今年度も、昨年度([2018-03-04の記事])と同様に、「首都大学東京」(東京都が設置した公立大学)の公開講座「オープンユニバーシティ」で、「地球温暖化とはどんな問題か」という講義を担当しております。
この授業用のウェブサイトを、わたしの個人サイトの中の http://macroscope.world.coocan.jp/ja/edu/clim_issue/tmu_open/ につくっております。
第2回(6月26日)の授業のあとの質問と答えを、記憶によって書いておきます。
- 問: 太陽放射も地球放射も熱を運ぶのか?
- 答: あらゆる電磁波がエネルギーを運ぶ。電磁波を射出する物体からエネルギーが出ていき、電磁波を吸収する物体はエネルギーを受け取る。エネルギー伝達を仕事と熱伝達にわければ、これは熱伝達のうちの放射伝達である。なお、物体による電磁波の吸収がどのようにおこるかは、物体の種類のほか波長によっても異なる。
- 問: 気候にとって30年という年数は特別な意味をもつのか?
- 答: 約束ごととして、30年の平均値を「平年値」として使う。(日本の気象庁は10年ごとに更新するので現行の平年値は1981-2010年。) 気候ということばの使いかたには個人差があると思うが、わたしは、数十年 (十年よりは長く百年よりは短い) の統計 (平均にかぎらない) にあらわれるような現象をさすのが適切だという感覚をもっている。その時間スケールに注目するのは、人間の側のつごうかもしれない。人間社会は、過去数十年 (典型的には30年くらい) の記憶にもとづいて行動することが多いと思う。ここで30年は「一世代」にあたるのだろう。
【ここから 2019-07-04 追記】
第3回(7月3日)の授業のあとの質問・要望と答えです。7月3日に答えたあとで考えたことも含めて書いておきます。
- 問: 地球温暖化には悪い影響もよい影響もあるはずだが、よい影響はとりあげないのか。
- 答:
- よい影響も無視してはいない。とくに、IPCC第3作業部会で重視されている、気候変化の影響と対策の費用をあわせた費用便益分析型の研究では、負の便益である被害だけでなく、正の便益もとりあげることが多い。
- しかし、IPCC第2作業部会の主題である、気候変化の影響(インパクト)の評価では、よい影響は(意図的に無視するわけではないが)積極的にしらべていないかもしれない。そういう態度にも理由はある。人間社会のうちで、気候変化によって損をする人と得をする人は同じでなく、得をする人から損をする人への富の再分配のしくみはないことが多い。この状況では、全体をあわせて得だからよいという判断ではなく、損をする人がなるべくいないようにしようという判断のほうがよいと考えられるだろう。そこで損をもたらす要因に注目することになる。
- 問: 地球温暖化を否定する議論について論じてほしい。
- 答:
- 第4回ですこし論じることにする。ただし、あまり長い時間を配分できそうもない。ひとまずここでわたしの総論的な考えをのべておく。
- 地球温暖化否定論といっても、論旨はひととおりではない。
- 地球温暖化はおこらないだろうというのか、地球温暖化がおこったとしても人間社会にとってこまったことではないだろうというのか(後者はむしろ「地球温暖化無問題論」)。
- 地球温暖化はおこらないという根拠をもった理屈があるのか、地球温暖化がおこると言っている科学者の研究は信頼できないから気候については何もわからないのと同じだというのか。
- 地球温暖化はおこらないという理屈のうちでも、二酸化炭素の温室効果を否定するのか、二酸化炭素に温室効果はあるが頭打ちになるというのか、ほかの作用のかげにかくれてしまうというのか。
- いずれかひとつの理屈をとおした論ならば、そのうちどこには賛同でき、どこに賛同できないかを議論することができる。
- しかし、世の中には、さまざまな理屈をまぜた論をのべる人もいる。理屈でなく勢いで聞き手を誘導しようとしているのだと思う。わたしはそういう議論につきあいたくないのだが、もし必要となれば、(その論者にむけてでなく第三者むけに)理屈がとおっていないことを指摘することはしたい。
【ここから 2019-07-11 追記】
第4回(7月10日)の授業のあとの質問と答えです。答えたあとで少し調べたことも含めて書いておきます。
- 問: 二酸化炭素除去の技術はすでにあるのか。どんな方法によるのか。
- 答:
- 人工的に二酸化炭素を回収する技術はすでにあるが、エネルギーコストが大きく、実用になるためにはエネルギーコストを下げる必要がある。また、回収された二酸化炭素の大気からの隔離が長期(千年程度)に維持される必要があるが、これがまだ確実でない。この両面で、まだ研究の段階だといえる。
- 大気からの二酸化炭素除去は「気候工学」、燃焼排気からの二酸化炭素回収は「緩和策」に分類されることが多いが、技術は基本的に同じである。ただし、大気からの除去のほうが二酸化炭素の濃縮が多く必要になる。他方、大気からの除去は燃焼排気からの回収ほど場所をえらばないので輸送コストは小さくできるだろう。
- 野外実験がいくつかおこなわれている。一例として、「日本CCS調査」という会社が北海道の苫小牧で実証試験をしている。これは燃焼排気からの二酸化炭素回収で、その手段として、二酸化炭素を吸収するが、熱をあたえると二酸化炭素が分離されるような、液体化学物質を使っている。得られた二酸化炭素を、塩水をふくむ砂岩の地層に注入している。(日本CCSのサイトにある説明ページ https://www.japanccs.com/about/setup/ )
7月31日(水)に、非公式な補講として、地球温暖化否定論に関するわたしの考えをお話しすることにしました。そのとき使ったメモ (文章になっていませんが) を [このページ]に置いています (このページはまだ書きかえるかもしれません)。[この部分 2019-08-01 更新]。
【ここから 2019-08-01 追記】
補講(7月31日)のときの質問と答えです。
- 問: 温暖化が停滞したといわれたが、その原因はどのように説明されているか。
- 答:
- 世界平均地表温度(地上気温・海面水温)の上昇が、1998年から2013年ごろまで停滞した (2015年からまた明確な上昇が見られる)。
- しかし、海洋のエネルギーのたまりの増加は停滞していなかった。アメリカ合衆国NOAAの海洋データセンターが、海洋の水面より下の水温観測値を集計してエネルギーのたまりの量をグラフにしている。このページで見られる。https://www.nodc.noaa.gov/OC5/3M_HEAT_CONTENT/
- そのしくみについては、複数のグループによる研究がある。
- そのひとつの主要研究者が、講義で紹介した入門書『絵でわかる 地球温暖化』の著者でもある東京大学 大気海洋研究所の渡部 雅浩さんで、その本にも、143-144ページに短い解説がある。人間活動起源の強制による温暖化に、強制作用をうけなくても起こる気候システム内部の変動がかさなっていた、という考えがのべられている。その変動は「太平洋 十年規模振動 (PDO)」といわれることが多いが、その本では「太平洋数十年振動 (IPO)」という用語が採用されている。
- 東大 大気海洋研 の渡部さんの研究紹介ページ https://ccsr.aori.u-tokyo.ac.jp/~hiro/index-j.html からたどって、次の解説が見つかる。[2019-08-01には、なぜかそのウェブページが読めなかった。2019-08-10に読んで補足した。]
- 渡部さんによるやや専門的な解説
- 渡部 雅浩, 2014: 近年の地球温暖化の「停滞」。JGL, (日本地球惑星科学連合ニュースレター), 10巻3号 9-11. ( http://www.jpgu.org/publications/jgl/ にニュースレター各号のPDFがある)
- 渡部 雅浩, 2014: ハイエイタス. 天気 (日本気象学会), 61: 277-279. (PDF) https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2014/2014_04_0051.pdf
- 渡部さんが中心となった研究論文が出版された際の紹介文
- 近年の地球温暖化の停滞は海洋熱吸収の増大によるものか。2013年7月22日。
- 地球温暖化の停滞現象(ハイエイタス)の要因究明 --2000年代の気温変化の3割は自然の変動--。2014年9月1日。
- 渡部さんによるやや専門的な解説
- わたしは(専門的研究ではなく直観的に)、「地球温暖化に関与する海洋のエネルギーのたまりを構成する層の厚さ(したがって熱容量)が変動したので、エネルギーのたまりの増加と温度上昇との関係が変動した」というふうにとらえているが、これは十年規模変動と別のことではなく、十年規模変動にともなって海洋のうちでのエネルギーの配分が変わったのだと思う。