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暴走温室効果

地球大気の温室効果[5月20日の記事参照]をもたらしているのは、まず水蒸気だ。(その次に重要なのが二酸化炭素だ。)

何かの理由で地上気温[3月29日の記事参照]が上がると、地球の大気の下には海があるので、地上気温が上がれば、海から水が蒸発して大気中の水蒸気がふえる。水蒸気は温室効果物質なので、これがふえることは地上気温を上げるように働く。正のフィードバックがあるのだ。

もしこのような正のフィードバックだけが働くならば、気温は際限なく上がってしまうだろう。これが温室効果の暴走と呼ばれる事態だ。実際にはこれは無限には続かない。海が全部蒸発して大気(水蒸気を主成分とする大気)になってしまうところまでだ。もしこうなると、簡単には海がある状態にはもどらないはずだ。

温度が高いほどその物体が出す放射エネルギーは多い。黒体の場合、放射輝度は温度の4乗に比例する(Stefan-Boltzmannの法則)。多くの物質がこれに近い温度依存性をもつ。何かの理由で物体の温度が上がったら、その物体が放射で失うエネルギーがふえる。これは温度を下げるように働く。強い負のフィードバックがあるのだ。

温室効果が暴走するのは、水蒸気の温室効果の正のフィードバックが、Stefan-Boltzmannの負のフィードバックにうち勝つ場合に限られる。(実際にはこれ以外のフィードバックも同時に働いているが、大筋はこれでよいだろう。)

石渡正樹さん(北海道大学)ほかが2002年に出した論文によれば、数値実験で、「太陽定数」[4月29日の記事参照]が1600 W/m2を越えると暴走温室状態になるという結果が得られている。ただしこの数値実験では大気の放射吸収特性を単純化して表現しているので、二酸化炭素の効果などはわからない。

最近調べてみると、Colin Goldblattさん(カナダのVictoria大学)ほかの出版待ちの論文が見つかった。これは理論的検討で、わたしはその理屈を追いきれていないのだが、地球大気に二酸化炭素などの凝結しない温室効果物質を追加することによって暴走温室になる可能性は、まったくないとは言い切れないが、非常にありにくいと言っている。

なお、「暴走温室」にあたるrunaway greenhouseという表現を最初に使ったのはIngersoll (1969)のようだ。これは金星にはなぜ(今)水がないのかという問題に関連して持ち出された。ただし「暴走温室」のような表現はしていないが、ほぼ同じ議論は駒林誠さんの1967年の論文でもされていた。こちらは大気・水圏ともH2Oであるような理想化した問題を扱っていた。

文献 【[2017-11-09 書誌情報を改訂]】

  • Colin Goldblatt and Andrew J. Watson, 2012: The runaway greenhouse: implications for future climate change, geoengineering and planetary atmospheres, Philosophical Transactions of the Royal Society, 370: 4197-4216. doi: 10.1098/rsta.2012.0004 [Goldblattさんの著作一覧ページ http://www.colingoldblatt.net/publications に原稿PDFへのリンクがある。]
  • Andrew P. Ingersoll, 1969. The runaway greenhouse: A history of water on venus. Journal of the Atmospheric Sciences, 26, 1191-1198.
  • Masaki Ishiwatari, Shin-ichi Takehiro, Kensuke Nakajima, Yoshi-Yuki Hayashi, 2002: A numerical study on appearance of the runaway greenhouse state of a three-dimensional gray atmosphere. Journal of the Atmospheric Sciences, 59, 3223–3238. [本文PDFへのリンクのあるページ] [2012年当時は本文を読めるのは雑誌購読者にかぎられていたが、その後、出版後一定年数がたったものは無料公開になった。]
  • Makoto Komabayasi, 1967: Discrete equilibrium temperatures of a hypothetical planet with the atmosphere and the hydrosphere of one component-two phase system under constant solar radiation. Journal of the Meteorological Society of Japan, 45, 137-139. [本文PDFへのリンクのあるページ]