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地球温暖化の認識の発達にかかわる山本義一の業績

山本義一 (1909-1980) (大先生であるがここでは歴史上の人物扱いという意味で敬称略)は、1946年から1973年まで東北大学教授をつとめた気象学者で、大気乱流と大気放射の両方にわたって世界の気象学に貢献した。その業績の概略は田中(1980)に紹介されている。(ここでは、大気乱流に関する話題には深入りしない。一例としていわゆる「KEYPSの式」の論文(Yamamoto, 1959)をあげておく。)

わたしは[2013-08-31の記事「温暖化の発見」原書出版から10年、残された問題]で、地球温暖化に関する認識の発達にとって、日本で仕事をした人についても、もっと世界に知られてほしいと思う、と述べた。そのときいちばん念頭にあったのは山本の業績だった。

わたしは近ごろまで、地球温暖化(温室効果の強化による気候変化)の認識に対する山本の貢献は、真鍋のモデルに対して大気放射とその計算方法に対する基礎的知見を提供したことである、というふうに認識していた。

1950-60年代の山本とその弟子たちの研究(関原 1970に論文リストがつけられている)は、放射伝達のうちでも太陽放射(短波放射)と地球放射(長波放射)の両方にわたっている。放射と対流を含む鉛直1次元モデルによる研究のManabe & Strickler (1964)の論文には参考文献としてYamamoto (1952, 1955, 1962)、Manabe & Wetherald (1967)にはYamamoto & Sasamori (1958)があげられている。ひとつあげるならば、山本の放射図(Yamamoto, 1952)だろう。それ以前に水蒸気と二酸化炭素の一方による地球放射の吸収・射出の研究はあったのだが、両方が共存した状況での計算は新規の課題だったのだ。式をたてることができるが、式の形できれいな解はない。数値解を求めることになるが、当時はまだ計算機を利用できる機会は少なかったので、数値解を図上の曲線でかこまれた面積の形で得る計算図表を作ったのだ。アメリカにいた真鍋たちはその理屈を計算機プログラムに書きかえてモデルの一部に組みこんだ。

【なお、山本たちの論文は、アメリカ気象学会のJournal of Meteorology, のち改編されてJournal of the Atmospheric Sciencesや、日本気象学会のJournal of the Meteorological Society of Japan (「気象集誌 第2輯」と同じ)などの学術雑誌にのったものもあるが、放射図の論文を含めてかなりだいじなものが、東北大学理学部の英文紀要であるScientific Reports of Tohoku Universityにのっている。博物学的性格のある専門分野では基礎的事例の記載に今でも紀要が重要な場合があるが、20世紀なかばには物理学的な分野でもそうだったのだ。】

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ところが最近、山本の直接・間接の弟子にあたる中澤・青木・森本(2015)の本が出た。その記述によれば、山本は1957年(大気中の二酸化炭素濃度の増加を明瞭に示したKeelingたちの観測が始まる前)に、二酸化炭素の増加による温暖化が起こるだろうと考えて、その数量を求める計算を始めていたのだ。中澤ほか(2015)の1.3節(15ページ)から引用する。

わが国における地球温暖化に関する専門的な研究は、大気放射学を専門としていた東北大学の山本義一(故人)が初めて行ったと思われる (1957年7月14日の朝日新聞への投稿記事「暖かくなる地球 -- 工業の発展で炭酸ガスがふえる--」)。彼は、H2Oの効果も考慮に入れてCO2を2倍に増やし、鉛直方向の気温がどのように変化するか緯度別に計算して、1957年5月に名古屋で開催された気象学会年会において発表した. その結果は、地表気温は赤道(0.3℃)よりも極域(2〜3℃)で大きく上昇し、成層圏では逆に冷却が起こることを示している。また、朝日新聞の記事において、彼は地球温暖化問題に対して警鐘を鳴らしており、いずれ近い将来に人間活動に伴うCO2排出を削減する必要があることを訴えている。

その結果が論文になっていないかと思ったが、関原(1970)のリストで論文題名を見た限りでは見あたらないので、英語の論文になったものはないようだ。日本語で発表される場としては、まず日本気象学会の雑誌『天気』がありそうだが、その目録を著者名「山本義一」で検索しても、対応する内容のものは見あたらない。1957年5月に名古屋で開催された気象学会年会のプログラムは『天気』の1957年4月号にあるが(日本気象学会, 1957a)、そこに出てくる山本による発表は

58.山本義一,笹森 享(東北大学地球物理学教室):圧力及び温度の影響を考慮に入れた大気輻射の一つの計算方式 1. 炭酸ガスの場合

であり、Yamamoto & Sasamori (1958)の論文になった基礎的な仕事にちがいない。

1957年5月の気象学会では「大気汚染に関するシンポジウム」が開かれており、その内容は『天気』の1957年9月号から12月号まで連載で紹介されている。目次上は、第2部以降は講演者が著者になった形になっているが、9月号にのった第1部は著者名のない形になっている(日本気象学会, 1957b)。山本の報告はこの第1部の後半(270ページ以降)の「大気汚染と輻射」という節にあった。講演の速記か録音からの書きおこしのようだ。その中から抜き書きで引用する。

...炭酸ガスによる大気の保温の問題と,もう1つは塵埃やエアロゾルといったようなものに大気の保温の効果があるかないかという2つの問題についてお話ししたいと思います.
...最近...カリフォルニア大学のカプラン教授が,今後60〜70年ぐらいたったらニューヨークなんか海の底になってしまうだろうということを発表されました.おそらく今後炭酸ガスが加速度的に多くなって,そのために地球上の温度が高くなって,北極の氷がとけるという論法だと思います.
...一番初めに炭酸ガスの保温効果を力説されたのは,有名な化学者のアルレニュース...
...プラスの精密な計算によりますと炭酸ガスの量が2倍になれば地表の温度は3.6度昇温する.
...プラスの研究を発展させて緯度効果,高度効果をみたい...
...彼は炭酸ガスの効果だけを扱っている.ところが大気中には赤外輻射を吸収する物質として,もう一つ非常に重要な水蒸気がある....違った吸収物質が共存する場合には,その影響はそれぞれの積でもって与えられる...
...大気輻射図によって,大ざっぱに計算した結果だけをご報告します.
...
...炭酸ガス倍増の効果は,矢張りプラスの評価より小さく,多分地表附近で2〜3℃の昇温,上層大気は同程度の冷却ということになるのではないかと想像します.
...全体としてみれぱ下層も上層も,温度の子午線方向の勾配が小さくなるということで,すなわち炭酸ガスが増加すると大気の大循環が弱まる傾向になるということであります.
...
...都会の塵埃の効果は太陽輻射と赤外輻射の両方を全体としてみると,想像されるような保温作用をしておらず,むしろ塵埃があるために都会は冷されていることになる.

この講演の内容は確かに中澤ほか(2015)が紹介しているものと対応している。ただし『天気』に収録された講演では、将来CO2排出削減が必要になるだろうといったことは述べていない。【[2015-08-27補足] 朝日新聞記事のほうでは、「私たちは遠からずバイ煙とか炭酸ガスとかの増加を防ぐことを真剣に考慮せねばならぬ時期のくることを覚悟せねばならぬ。」と述べている。】

講演の話題はCO2とエーロゾルにわたっている。

CO2の効果に関しては、全地球規模の温暖化をもたらすだろうがその量はよくわからないという仮説的な認識から出発している。

Plassによる計算はCO2の放射吸収・射出だけを考えたものであり、山本の最大のオリジナリティはCO2とH2Oが共存する状況について評価したところにある。また、地表の温暖化と同時に成層圏が寒冷化することも示されている。温度変化の数値を得た理屈はよくわからないが、1955年の論文の表題に「放射平衡」にあたることばがあるので、CO2濃度が現在の値の場合と2倍の値の場合についてそれぞれ放射伝達を計算し(対流熱輸送は計算に入れず)、大気を高さによって分けた各層のエネルギー収支がつりあうような定常状態を求めようとしたのだろう。ただし、当時の計算能力では、Manabe & Stricklerのように非現実的な初期条件からモデル内の自発的時間発展で定常状態に近づくような計算はできなかっただろうから、初めから定常を仮定してその状態の満たすべき条件を考えたのか、現在見られる温度分布のまわりで考えたのか、いずれにしても大づかみな近似が必要だったと推測する。

さらに、大気大循環がどう変わるかという問題意識も持って、緯度帯別の計算もしている。ただし、現実の緯度帯別の大気のエネルギー収支には放射過程と大気循環による移流とが同時にきいており、一方を与えて他方が従属的に決まるような理屈は現実とあわない。このような困難が認識されていたために、この研究は論文に至らなかったのかもしれない。

なお、エーロゾルの話題は、おもに都市の大気汚染は(ローカルな)温暖化をもたらすか寒冷化をもたらすかという話になっている。太陽放射と地球放射の両方に関する効果の大きさを評価して、太陽放射の散乱による寒冷化が主になると述べている。ただし、都市の気候を変化させる要因には、エーロゾルのほかに、人工熱と、地表面状態の変化に伴う熱収支の変化もあり、これらが温暖化をもたらしうることも指摘している。

文献

  • (Manabe & Strickler 1964, Manabe & Wetherald 1967 は[2015-07-15の記事]参照)
  • 中澤 高清、青木 周司、森本 真司, 2015: 地球環境システム -- 温室効果気体と地球温暖化 (現代地球科学入門シリーズ 5)。共立出版, 277 pp. ISBN 978-4-320-04713-6. [読書メモ] (2015-11-28).
  • (日本気象学会), 1957a: 1957年度春季日本気象学会総会及び大会。天気 (日本気象学会), 4: 129-138. http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1957/1957_04_0129.pdf
  • (日本気象学会), 1957b: 大気汚染に関するシンポジウム (その1)。天気 (日本気象学会), 4: 267-272. http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1957/1957_09_0267.pdf
  • 関原 彊, 1970: 山本義一教授の「大気放射の研究」に対し学士院賞が与えられたことについて。天気 (日本気象学会), 17: 203-206. http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1970/1970_05_0203.pdf
  • 田中 正之, 1980: 故 山本義一先生の御逝去を悼む。天気 (日本気象学会), 27: 380-382. http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1980/1980_05_0380.pdf
  • Giichi Yamamoto, 1952:On a radiation chart. Scientific Reports of Tohoku University, Series 5,Geophysics, 4: 9−23. http://hdl.handle.net/10097/44477
  • Giichi Yamamoto, 1955: Radiative equilibrium of the Earth's atmosphere. II. The use of Rosseland's and Chandrasekhar's means in the line absorbing case. Scientific Reports of Tohoku University, Series 5,Geophysics, 6: 127-136. http://hdl.handle.net/10097/44527
  • Giichi Yamamoto, 1959: Theory of turbulent transfer in non-neutral conditions. Journal of the Meteorological Society of Japan, Series 2, 57: 60-70. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmsj1923/37/2/37_2_60/_article
  • Giichi Yamamoto, 1962: Direct absorption of solar radiation by atmospheric water vapour, carbon dioxide and molecular oxygen. Journal of the Atmospheric Sciences (American Meteorological Society), 19: 182-188. doi:10.1175/1520-0469(1962)019<0182:DAOSRB>2.0.CO;2
  • Giichi Yamamoto & Gaishi Onishi, 1952: Absorption of solar radiation by water vapor in the atmosphere. Journal of Meteorology (American Meteorolgical Society), 9: 415−421. doi:10.1175/1520-0469(1952)009<0415:AOSRBW>2.0.CO;2
  • Giichi Yamamoto & Takashi Sasamori, 1958: Calculation of the absorption of the 15 μ carbon-dioxide band. Scientific Reports of Tohoku University, Series 5,Geophysics, 10: 37-58. http://hdl.handle.net/10097/44589