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解氷

テレビのチャンネルを自然ドキュメンタリーに変えたら、「カイヒョー」ということばが聞こえた。

動物の話だったらヒョウ(豹)の一種かと思ったかもしれないが、そうではなかった。氷らしいものが出てきたので、海氷のことだと思った。【これは気候システム専門家は仕事でよく使うことばなのだ。多くの日本人にとっては「流氷」は知っていても「海氷」はすぐ出てくることばではないかもしれない。】しかし、場所は陸上で、どうも海岸ではないらしい。

場所は東シベリアのサハ共和国で、レナ川の水面が冬には凍っているのが5月ごろにとけるところを取材していたのだった。カイヒョーは「解氷」なのだ。この話は同僚が研究課題にしていたことがあるのでわたしはいちおう知っていたが、映像で見るのははじめてだった。氷の融解は徐々に進んでいるはずだが、岸から川のまんなかまでつながって動かない状態から、あちこちで割れた氷が流れている状態へのうつりかわりが急激なのだ。

【そして、川が南(低緯度側)から北へ流れているせいもあって、上流側の氷が早くとけるので、まだとけていない下流側に洪水を起こすことがある(このことは番組でも話題になっていた)。ただし小部分を人工的に破壊することで流出のタイミングを制御することもある(これは同僚の研究者から聞いた話)。制御は予測よりもむずかしいのが通例だがこれは反例か? (という、たまたま別に考えていたことに意識が向かってしまった。)】

これまでわたしは「解氷」ということばを聞いた覚えがない。氷がとける、あるいは割れる、という現象はあちこちにある。レナ川ほど大規模ではないが類似の現象は日本の川にもあるはずだ。それにはその小地域ごとには名まえがついているのだろうと思う。しかし、「雪どけ」の場合と違って、日本全国に共通する名まえはなく、いざ必要となると漢語の要素から「解氷」のようなことばを組み立てることになるのだろう。

「氷がとける」ことならば「融氷」ということばならば聞いたことがある(ただし、マスメディアだったか、専門の学会だったかの記憶はあいまいだ)。もしかすると「解氷」はそれとは区別され、氷がとけることよりはむしろ割れることをさしているのかもしれないが、それはこの番組の文脈に限った意味づけかもしれない。

ところで、この1年間にテレビでいちばんよく聞かれた「カイヒョー」は「開票」だろうと思う。ただし、この単語は選挙の日に集中的に現われ、ほかの選挙用語と共存する。みんなそう思っているから、選挙期間以外で孤立して現われた「カイヒョー」を「開票」と受け取ってしまう確率は低いと思う。