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テレビ番組「革命を生んだ小氷期」(NHK BS 「地球事変」) について

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2018年03月21日 22時からの1時間、NHK「BSプレミアム」(衛星放送の3チャンネル)で放送された「革命を生んだ小氷期」という番組を見た。「グレートネイチャーSP 地球事変ギガミステリー」というシリーズの第4回とされている。NHKのウェブサイトでこの番組の情報は http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3682/1878302/index.htmlhttp://www4.nhk.or.jp/P3682/x/2018-03-21/10/9883/1878302/ にある。

[2017-12-15の記事]で論じた「氷河期」と、広い意味で同じシリーズの番組だ。ただし「グレートネイチャー」シリーズの傘下にはいってからあらたに第1回から始まっている。(「地球事変」というシリーズ題名は、第3回の生物大量絶滅にはふさわしいと思ったが、この第4回にはふさわしくない。驚くべきという印象をあたえることばを使いすぎて効果がうすれているので考えなおしてほしい。)

今回は、「氷期」「小氷期」などの用語([2012-04-24の記事]参照)についてまずいことはなかった。「氷期は今から13000年前に終わり...」というように「氷期」ということばを使っていた。そのときの画面に「氷期」にくわえてかっこ書きで「(氷河期)」とそえてあった。そして、今回の主題である「小氷期」のことを「小氷河期」とは言わなかった。

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番組が始まる前の予告編を見て、「フランス革命の原因は異常気象だった」みたいなせりふにあきれた。因果関係を指摘する研究が進んだのだとは思うが、複合原因の部分にちがいなく、唯一の原因のように言うのは根拠となる研究に対する誇大広告だろう。誇大広告しなくてもじゅうぶんおもしろいのに、残念なことだと思った。

番組を見聞きしてみたら、フランスのエマニュエル ガルニエという歴史気候学者が、「気候こそが革命の根本原因だとわかります」(これはガルニエさんが話をしている画面の字幕の表現だが)と主張しているのだ。ただし続いて「なかなか大胆な仮説です」というナレーションもはいる。番組のなかみをつくった人たちは、ガルニエさんの考えを、さまざまな学説のうちのひとつで、おもしろいものとして紹介しようとしたにちがいないのだ。しかし、題名をつけたり宣伝文句をつけたりした人たちが、それを結論的主張に持ち上げてしまった。番組(本でも同様)の題名を決める権限(すくなくとも、だめな題名への拒否権)を、その全体を見ている人に与えてほしい。目立つところだけ見て題名を決めるのは、やめてほしい。

ノンフィクション番組であっても、研究者を主役にした番組ならば、学術的知見のうちのバランスを考えずに、その研究者の学説を大きく扱ってもよいかもしれない。しかし「地球事変」の場合は、主役は、地球と、(今回など人間が生きている時代の話題ならば)当時の人びとだ。進行中の研究による知見を重視してもよいが、それがいまの学術的知識の体系のうちでどのように位置づけられているかを忘れずに伝えてほしいと思う。 (これが今回のブログ記事でいちばん言いたいことだ。)

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小氷期は、スイス、フランス、イタリア、オーストリアにまたがるアルプスの氷河が今よりもだいぶ広がっていたことを典型的特徴とした、ヨーロッパ(や北アメリカのニューヨークなど)の寒冷期として説明されていた。世界全体として寒かったとは言っていなかったと思うが、それを否定してもいなかった。

小氷期の期間は専門家のあいだでも統一されていないのだが、この番組では「13-19世紀」とされていた。それはベルン大学の歴史気候学者 プフィスター (Christian Pfister)教授の考えに従ったものだ。

Pfisterさんはおもに人が書いた文書をもとに当時の気候を復元推定してきた人だ。続いて南極やグリーンランドの氷コアが示され、たしかにベルン大学はその研究でも世界の中心のひとつなのだが、氷コアの専門家は出てこなかったので、Pfisterさんがそれを扱っているというまちがった印象を与えてしまったと思う。続いて「過去2千年間の北半球平均気温の推移」のグラフが出てきたがその出典は示されなかった。グラフを示しながら「13-19世紀は低温が続いた」と言っていたが、グラフを見たわたしの印象では13-14世紀は高温ではないが低温ともいえない。このあたり、番組の編集にあたった人による材料どうしの関係の認識がおおざっぱすぎると感じた。

この番組の主要な論点は、Pfisterさんなどが指摘している、小氷期全体の長期にわたる寒冷な気候が社会にあたえた影響の話と、フランスのガルニエという歴史気候学者による、フランス革命の前の10年ほどの天候 とくに1783-84年の寒さがフランスの社会にあたえた影響の話なのだと思うが、両者の話題を切れめなしに続けてしまったことについても、編集者の事実認識がおおざっぱすぎると思った。現実の気候も切れめなしであり、変動を時間スケールで分けることは人間がそれを認識するための方法ではあるのだが、因果関係を話題にするならばひとまず分ける必要があると思う。これは学者的思考で、テレビ番組をつくる人にわかってもらうのはたいへんかもしれないが。

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ガルニエさんという人とその研究業績について、わたしはこれまで知らなかった。番組で見たかぎりでは、気候と革命との関連についての議論は大胆すぎると思ったが、もうすこし細かい事実認識についての研究は手堅いもののように思われた。著作を読む際には切り分ける必要があるだろう。

ガルニエさんが見せていた紙の記録のうちには、毎日、気温などの数値とともに、「霧」や「くもり」などの天気の情報も書いてあるものがあった。パリ王立医学研究所の人によるものだそうだ。18世紀後半なので、すでに機器観測もあるのだ。(ただし、観測方法の標準化はまだすすんでいないから、数値として現代とくらべるのは簡単ではないだろうと思う。) それと天気の定性的記述とがいっしょにあるのは、機器観測のない時代にさかのぼるためにも、貴重な資料だと思う。

1783-84年がとくに寒かった原因として、1783年5月に始まり数か月続いた、アイスランドのLaki火山の噴火の影響があると考えられている。パリの天気記録によれば霧が多かった。それには有毒なものもあったそうだ。わたしは[2015-11-11「火山噴火が世界規模の天候におよぼす影響」]の記事では、「地域規模(千kmくらいまで)、短期間(噴火継続中から数日後まで)の天候に対して起こる影響」と「全世界規模の天候への影響」を分けてしまったが、アイスランドの噴火がフランスなどのヨーロッパにおよぼす影響は、両者の中間で、火山灰などは大部分落ちてしまったあとだが(微量には含まれるが)、二酸化硫黄などの気体成分と硫酸などのエーロゾルが、成層圏まで届くぶんとは別に、不均一にところどころ濃くなった形で、対流圏を流れてくるのだと思う。エーロゾルの直接の影響かもしれないし雲を変調した結果かもしれないが、地上の日射量が減り、作物が不作になったり、地上気温が低くなったりする、という因果連鎖はありそうだ。ただしそれを定量的に評価するのはなかなかむずかしいと思う。1783-84年の冬にはパリ付近でセーヌ川が凍った。洪水も起こり(氷によって水が流れにくくなってあふれたということで、降水がとくに多かったわけではないらしい)、都市生活を混乱させたそうだ。

番組では、それまでの数十年にわたって寒冷のほか干ばつも洪水も頻発した、という話もしていた。社会の側の資料の例として、文書館に保存されていたフランス南部の農村から国王への嘆願書が紹介された。18世紀後半には20年にわたって不作が続いたことがわかるのだそうだ。そこで、わたしは、次のような学術的課題があると思った。小氷期は(この特定の文脈で問題になるのは、小氷期全体ではなく、フランス革命前の数十年間だが)、その前後の時期に比べて「異常気象が頻発する」時代だったのか? (この問いに答えるには、何世紀にもわたって比較可能な資料が必要で、なかなかたいへんだと思う。) 他方、たとえば1783-84年は当時の「平年」(数十年の代表値)を基準としても異常だったのか? (こちらは同質の記録が数十年続いていれば確認可能だろう。)

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今回の番組で副の重点と思われる、もうひとまとまりの知見は、14-15世紀のオランダには、あらし(強い温帯低気圧だろう)が多かったことだ。とくに、いまアイセル湖となっているところ(南北100km 東西40km)は、大部分が陸地だったのだが、たびかさなるあらしで侵食され(堤防がつくられていたのだが波がそれを乗り越えた)、海になってしまった。(20世紀になって人が堤防を築いて淡水の湖になった。)

地質学者のシャンタル ヘンドリクスさんが地層の露頭を見せていた。堆積物には、平常の20年間の砂とあらしの数日の砂の互層が100年以上続くそうだ。

この海の侵入(と仮に呼んでおく)への、住民による適応策として、風車による排水が発達した。

14-15世紀に「あらしが多かった」というのは、極端現象の頻度が変わるという意味での、気候変動があったと言えるのだろうと思う。ただし、天気の情報からこれを確認することができるかどうかは、天気の記録がどれだけ残っていてアクセス可能になっているかに依存するだろう。

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そのほか小氷期の気候やその影響を示す事例がいろいろ示されたが、小氷期のうちの時期がまちまちなので、注意が必要だと思った。

スイスのアレッチ氷河では、氷河が1年あたり80 mも前進し、いくつもの山小屋がのみこまれたことがあるのだが、その時代は19世紀初頭だった。

ロンドンのテムズ川が凍結した絵は1607年のもの[注]、ニューヨークのハドソン川が凍結した絵は1817年のものだった。それぞれの地のその冬は確かに寒かったのだろうが、それを含む何十年もの期間を代表する状態ではないだろう。また、今との状況のちがいの原因としては、気候のほか、(水運そのほかの目的による)河川改修の影響もあるだろう。

  • [注 (2018-04-14 補足)] この番組では絵に重ねて「1607年 イギリス」という字幕が出ていたので、わたしはこのように理解した。ところが、別の番組(NHK教育 高校講座 世界史「世界史への招待 -- グローバル・ヒストリーの中の現代」2018-04-13 14:20-14:40)では、同じ絵が、1677年に描かれた、アブラハム・ホンディウス作「凍ったテムズ川」として紹介されていた。ネット検索でたまたま見つかったほかのページも見て、わたしは暫定的に、BSの番組を作った人が「テムズ川の凍結の記録は1607年からある」という情報と典型的な絵の情報とをまぜてしまったのだと推測する。【なお、この世界史の番組も、小氷期が、農業革命(土地を休ませる必要がなくなる)のきっかけとなり、それによって産業革命が可能になった、と論じていた。「きっかけ」は「原因」ではなく、また、この回はとくに気候変動と人間社会の関係に注目した観点を伝える授業だったが、初歩の歴史教育で定説であるかのように伝えるのはあやうい気もした。】

14世紀にヨーロッパでペストが流行したことも、小氷期と関連づけて論じられることが多い。番組では、天候が寒冷で、作物が不作で、人びとが栄養失調だったので感染症に対して弱かった、という理屈が(簡単に)述べられていた。

1540年、ロンドンでは、半年も雨がふらず、テムズ川がひあがり、生活用水も飲み水も不足した。川に海水が流れこみ、人びとが塩水を飲んでからだをこわした。この年のヨーロッパの天候分布(Pfisterさんによるものらしい)を見ると、情報のある地点の大部分で乾燥していた(ナレーションではふれていなかったが、図の記号の色を見ると、イタリアの南部だけが逆に湿潤だったようだ)。西ヨーロッパのほぼ全体にわたる かんばつだったと考えられる。

1315年、ドイツでは4か月 雨がふりつづいた。濁流となり、土を流し去った。畑の麦が全滅したという。【番組ではわからなかったが別の情報によればヨーロッパでのペストの流行は1346年以後なので、この年はその期間には含まれない。】

番組の主張は「小氷期には異常気象が頻発した」というものだったと思うが、これは裏づけられているだろうか。仮に現代と同じ平常値をもとにして比べるならば、極端に寒冷な天候は多く、極端に暑い天候は少なかったことはたぶん確かだろう。かんばつになるような乾燥や、洪水になるような大雨は多かったのだろうか? (絶対量で比べるべきか、前の数十年に対して相対的な異常さで比べるべきかという問題もあるが。) これは答えがほしい問いではあるが、答えるのは専門家にとってもかんたんでないと思う。

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ナレーションだけだったが、ガルニエさんは18世紀イギリスの「農業革命」[注]の原因も小氷期の気候だと考えているそうだ。農業者が小氷期の気候に適応した、ということはわかるが、気候が歴史を変えたような言いかたはちょっと無理があるように感じた。

  • [注] 「農業革命」という表現が、この番組では既存の概念として使われていたが、わたしにとっては初耳だった。番組のナレーションからわたしが理解できた限りでのその内容は、裏作でクローバーなどをつくることによって農地の休閑をさせなくてよくなったことだった。

また、イギリスの産業革命にも気候の影響があるという考えも述べられていた。わかった限りでの説明は、農業革命によって食料生産力が高まったことが工業を成り立たせる前提条件として重要だった、ということだった。それがおもな主張なのか、もっと直接的に気候と産業革命を結びつける主張もあったのだが省略されたのかは、わからなかった。

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近い将来について、ガルニエさんやPfisterさんに、人間社会は気候変動にそなえる必要があるということを述べさせていた。そこで、「また寒冷期がくるならば、社会に悪影響があるだろう」という条件つきの警告はもっともだと思う。しかし、番組の結びの部分の論調は、これから寒冷期がくるだろうという予想も含んでいたようだったが、それは無理がある議論だとわたしは思った。

小氷期に寒冷だった原因として考えられるのは太陽活動と火山噴火だというのはもっともだ。そして、太陽活動が弱まると予測した研究例は確かにある。しかし太陽物理の研究分野を代表する知見として太陽活動の弱まりが予測されているとは言えないと思う。火山の巨大噴火はいつでも起きうるという指摘はもっともだが、巨大噴火がこれから数十年のうちにさしせまっていると科学的根拠をもって予測している人はいないと思う。

温室効果強化のことは、話せば長くなるから省略したのだと思うけれど、将来の気候変動についての警告を含めた結びにするならば、それも(すみっこでいいから)位置づけた気候と人間社会との関係の見取り図の例を示してほしかったと思う。