している。

分類をしなおす前に、今の分類で geoengineering と呼ばれていることの名まえは climate engineering のほうがよいと言っている。わたしが前回の記事で述べたように日本語の「地球工学」と同様、英語の geoengineering も岩石圏にかかわる技術(geotechnical engineeringともいう)をさすと思われる可能性がかなりある。Climate engineeringのほうは、空調(エアコン)[注]の技術をさす可能性があるものの、比較的にはまぎれが少ない。わたしの紹介でも以下「気候工学」と呼ぶことにする。

  • [注] ドイツ語でKlimatisierung、フランス語でclimatisationというのはこれなのだ。

Boucherほかの提案する新分類はおよそ次のようなものだ (日本語訳は仮のもの)。

  • AER: 人為的排出の削減 anthropogenic emission reduction
  • GGR: 温室効果気体除去 greenhouse gas removal
    • D-GGR: 域内 domestic
    • T-GGR: 越境 transboundary
  • TCM: 意図的気候改変 targeted climate modification
  • CCAM: 気候変化への適応策 climate change adaptation measures

従来の分類にまとめなおす場合は、AERとD-GGRを「緩和策」、TCMとT-GGRを「気候工学」と考えることができる。

再編成の必要性の第1は、二酸化炭素回収隔離貯留(CCS)技術の扱いにある。従来、燃焼排気からのCCSは「緩和策」、大気からのCCSは「気候工学」のうちの二酸化炭素除去(CDR)に分類され、バイオ燃料の副産CO2および燃焼排気のCCSは「バイオエネルギーCCS (BECCS)」として「気候工学」のCDRに分類されることもあるが、バイオエネルギー利用とCCSとに分けてそれぞれ「緩和策」に分類することもできた。近ごろでは、これらをまとめて CDR としながら「緩和策」と「気候工学」にまたがるものとして扱う場合もある。

第2に、大気中の温室効果気体は二酸化炭素だけでなくメタンなどもあり、それを工学的に大気中から取り除くことはCDRと似たものだがCDRと呼ぶのは無理がある。そこで「温室効果気体除去」(GGR)とまとめるのがよい。

第3に、大気中の二酸化炭素を固定することをねらった植林の扱いの問題もある。これは「緩和策」に含まれることも「気候工学」とみなされることもある。Boucherたちは、このような「吸収源の増加」は「排出削減」とは区別すべきだと考えて、GGRのほうに含めることにした。(なお「自然のemissionを減らす策」があるとすればそれもGGRに含めようとしているようだ。)

GGRは、回収した二酸化炭素(など)のゆくえや、そのほか生態系などへの影響がおよぶ広がりがさまざまなものがある。地球科学的観点では空間スケールは連続分布するが、国際交渉の立場では影響が国内でおさまるか国外(外国・公海・南極・広域大気など)に及ぶかの違いが重要になる。Boucherたちはこのことを意識し、ただし「国」よりも大きいかもしれないし小さいかもしれないなんらかの「地域」を設定してその境を越えるかどうかで分けることを示唆する。

第4に、従来「気候工学」はCDRと「太陽放射管理」(SRM)に分けられるが、太陽放射ではなく地球放射(熱赤外線)の収支を(温室効果気体を減らす以外の方法で)変えようとするものもある。そこまで含めて(CDR以外を)「意図的気候改変」(Boucherたちの用語ではTCM)としたほうがよい。

第5に、ローカルな気候改変をどう扱うかの問題がある。たとえば都市の緑化、屋根を白くすること、ダムの建設などはローカルな気候には明らかな影響があり、ローカルな気候を変えること(都市ヒートアイランド対策など)を目的の一部に含めて実行されることもある。グローバルな気候への影響はゼロとは言えないが小さいので、成層圏エーロゾル注入などのグローバルな意図的気候改変と同様に国際的な規制をかけるのは現実的でないだろう。Boucherたちは暫定的に、空間スケール約30km四方から300km四方くらいを境にして大規模なものだけをTCMに含めることを示唆している。小規模なものについては「気候変化への適応策」(CCAM)に含めることを示唆している。小規模な気候改変の全部を適応策に含めるのは無理があると思うが、おそらく、適応に役立つものを適応策に含め、適応に役立たないものは地球温暖化対策の話題からはずせばよいと考えているのだと思う。

文献

  • Olivier Boucher, Piers M. Forster, Nicolas Gruber, Minh Ha-Duong, Mark G. Lawrence, Timothy M. Lenton, Achim Maas and Naomi E. Vaughan, 2014: Rethinking climate engineering categorization in the context of climate change mitigation and adaptation. WIREs Climate Change, 5:23-35. http://dx.doi.org/10.1002/wcc.261