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「チバニアン」でよいのか?

【[2020-01-18 追記] [2020-01-18 「チバニアン」公認]もごらんください。】
【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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この記事は、[前の記事]に関連するが、前の記事が入門的解説を意図したものなのとはちがって、この記事は個人的感想を書いたものだ。雑談であって結論はない。

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近ごろは多くの自然科学系の国際学会の作業言語は英語になっている。IUGS [前の記事参照] の場合もそうなのだと思う。しかし、新しい学術用語をつくるときには、(英語、フランス語、ドイツ語が同等に重要だった20世紀初めごろまでの習慣のなごりだと思うが) ラテン語で構成しようとする考えも続いているようだ。

地質時代の英語名は、「紀」「世」「期」の前に、形容詞がつく。その形容詞は、昔からあるものはさまざまな形をしているが、新しくつくる場合は、地名のあとに -ian をつけたものに、だいたい統一されているようだ。

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千葉(Chiba)に -ian をつけるとすれば、すなおには、Chibaian になる。しかし、それは認められにくいらしい。母音 a と 母音 i がつながる hiatus (言語学での意味であって、地質学での意味ではない)がきらわれるのかもしれない。また、ラテン語では(わたしは正確に知らないのだが)、「ai」という音のつながりは「ae」に変えられることになっているようだ。そうすると Chibaean になる。ところが、英語では「ae」は「e」と同様に発音される。Chibaean は英語では「チビーアン」のように読まれるだろう。これでは、日本語話者にはおもしろくない(と感じる人が多い)と思う。

Chiba の最後の a を語尾とみなして取り除いて -ian をつければ Chibian になる。ラテン語や英語としてまずいことはないと思うが、日本語話者にとって「チビアン」はおかしくひびくだろう。

Chibaと -ian の間に子音をはさむことが許されるとすれば、何を入れるだろうか。わたしはラテン語の語の組み立てかたをよく知らないが、形容詞をつくるときによく出てくるのは s だと思う。(英語の「Japanese」に s があるのも、s をふくむ接尾語が使われやすいということなのだと思う。) 更新世のジェラシアン期の名まえは Gela という地名にちなんで Gelasian となっている。同様に Chiba から Chibasian という形はよさそうな気がする。ところが日本語でこれは「千葉市」を連想させてしまう。模式地の候補地があるのは千葉県ではあるが市原市なのだ。「チバシアン」はうまくない。

(わたしの推測だが)たぶんそういう考慮もあって、GSSP候補地をIUGSに提案した日本の研究者たちは n をはさんだ Chibanian という形を採用したのだと思う。(時代名もすでにIUGSへ提案したのかどうか、わたしは知らないのだが。)

しかし、Chibanian と聞くと、わたしは、Chibania という地名があることを期待してしまう。「千葉」を知らない多くの人がそう思うだろうと思う。わたしはそういう理由で「チバニアン」もうまくないと思う。ただし、逆手にとって、「ここが Chibaniaだ」として売り出すのならよいかもしれない。

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しかし、ほんとうに、母音で終わる地名のあとでも、-ian でなければならないのだろうか。

地質時代名の形容詞を見ると、-ian でない -an で終わっているものも見られる。地質学の歴史の中で古い時期に決まったものは今とちがった命名規則なのかもしれない。しかし、原生代(古生代よりもまえの時代)の「紀」の名まえは最近決まったものだろう。原生代のうちいちばん新しい(現在に近い)「紀」は Ediacaran とされている。これは Ediacara という地名にちなんだものだ。すると、-a で終わる地名に対する形容詞は -an でもよいのではないか?

もしその形が許されるとすれば、千葉にちなんだ時代名は、Chiban でよいと思う。「チバン」では「地番」などと同じ音になってしまうけれど、日本語の中では「千葉期」「千葉時代」などと呼べばすむだろう。

【[2019-05-30 補足] しかし、英語の発音を考えると、Chiban は「チャイバン」になりやすく、「Chiba?ian」(「?」に適当な子音がはいる) ならば「ba」の「a」にアクセントがかかるので「chi」の「i」はみじかくなり「チバ...」と読まれるだろう、ということもいえるかもしれない。】

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ところで、Chiba という文字列は、ローマ字(ラテンアルファベット)を使う主要な言語のあいだで、読みかたがさまざまだ。[別記事「Chiba行きの電車」]に書いたように、イタリア語だと思って読めば「木場」、フランス語だと思って読めば「芝」、ドイツ語だと思って読めば「ひば」になってしまう。英語だと思って読めば、たぶん「チャイバ」だろう。ただし、別記事には書かなかったが、中国語(ピンイン)とスペイン語も含めれば、「チバ」と読むのが多数派ではあるのかもしれない。

千葉県には申しわけないが、わたしは、地名に由来するが地名を離れて使われる学術用語には、このように読みかたがまちまちに化けてしまう地名は、なるべく使わないほうがよいのではないか、と思う。

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日本語のローマ字のつづりかたを問題にすれば([2017-03-21の記事]参照)、「チバ」を Chiba とつづるのはヘボン式で、日本式や訓令式では Tiba だ。わたしは日本語のローマ字つづりは訓令式が標準だと思っているので、「チバ」ならばTiba とするべきだと言いたい。

しかし、(松山(Matuyama)基範の時代には、少なくとも物理学関連の学者のあいだでは、欧文で署名するときも日本式が多数派だったのだが)、今では、日本語の単語を欧文にまぜて書くときのつづりかたはヘボン式が圧倒的に多いだろう。訓令式にしようという意見は少数意見にしかなりそうもない。そこでむしろ、「チバ」以外の地名を使ったらどうかという意見に傾く。

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千葉県は、旧国名で言うと、上総(かずさ)、下総(しもふさ→しもうさ)、安房(あわ)の三つをあわせたものにだいたい一致する。

模式地候補地の地磁気逆転の層準は、このうちの「上総」にちなんだ「上総層群」という地層の中にある。また、模式地候補地の場所は、上総の国に含まれるらしい(わたしの確認がまだできていないがこれからする予定)。

そこで「上総」にちなんだ名まえが考えられる。Kazusa も「-a」で終わっているから、もし「-ian」でなく「-an」でよいならば、Kazusan (カズサン)とするべきだろう。「-ian」にしなければならない場合は、2節と同様のことを考えなければならないが、Kazusian (カズシアン) でも、おかしいことはない。

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地質時代の名まえを考えるときには、人間の歴史の中でなるべく古い時代の地名を使おうとする傾向もあるようだ。

そうすると、上総・下総にわかれる前の「ふさのくに」にちなむほうがよいような気もする。Fusa も -a で終わっているから、「-an」でよいならば Fusan (フサン)となるが、「-ian」にしなければならないならば、2節と同様な問題がある。

ただし、Chibanian の場合は、n の由来が不明だが、もし Fusanian (フサニアン)とする場合には、n は「ふさのくに」の「の」から来たという言いわけができるかもしれない。

なお、訓令式ならば「ふさ」は Husa だ。

しかし、わたしは、古語に関しては、ハ行は f でつづるのが順当だと思っているので(また、16世紀のポルトガル人も当時の日本語のハ行を f でつづっているので)、ここは Fusa でよいようにも思う。