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「ホッケースティック曲線」をめぐる話題の整理

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しばらくぶりに「ホッケースティック曲線」(hockey stick curve)ということばを見たので、気候変動や地球環境問題に関連してこのことばを使うことについての考えを示しておく必要を感じた。

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もともとのホッケースティックはスポーツ用具で、人が手に持って、ホッケーでは球を、アイスホッケーでは「パック」を打つのに使うものだ。ここで重要なのはその大まかな形で、長いまっすぐな棒(軸)のさきのほうに、軸とはほぼ直角に、短い板のようなもの(英語ではbladeだが日本語では「刃」ではなく「へら」というようだ)がついている。

気候や地球環境の話で出てくるのは、横軸に時間、縦軸に何かの数量をとったグラフだ。現在に至る(たとえば)千年間の何かの数量の変化を見ると、そのうち大部分の期間では数量はほぼ一定で、最後の(たとえば)百年ほどのあいだに数量が急上昇(または急下降)している。そのグラフの形を形容するのにホッケースティックという表現が使われたわけだ。

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産業革命[このことばの意味も不明確だがここではあえてそのまま使う]以来、世界の人間が全体として動かす物質やエネルギーの量は、それよりも前に比べて飛躍的にふえ、その大部分のものは、今もふえつづけている。人口(ヒトの個体数)自体も、エネルギー資源の投入によって食料の生産量がふえたおかげで、ふえてきた。だから、世界規模の人間活動の影響が直接あらわれる数量ならばたいてい何をとっても、時系列のグラフは、ここでいうホッケースティック型になりやすい。

この趣旨で、よく引用される図としては、IGBP (International Geosphere-Biosphere Program) という国際共同研究事業 (今は Future Earthに吸収合併された) の報告書(Steffenほか, 2004)にのったものがある。IGBPのウェブサイトの [Great Acceleration]というページに、その図を2015年に改訂したものがのっている。24個のグラフを含む画像が、スライドショー型になっていて、めくっていくとひとつずつのグラフを見ることができる。前半の12個は人間社会自体の数量、後半の12個は地球環境に関する数量で、横軸の期間は1750年から2010年までなのだが、どの数量も、その期間のうちでも新しい時期に増加がはげしくなっている(ただし急激さは数量ごとにちがっている)。もし横軸をさらに過去にのばしたら、最近の急な増加はもっと異常に見えるだろう。

地球環境に関する数量はなんでもこのような形をしているわけではなく、ここに示したものは、産業革命以来の人間活動との関係がわかりやすいものが選ばれている。そのうち最初に示されたのは大気中の二酸化炭素濃度で、これの増加の原因は人が化石燃料を燃やしたことであるのはあきらかだ。(その大気・海洋・陸域への配分がどうなるかは自明ではないが、結果として半分くらいが大気中にある。) 二酸化炭素濃度の過去の値は南極氷床コアサンプルから得られており、西暦1750年よりまえの千年ぐらいはずっと280 ppm前後だから、これまでの二酸化炭素濃度のグラフがホッケースティック型だということは正当だと思う。しかし、わたしは、次の気温の件とまぎれるのを避けたいので、自分からその形容を使うことはしないことにしている。

文献

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2001年ごろから、気候の変動・変化の話題で「ホッケースティック」が話題になった。それは、現在に至る過去約千年の、全世界あるいは北半球の平均気温(の復元推定値)のグラフについてだった。なかでも、Mannほか(1998, 「MBH98」とする)の過去600年の北半球平均気温と、Mannほか(1999, 「MBH99」とする)の過去1000年の北半球平均気温の、それぞれ復元推定結果の時系列を示した論文がおもにとりあげられた。

これについてわたしが考えたことは、[2010-02-27の記事「ホッケースティック幻想、反ホッケースティック幻想」]に書いた。

MBH98・99よりあと、この課題に関する研究は進んだ。その結果、MBH98・99は、まちがいとはされていないが、いまの時点の学術的知見として参照される文献ではなくなっている。いま参照されるべき文献をあげるならば、IPCCの第5次報告書の第1作業部会の巻(2013年発表、http://www.ipcc.ch/report/ar5/wg1/ 参照)の第5章の図5.7と表5.4を含む5.3.5節だろう。その図5.7を見ると、気温が20世紀に高いのはよいのだが(ただし必ずしも千年のうちで特別に高いわけではない)、そのまえの900年間は、MBH98の代表値のグラフではほぼ一定あるいはわずかに下降傾向のまっすぐな線に見えたけれども、新しい研究成果ではもっと波打っている。ホッケースティックで言えば、blade はよいのだが、軸がまっすぐではないのだ。しかし、新しい研究成果どうしを比べると具体的な波うちかたはまちまちであり、1600-1850年ごろの谷(北半球規模の低温)はどうやら確からしいが、峰(北半球規模の高温)としてどの時期にどのくらいの強さのものがあったかについての認識は、研究結果のあいだで一定しない。

近ごろ、最近千年や二千年の気温変化を論じる専門家は、このような認識をもっているので、「ホッケースティック」という表現を自分から使うことはほとんどない。「ホッケースティック曲線」をもたらした研究は必ずしも否定されたわけではない(MBH99の結果の提示は大きな不確かさの幅を伴っており、新しい成果はだいたいその幅に含まれている)が、「ホッケースティック曲線」という表現は不適切になったのだ。

近ごろ、この主題について「ホッケースティック」という表現を使う人は、地球温暖化に関する懐疑論や否定論を主張する人やそういう人から知識を得た人か、または、この主題に関する知識を2001-2007年ごろに得てその後に更新していない人だろうと思う。(学問全般に、10年くらいまえに習った知識がそのまま有効なこともあるし、更新が必要なこともある。たまたまこの主題に関する知識は更新が必要だったのだ。)

文献

  • [MBH98] M.E. Mann, R.S. Bradley. & M.K. Hughes, 1998: Global-scale temperature patterns and climate forcing over the past six centuries. Nature, 392: 779 - 787.
  • [MBH99] M.E. Mann, R.S. Bradley. & M.K. Hughes, 1999: Northern Hemisphere temperatures during the past millennium: inferences, uncertainties, and limitations. Geophysical Research Letters, 26: 759 - 762.

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同じ世界(または北半球)平均の気温(または地表温度)でも、これまでの実績だけでなく、今後たとえば21世紀末(西暦2200年)までの将来見通しを含むグラフの場合は、話がちがってくる。将来の二酸化炭素排出のシナリオはいろいろあるが、人間社会の態度が急には変わらないと想定して現実的にありそうなシナリオならば、大気中の二酸化炭素濃度の増加はにぶるだろうが(そのグラフをホッケースティックにたとえるならばbladeの先が曲がるだろうが)今より高い水準に達するだろう。そして気候システムには(おもに海に)熱容量があるから、濃度の増加が止まっても気温の上昇は数十年続くだろう。

21世紀には気温が上昇する傾向をもつだろうという意味で、温暖化の見通しは確信度が高い。(ただし、実際の気温の時系列には十年規模の変動が重なるだろう。そちらの予測は困難だ。)

温暖化傾向が起こらない可能性があるにはあるが、それはたぶん、火山噴火か太陽活動の変化による寒冷化が温室効果強化による温暖化を打ち消すほど強くなった場合に限られるだろう。おそらく、火山噴火ならば1815年のTambora山噴火くらいの規模のものが複数続くこと、太陽活動ならば17世紀のMaunder極小期くらいかそれよりも激しく弱まることが必要であり、そのようなことはありえないわけではないが、確率が高いとは言えず、確率を定量的に見積もることもむずかしい。気候変化の将来見通しを考えるうえで、このような事態を「幅」に含めないで別枠で扱うのは妥当だと思う。

(火山噴火や太陽活動の変化を入れないか20世紀の経験に基づいて統計的に入れるかした)予測型シミュレーションで得られる21世紀後半の気温は、20世紀までの千年間の変動幅におさまらずそれよりも高くなるだろう (どのくらい高くなるかは排出シナリオによっても気候モデルの感度によってもちがってくるが)。21世紀末までの見通しを含めた千年間の気温の時系列グラフの形は、ホッケースティック型と言ってもよいだろう。(ただし、わたしは、MBH99の話題とまぎれるのを避けるため、この形容は使わないほうがよいと思う。)

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「ホッケースティック」という形容が使われていたかどうか忘れたが、地球温暖化の影響(impact)の話題の中で、なんらかの貨幣の尺度であらわした気象災害の被害額の時系列が、20世紀の後半に急に上昇しているというグラフがとりあげられたことがあった。

ここでは、自然災害の被害を、ハザード(hazard)と脆弱性(vulnerability)のかけざんでとらえる考えかたを導入する必要があるだろう([2018-01-30の記事]参照。脆弱性はさらに曝露(exposure)と脆弱性のかけざんでとらえることもあるが、ここでは一括しておく)。[2010-01-26の記事]でも述べたように、気象災害の被害額がふえていることは事実らしいのだが、その要因として確かなのは脆弱性のほうの増加だ。洪水などにあいやすい場所での経済活動がふえているので、もしそこで洪水がおきると被害額が大きくなるのだ。これは、上の3節でのべた、人間活動に関する数量の増加傾向が強まっていることの一例だ。他方、ハザードとなる自然現象、たとえば大雨が、頻度がふえていたり、強まっていたりすることは、あるかもしれないが、被害額のデータからはなんとも言えない。もしそれが言いたければ降水量などの自然現象に関する数量を調べることが必要だ。

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「ホッケースティック」という用語は、これまで約千年間の気温の時系列を論じるのに使われたが、その目的には、4節で述べたように、不適切な形容になった。他方、3節や6節で述べたような、地球規模の人間活動に関する数量の増加や、5節で述べたような、今後の約1世紀の見通しを含めた気温の時系列をさすのならば、形容としては悪くない。しかし、聞き手が4節の話題を思いうかべて議論が混乱するおそれがあるので、こちらの場合もこの用語を使わず、ほかの表現をしたほうがよいと思う。

- 8 [2018-04-07 追加] -
世界平均や北半球平均にかぎらず、地理的分布を含めて、今にいたる2千年間の気候を復元推定する研究活動が、国際共同研究プロジェクト PAGES (Past Global Changes, http://www.pastglobalchanges.org )のうちの「2k Network」http://www.pastglobalchanges.org/ini/wg/2k-network という作業グループの活動として進められている。(なお、PAGESは、ながらくIGBPの一環だったが、今ではFuture Earthの一環となっている。) その成果の出版物一覧はこのページにある。http://pastglobalchanges.org/ini/wg/2k-network/products

その内に、2013年に出た、陸上の気温の復元推定に関するそれまでの成果のまとめの論文(PAGES 2k consortium, 2013)がある。わたしはその存在を知ってはいたが、まだ読んでいなかった(ので、上の4節で言及できなかった)。

この論文について、2015年に訂正 (Corrigendum, http://doi.org/10.1038/ngeo2566 )が出ていたことを最近知った。訂正の内容は、北極圏の気温の証拠となるデータをみなおして、この研究の基準をみたさないとされたものを除いたり、修正したりした、ということである。その結果、論文の結論のうち北極圏の気温に関する部分が少し変わった。2千年間を30年ごとにくぎって、北極圏の気温がいちばん高かったのは西暦381-410年で、1941-1970年や1971-2000年はそれにつぐ順位のものになったそうだ。(このちがいは、報道記事の立場では重要なちがいだったようだが、学術的な事実認識にとってはたいしたちがいではない。) この修正にともなって、世界の陸上(使える証拠がある限り全部の地域)の平均気温も数値はいくらか変わったけれども、世界陸上平均気温は約1400年間のうちで1971-2000年がいちばん高かったという結論は変わりがなかった、ということだ。

わたしは、PAGES 2kの成果(気温にかぎらない)をしっかり読んで紹介できるようにしたいと思っているが、いつまでにすると約束はしない。

文献

  • PAGES 2k consortium, 2013: Continental-scale temperature variability during the past two millennia. Nature Geoscience, 6: 339-346. http://doi.org/10.1038/ngeo1797