[2012-04-24の記事「氷河時代、氷期、小氷期」]に続く話題。そのときと同様に、「気象」の用語ではなく、「古気候」の用語だが、便宜上「気象むらの方言」のカテゴリーに含めておく。
「ウルム氷期」は「ヴュルム(Würm)氷期」
日本語で1950-70年代に書かれた本に「ウルム氷期」という語がたびたび見られる。自分では1970年代前半の高校生のころは使っていたがその後は使っていないので忘れていたのだが、近ごろ、ドイツに旅行に行く人がこれはウルム(Ulm)という町にちなむ名前だと思っていたのを聞いて、注意が必要だと思った。ドイツの、しかもドナウ川流域の地名にはちがいないのだが、Würmなのだ。これは川の名まえで、Würm → Amper → Isar → Donauと合流していくのだそうだ。
19世紀に、過去に氷期というものがあったことが認識された過程で、南ドイツの河岸段丘や氷河末端のモレーンなどの地形が指標として使われ、Günz, Mindel, Riss, Würmの4つの時期が「氷期」として認識されたのだ。(記憶が薄れているが、小林・阪口(1981)の本に具体的な記述があったと思う。) しかし、1970年代ごろから、河川地形では氷期・間氷期を通じた時間的に連続な変遷を示せず、また南ドイツの地形発達に関する解釈が変わったところがあったので、Würmなどは標識地には適さないとされ、それを時代名に使うことはすたれた、とわたしは理解している。(アメリカのWisconsinのほうは今も時代名に使われることがある。大陸氷床の末端にあたるところの広域の地名なので代表性が疑われることはないのだと思う。)
日本語で外国の地名の発音を正確に伝えることはできないので、日本語の学術用語を作る際に、Würm氷期を「ウルム氷期」のように日本語にある音で受けることはふつうなら悪くないと思う。しかしこの場合、Ulmにちなんだと思われやすい点が困る。もはや学術用語としては過去のものだが、もし使うならば「ヴュルム氷期」としたい。(記憶によれば、「ヴュルム」とせよというのは阪口先生から授業の中で受けた注意でもある。)
「最終氷期」
「Würm氷期」と呼ばれたのと同じ時代は「最終氷期」とも呼ばれ、こちらは今も使われる用語だ。ただし、これも要注意だ。英語ではthe last glacial periodだが、これまで経験したうちでいちばん新しい氷期だというだけのことであり、これから将来に氷期は来ないという含みはない。(なお、Weartの「温暖化の発見とは何か」日本語版にあるこの件の注は、原本にはなく、わたしが追加したものである。日本語の「最終」は英語のlastよりも誤解しやすいと思ったのだ。)
MIS (marine isotope stage)
今では氷期・間氷期サイクルの時代名は、番号で呼ばれることが多い。番号は、海底堆積物の有孔虫の殻の炭酸カルシウムの酸素同位体比のグラフから、その値の極大期(氷床が拡大した時期、つまり氷期)と極小期(氷床が縮小した時期、つまり間氷期)に、新しいほうからつけられている。英語ではmarine isotope stageを略してMISと書かれる。日本語では「酸素同位体ステージ」という表現がふつうのようだ。現在の間氷期(そのあとに氷期が知られていないから「後氷期」とも言われる)が「MIS 1」である。ところがいきなり不規則性がある。「MIS 3」の氷床縮小期は間氷期のレベルに達しておらず、「MIS 4+3+2」を合わせたものが「最終氷期」に相当するのだ。ひとつ前の間氷期は「MIS 5」である。
MISには細分がある。細分は数字で「5,1」のように示されたこともあるが、多く使われるのはアルファベット小文字を添えた「5a」のような形だ。ひとつ前の間氷期のうちでいちばん間氷期らしい時期は「5e」である。
文献