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準備満タン

ある人が、「準備満タン」という表現を話題にしておられた。そのかたの論旨とはつながらないかもしれないが、わたしなりに、この表現について考えた。

この表現は、「準備万端」のまちがいと考えられることが多い。まちがいとしない場合も、パロディーのようなものであり、会話はともかくきちんとした論述文では使ってはまずい、俗語表現として扱われているだろう。

そして「準備万端」自体が、日本語の表現のどれが正しくてどれはまちがいだと論じる人の材料になる。「準備万端がととのった」という表現は正しいが、「準備万端です」というのは変だ、というのだ。英語で言えば、"All items of my preparations are ready." はよいが、"All items of my preparations!" では文になっていない、ということにあたるだろうか。

「満タン」は、タンクがいっぱいになっている、という意味にちがいない。「満」の使われかたは、「満場」「満面」などと共通だ。「タン」が漢語由来の要素でないので、正式でない感じがするだけなのだ。

タンクのなかみはなんでもよいのだが、自動車(や、「原付自転車」)のガソリンタンクが想定されていることが多いだろう。仕事のために自動車を運転する必要のある人にとって、仕事の準備には実際にはさまざまな要素があっても、自動車のエネルギー源であるガソリンを入れておくことで代表したくなるのはよくあることだと思う。今から50年ぐらい前、自動車を運転する人がまだ少なかったが、原付自転車を運転する人は多かったし、自動車を持つこと、あるいは自動車産業にかかわることが誇らしいこととされていた。そして最近は、自動車が生活の必需品になってしまった地方も多い。そういう変遷を経ながら、日本社会では、ガソリンを使う自動車に関するものごとをたとえに使う表現が、わりあい通じやすい状況が続いていると思う。

もっとも、大都市では、多くの人は自動車を運転しない。他方、大都市でもいなかでも、携帯電話が普及してきた。携帯電話に限らず、(使い捨て電池でない)電池で動く携帯機器を、外出中に使うためには、電気のコンセントがある本拠地で、充電しておかなければならない。電気は液体ではないものの、電池の充電状況を示す図解として、容器の中に液体がたまっているような形がよく使われる。そこで、外出の準備を、携帯機器をじゅうぶん充電しておくことで代表させて、しっかり準備したことを「準備満タン」と表現することも、無理がないと思う。

「万端」の場合と違って、「準備満タンです」のような形で、意味が通じる。

みなさまには、どうか、この表現を、まちがいだとか俗語だとかいう評価によって書きことばから排除しないようにお願いしたい。

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ことばに関する「歴史のもしも」だが、もし、tank が漢語であるかのように、たとえば「箪庫」として受け入れられていたら、「満箪」はもっと早く、正しい日本語表現と認められていたと思う。

あるいは、もし、漢字を使うよりも、かながきのほうが標準的表記になっていたら、「じゅんび まんたん」は「じゅんび ばんたん」に劣ると感じられないだろうから、もっと早く、正しい日本語表現と認められていたと思う。