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温室効果

このことばは他分野でも使われるようになったが、議論の混乱を避けるため、他分野のかたも気象学者の使いかたに合わせていただきたいと思う。

「温室効果」(英語 greenhouse effect、フランス語 l'effet de serre、ドイツ語 Treibhauseffekt)は、地球などの惑星の気候を形成するうえで、その大気がもたらす効果をさすことばだ。(以下「地球」という表現をするが、金星や火星などの惑星に適用される場合については読みかえていただきたい。) 大気があって、それが地球上の物体(大気自体を含む)が出す熱放射の波長帯の電磁波を吸収・射出する能力をもつ成分を含むと、そのような大気がない場合に比べて、地表面温度が高くなるのだ。

温室効果は地球大気にもともとある性質だ。化石燃料消費などの人間活動は、その効果を強める。その追加分をさして「人為起源温室効果」(英語 anthropogenic greenhouse effect)というような表現をすることがある。(この部分だけを「温室効果」というのはまずい。)

温室効果の強さをどのような数量で表現するかの標準はない。わたしなりに考えてみると、地球が宇宙空間に出す放射の代表温度 (現在の地球では約 254 K)と、地表面温度または地上気温[3月29日の記事参照]の全球平均値(約 287 K)の比をとることが考えられる。ただし、現実の地球の地表面温度は、放射伝達ばかりでなく、空気の運動による潜熱・顕熱の輸送[4月29日の記事参照] (熱伝達論用語でいう「対流」)の働きもあって決まっている。狭い意味で温室効果というときは、放射伝達はあるが対流はない仮想的な状態の地表面温度を考えるべきかもしれない。

さて、「温室効果」という表現は、明らかに、天井や壁が太陽光については透明だが赤外線はほとんど通さないガラスで作られた農業用の温室にちなんでいる。しかし、Wood (1909)以来たびたび、「ガラスの温室の中が暖かい理由はガラスによる赤外線の吸収・射出ではない」ということが指摘される。温室の壁が風をさえぎることのほうが重要だそうだ。エネルギー収支の立場で言えば、放射よりも乱流による潜熱・顕熱の輸送のほうが重要だということになる。このことを「温室には『温室効果』はない」とまで言うのはちょっと行き過ぎだと思う。温室にも「温室効果」があるにはあるのだがそれは温室が温室であるために本質的な効果ではないのだ。

温室効果の概念の歴史はFourier (1824, 1827)にさかのぼることができるが、Fourier自身は「温室効果」にあたる用語は使っていない。しかし、Pierrehumbert (Archer and Pierrehumbert 2011, 5-6ページ)の指摘によれば、FourierはHorace-Bénédict de Saussure (1740-1799)という人のheliothermometerという実験器具について議論している。これは箱の上の面をガラス板にし内側は黒く塗って太陽光を吸収するようにして温度を測定するものだ。これと農業用温室との類推をしたのがだれかは記録されていないが、それはむずかしいことではない。

「温室効果」の代わりに「毛布効果」(英語 blanket effect)という表現も見かけたことがある。しかし、どちらも大気の効果によって地表面温度が高くなることではあるが、おもなエネルギー源が太陽からの放射である場合に「温室効果」、惑星内部からのエネルギーである場合に「毛布効果」と区別する人もいる。わたしはそれに従っておくことにする。

文献

  • Jean-Baptiste Joseph FOURIER, 1824: Remarques générales sur les températures du globe terrestre et des espaces planétaires. Annales de Chimie et de Physique, 27, 136-167. [わたしは読んでいない。]
  • Jean-Baptiste Joseph FOURIER, 1827: Mémoire sur les températures du globe terrestre et des espaces planétaires. Mémoires de l'Académie Royale des Sciences de l'Institute de France, 7, 570-604. Raymond PIERREHUMBERTによる英語訳がARCHER & PIERREHUMBERT (2011)に収録されている。
  • R. W. WOOD, 1909: Note on the theory of the greenhouse. Philosophical Magazine, 17, 319 - 320. William CONNOLLEY氏による転記と簡単なコメント http://www.wmconnolley.org.uk/sci/wood_rw.1909.html
  • David ARCHER & Raymond PIERREHUMBERT eds., 2011: The Warming Papers: The Scientific Foundation for the Climate Change Forecast. Chichester, West Sussex UK: Wiley-Blackwell, 419 pp. ISBN 978-1-4051-9616-1 (pbk.) [読書メモ]