近ごろ、(日本国内の)鉄道の駅で電車を待っていると、おそらく同じ録音の再生で、何度も、「カイカクカイホー」と聞こえるアナウンスがあった。
「改革開放」といえば中華人民共和国の1980年代の政治スローガンだ。ただし、わたしはその時期に中国に行っていないし、中国語の入門の授業を受けたのはそれよりも昔のことだった。だからわたしが聞いたのは北京音のgaige kaifangではなく日本漢音のカイカクカイホーだったのだ。中国の自然景観や歴史遺物を紹介するテレビのドキュメンタリー番組を見ると、ナレーションの中に何十ぺんと、「改革開放政策によってこの場所に外国の取材班として初めて来ることができました」とか、「この地域の人々のくらしは改革開放政策によって変わりつつあります」とかいうことばがはいるのだった。経済活動に関する自由はふえた時代だったが、報道に関する統制はなおきびしい面もあり、ドキュメンタリー番組を作る許可を得る際にはスローガンを広める媒体ともなることが条件だったにちがいない。
しかし今どきの日本の駅がこのスローガンを広める義務を負っているはずはない。
よく聞いてみると、アナウンスは「改札階方面行きのエレベーターです」だった。
確かに、駅は足が不自由な人も目が不自由な人も使うので、エレベーターがどこにあるかを声で知らせるのはよいことなのだろう。しかしそれにしても、エレベーターが自己紹介することばが1分くらいの間隔で繰り返されるというのは、続けてそのそばにいる人にとってはくどすぎるとも思う。(おそらく赤外線か何かで人のけはいがあるとアナウンスするしかけなのだと思うが、まわりに人がいる状態が続くこともあるのだ。)
また、「改札階方面」というのは、駅の職員が使っている用語なのかもしれないが、初めて聞くお客にとってなじみのある表現ではないと思う。ただし、お客がその場所をさす用語が統一されているわけではなく、各人にわかるまで説明しようとすると表現は相手によって変わりしかも長くなると思うので、目印がわりの定型アナウンスとしては駅という場に特有の符丁を使うしかない、ということなのかもしれない。