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「EM (有用微生物群)」と科学教育の問題 (2)

[9月26日の記事]の続き。

Twitter上の議論は呼吸発電(breathingpower)さんによるまとめ「EM教育問題」http://togetter.com/li/383244 があるが、その中で、JST (科学技術振興機構)あるいは文部科学省が関与している教材に関する話題での、自分の発言について、補足説明する。

== 地方科学館とJSTによる「水質浄化」の教材 ==

郡山市ふれあい科学館のウェブサイト http://www.space-park.jp の「連携事業」の部の中に

がある。平成13年版の趣旨説明は

川や海の汚染源のひとつと考えられる米のとぎ汁を微生物で発酵させ、環境と微生物について調べる学習キット。勉強したことを整理しながら書き込めるワークシート付きです。

平成14年版の作者表示は

制作:科学技術振興事業団
企画:科学館−学校連携強化資料の開発・普及 郡山地区運営委員会、郡山市ふれあい科学館
協力:(財)日本宇宙少年団

となっているので、「JSTがEMの教材を作った」と言われると否定できない。(独立行政法人になる前の「事業団」の時代のJSTではあるが。)

平成14年版の「ワークシート」(改訂版)というPDF文書を見た。直接EMに関する話題のところは、PDFの12ページめが「EMの手引きより」とあって明らかにEM推進団体の資料のコピーであるほか、13-21ページめはEM推進団体の資料のやきなおしにちがいないと思う。他方、最初から11ページめまでの水の浄化や微生物に関する概論や22-27ページめの水質や河川環境の調査方法の教材は、ふつうの科学教育の教材であり、わたしは詳しく検討していないが特に悪いことはないように思う。ただこの教材全体として、28-30ページめで述べられているように「EM活性液」や「米のとぎ汁EM発酵液」を川や池に投入することがその水の浄化に役立つという信念のもとに作られている。わたしの推測だが、地域の「EMボランティア団体」が郡山ふれあい科学館を動かして始めていた事業を、JSTの担当者が問題点を見抜けずそのまま支援してしまったのだと思う。

「連携事業」のページのこれより新しい記事からリンクをたどった限りではEMに関するものは見あたらなかった。(なお、平成20-22年度の連携事業は、福島大学が中心となってJSTの「科学コミュニケーション推進事業」の「ネットワーク形成地域型」の支援を受けた「ふくしまサイエンスプラットフォーム」http://www.spff.jp/の活動が多い。)

JSTのウェブサイトで公開されているページには事業団時代の事業の紹介はほとんど残っておらず、「科学館-学校連携強化 資料の開発・普及」のページもない。しかし、JSTの「理数学習支援・科学コミュニケーションの推進」のサイトhttp://rikai.jst.go.jp/ のページの片隅から、「過去に行っていた事業」のページの「おもしろ教材の普及」(平成16年度終了)のリンクをたどっていくと「おもしろ教材がいっぱい」http://rika.jst.go.jp/kyouzai/http://rika.jst.go.jp/pastrika/kyouzai/ [2013-07-26 URL変更を反映][2014-11-01 リンク切れ]というサイトがあり、その中に

「水質浄化学習セット」
[2014-11-01 リンク切れ]がある。概略説明は次のとおり。詳しい文書へのリンクはないが動画がある。

利用対象 小学校・中学校 総合的な学習の時間・環境学習
開発目的 環境汚染源の一つである各家庭から出る米のとぎ汁を児童生徒自身がこの教材の微生物群を使い、発酵させて浄化させる過程を観察や調査により体験学習させる。さらに発酵液はいろいろな場で使用できることを学び、実際に使用してその効果を確かめる。確かめる方法として、COD、NO2、透視計、PHメータを使い、科学的なデータを採り、長時間にわたる変化を調べることにより科学的な探求心の育成を図る。

事業団の支援事業が終わったあと、科学館もJSTも人の入れかわりがあり、このような教材を作ったことをだれも覚えていないかもしれない。ウェブページは過去の記録として置いてあるのかもしれない。しかしウェブページは教材の紹介であり批判的なコメントもないので、たまたま見つけた人が国の予算で作られた権威のある教材だと思うかもしれないし、EM推進者がその権威を利用するかもしれない。

== ビデオ集に含まれた中学生の作品 ==
JSTの科学コミュニケーションセンターが提供するウェブサイトのひとつに「サイエンスチャンネル」http://sc-smn.jst.go.jp/ http://sciencechannel.jst.go.jp [2014-11-01 URL変更]がある。これは科学教材や科学ニュースの動画をオンラインで提供しているものだ。

その中に「よみがえる矢作川と三河湾」 [2014-11-01 リンク先URL変更] という作品がある。「全国こども科学映像祭受賞作品 H20年度第7回優秀作品賞中学生部門」とあり、作者はある中学校の「パソコン部」となっている。

見た印象として、科学教材用の画像としてよくできているとは思わなかったが、先生の指導がはいっているとはいえ中学生にしてはうまいのだろう。2004年と2008年で同じ水域の環境がどう変わったかを示しているところは環境科学の教材としてよいと思う。そして、作者のなかまの中学生や地域の人々の浄化活動の結果として水質が改善されたという物語になっているから映像祭で高く評価されたのかもしれない。

ところが、記録されている浄化活動の主要部分が、EM発酵液やEM泥だんごを用意して投入したことなのだ。[8月12日の記事]で述べたように、これはおそらく有効ではなく、もしかすると自然生態系にとって有害かもしれないのだ。

その問題点に、2008年の映像祭の審査員はだれも気づかなかったのだろう。サイエンスチャンネルに収録されたのは2011年らしいのだが、その担当者は過去の映像祭の入賞作品をそのまま収録することを任務と考えて、内容が教材サイトに適切であるかどうかを検討したりはしなかったのだろうと思う。

しかし結果として、国の予算で運営されているJSTのサイトから、EMを自然水域に投入することが環境改善になることを主張する教材らしいものが発信されている。

== ESD (持続可能な発展のための教育)の実践記録 ==
(これはJSTとは関係ないのだが)

公益財団法人「ユネスコ・アジア文化センター」http://www.accu.or.jp の「ユネスコスクール」事業 http://www.unesco-school.jp が2012年3月に出したひろがり つながる ESD実践事例101 / 平成23年度文部科学省『日本/ユネスコパートナーシップ事業』ユネスコスクール地域交流会 in 金沢・気仙沼 活動報告書(リンク先はHTML、その先にPDF)という文書がある。

また、宮城教育大学のESD活動の出版物のページ http://rce.miyakyo-u.ac.jp/panf/panf.html に、気仙沼ESD共同研究紀要 持続可能な社会を担う児童・生徒の育成をめざしてというPDF文書(発行年月日は2011年3月10日)がある。気仙沼市内のいくつかの小学校・中学校は両方に参加している。

この中で、EMを使った実践例がいくつかあることが話題になっていた。

宮城教育大学の報告書の中の小学校のうち06番の学校で、川や湾の浄化のために「EM発酵液を上流から投入した」というのは、上の郡山や矢作川の例と同様に、まずいと思う。

同じ報告書の11,13,18番はプール清掃への利用である。また05番は「クリーン作戦」の中で「地域の清掃」(写真を見ると海岸の護岸のコンクリートを磨いているようだ)とともにEM発酵液を作っていて、詳しいことはわからないが、コンクリートの清掃のためにEM発酵液を使っているのかもしれない。これはいわゆる「ぬめり」(実体は微生物だろう)を取り去るための洗浄剤としての利用だろう。洗浄剤は環境に出てしまうという意味では望ましくない。しかし、いずれにせよ洗浄剤を使うとすれば、たとえば合成洗剤を使うことに比べればEMは環境負荷が小さいのかもしれない。しかしEM発酵液の有効性は酸性であることからきているのかもしれず、それならばたとえば塩酸を使ったほうが、食塩水を電気分解するためのエネルギー消費を含めても、環境負荷が小さい可能性もありうる。これはよく調べないとよいことなのか悪いことなのかわからない。

ユネスコセンターの報告書の137ページに出てくる小学校の事例は、「EMを使った無農薬での米作り体験」だ。報告書には「堆肥」ということばが出てこないが、EMが堆肥づくりに使われているならば、実際に有効なのかもしれない([8月12日の記事]から引用したOSATOさんのブログ記事参照)。ただし、もし比嘉ブランドのEMに対する信仰のようなものが教えられてしまうならばまずいと思う。

160ページに出てくる中学校は「三陸EM研究会」の協力を得ている。ただしここはほかの複数の環境NPOの協力も得ているので、この学校の教育へのEMの影響は特別に強くはないと推測する。

== ますます科学離れする比嘉氏の評論 ==
10月3日、DND ([8月12日の記事]参照)のサイトの比嘉氏のコラムに新しい記事「第61回 EMによる放射能対策の新知見」が現われた。ただし、この記事へのリンクはDNDのホームページからもその比嘉氏のコラム記事一覧からも消えた。DNDとしてもこの記事を公開することには疑問を感じているのかもしれないが、中途半端な形になっている。 しかし10月9日にはふたたびリンクが現われ、DNDのホームページには新着記事として文章の初めの部分も引用されている。

この記事の中で比嘉氏は、EMが放射能を消すという主張、そのしくみは「波動」であるという主張、またEMを構成する光合成細菌が1200℃でも生きているという主張をしている。農地での対照実験でEMの効果がないという結果になったことを、EMの効果は「波動」で数メートル離れた対照区におよぶから差が出ないのだと言っている。これらは現代科学の常識に反するし、科学的世界認識に革命を起こすような力をもった学説でもないと思う。

== ひとまずのまとめ ==
EMの万能論、放射能対策利用、自然水域への放出が教育の場で推薦されないように注意したい。ゴミ・排水処理、農業利用、洗浄剤などの使いかたのよしあしは、詳しく状況を知らないとわからない。