内閣府にある原子力安全委員会、経済産業省にある原子力安全保安院、文部科学省にある原子力安全関係(放射能モニタリングなど)の部門を合わせて「原子力安全庁」とし環境省の下に置くという構想が示された。
制度いじりだけでは意味がなく、むしろ変えないほうがむだが少ない、という批判ももっともなところがある。しかし、この改組は、あるべき形に近づけることだと思う。今年の震災後の事故への対応の悪さの背後には、安全委員会、保安院、文部科学省の間の連携が悪く、情報が共有されていなかったり、だれも動かなかったりしたという、組織的問題があったと思う。したがって、改組は、非常事態への対応にさしつかえがなければ早く進めてほしいとわたしは思う。ただし、非常事態への対応を止めないように注意が必要であり、そのためにとうぶんは今ある組織を引き継ぎながら少しずつ変えていくしかなく、思い切った組織改革は待ってもらうしかないこともあると思う。
改組案のうち、原子力安全委員会を審議会にしてしまうことには疑問を感じる。行政委員会のほうがよいのではないか。しかし専門家であって行政の指揮をとれるような委員長の適任者を見つけることが日本ではむずかしいかもしれない。むしろ、庁の長官と副長官(「次長」だろうか)との人選によって専門家の発想と行政官の発想を組み合わせたほうがよいのかもしれない。
内閣府に置くべきだというのも筋としてはわかるのだが、内閣府の中に庁の数がふえしかし大臣の数はふえずに兼任だけふえるというのはあまりよくない。また内閣府は技術専門家をかかえる体制ができていない(各省から短期的に借りている)。原子力安全業務のうちでもとくに環境放射能監視は、非常事態も日常も含めて、リアルタイムの現業機能が必要だ。既存の環境監視機能と連携すべきなので、適任の官庁は、気象庁・海上保安庁・河川局などの観測網をもつ国土交通省か、地方自治体の大気汚染観測情報をまとめている環境省だろう。なお、環境省が政府の地球温暖化対策のまとめ役であり、政府が地球温暖化対策として原子力を重視してきたのは事実だが、環境省が原子力を積極的に推進してきたというのは実態に合っていないと思う。
さて、この改組の背景には「原子力の推進と規制を分離する」という理念があることは確かだが、これは手段であって目的ではない。目的はまさに「安全」なのだと思う。これには緊急事態の住民の安全と、長期的に廃棄物(廃炉を含む)が危険を及ぼさないこととが含まれる。「推進と規制の分離」の観点ばかりで改組方針のよしあしを評価してほしくない。また、失敗した役所に対する懲罰的感覚をひきずって新組織をいじめることはしないでほしい。
現在の体制は2001年の省庁再編成によるものだ。このとき科学技術庁が廃止されて、原子力委員会と原子力安全委員会は内閣府、保安院は経済産業省に持っていかれ(発電所の敷地内の安全管理はそちらに移ったが)、文部科学省には高速増殖炉や核燃料再処理の技術開発とともに敷地外の環境放射能モニタリングの機能が残された。このとき、「もんじゅ」とJCOで失敗した科学技術庁は「とりつぶし」にあって(能力が低下して)当然だという懲罰的感覚があったのではないか? 今から思えば、行政改革の主体に、文部科学省に環境放射能の警報業務をきちんとやらせるか、もし不適任だと思えば他の省庁に業務を移すという意志があるべきだった。文部科学省の旧科学技術庁部分は時限つきの研究開発を得意とするので「SPEEDI高度化」はできたのだが、その時限が終わったあと、財団法人の原子力安全技術センター(NUSTEC)だけの体制となった。日常にSPEEDIの試運転・検証はしていたそうだが、想定外の事態に対処できる体制が弱く、また利用者である自治体への支援が弱かった。
安全のためには、分離よりもむしろ連携が必要なのだと思う。もちろん閉じた顔ぶれでのなれあいになってはいけないので、情報公開方策が重要だ。つまり連携関係にある機関の間だけでなくすべての人が情報を見られるようにすることだ。ときには、企業秘密がからむ場合や、専門知識がない人が見ると誤解する可能性が高い場合など、公開範囲を限る必要がある場合もあるかもしれない。その場合、情報共有者に監査者を含めるなどの対策が必要だろう。
文部科学省のうちでは、原子力安全課が安全庁に移ることになるのだろう。SPEEDIの業務は今後もNUSTECにやらせるのか、公務員がやるのか、民間企業に請負契約でやらせるのか、という問題はあるが、業務を止めないためひとまず現在のまま続けながら次の体制を考えるべきだろう。そうすると安全庁がNUSTECの監督官庁になるのだろう。しかし、SPEEDIを開発したのは日本原子力研究所でありそれは日本原子力研究開発機構(JAEA)となっている。JAEAが原子力発電をする側の研究開発をしているからといって、SPEEDIの業務に安全庁とNUSTECでは知恵が足りないときJAEAの人に参画してもらうのを避けたら、安全の目的に対して最適な策がとれないだろう。JAEAを改組して推進と規制を別法人にするべきだというのも、研究系の独立行政法人を従属行政法人とみなした考えかただろう。研究開発機関が推進と規制の両側にかかわることはおそらくなくせないと思う。情報公開を中心として対処すべきではないだろうか。
また、核廃棄物の担当をどうするかという問題がある。環境省は廃棄物行政の担当官庁でもある(省になったときに旧厚生省から引き受けた)ので、安全庁がその下に来るならば、核廃棄物は安全庁の担当とするのが妥当と思われる。ただし、廃棄物に責任をもつのは事業者なので、事業者である電力会社を行政指導する経済産業省や、研究用の原子炉の運営者を行政指導する文部科学省の役割もある。また事業者が廃業した場合はその廃棄物を公共部門で管理するしかなくなるだろう。安全庁の直営業務になるのだろうか? 核廃棄物に関する研究開発は、旧「動燃」を引き継いでJAEAが中心となっている。長期的には事業者側と規制者側のそれぞれの立場でのアセスメント機能を育てるべきだと思うが、組織改編を急がず、科学的情報の公開性を高めることを主として対応していくべきだろう。