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第2種の条件つき不安定=CISK

第2種の条件つき不安定」(英語でconditional instability of the second kind、略してCISK)は、台風を含む熱帯低気圧[6月15日の記事参照]ができるしくみの話に出てくる概念で、前に述べた「不安定[5月29日の記事参照]という用語が使われているもうひとつの例だ。

気象学のうちでも気象力学の分野では「不安定」ということばがよく使われる。それは、なんらかの意味で一様な基本場があって、そこに小さな乱れが生じたときに、乱れが増幅するような状況だ。ただし、どんな乱れでも増幅するわけではなく、増幅しやすい乱れの形が決まっていることが多い。乱れの振幅が小さいうちは「線形論」で扱えることが多く、振幅の時間変化が振幅自体に比例する形に書けることが多い。そうすると乱れの振幅は時間とともに指数関数型で増幅または減衰することになる。増幅するならば基本場は不安定、減衰するならば基本場は安定だ。「安定・不安定」という表現は本来は基本場についての形容のはずだが、むしろ、増幅する乱れについて論じるのに使われることが多い。乱れがある程度まで増幅してしまうともはや線形論は定量的には成り立たなくなるのだが、それでも現実に見られる大気の乱れの形は線形論で増幅しやすい形と似ていることが多いのだ。そこで、そのような乱れが「不安定によって生じた」という言いかたをすることが多い。

「不安定」の記事の「密度成層の不安定」のところでことばを示さなかったが、「条件つき不安定」ということばがある。「第2種」と区別すればこれは「第1種の条件つき不安定」だ。これは、成層状態が、水の相変化を含まない対流(乾燥対流)に対しては安定だが、水の相変化を含む対流(湿潤対流)に対しては不安定な状態をさす。ただし、大気中で凝結した水は雨になって落ちることが多い。すると、条件つき不安定成層では、湿潤対流の上りでは凝結が起こるので加速されるが、下りではそれに見合った蒸発が起こらないので加速されない。成層は上昇流に対しては不安定だが下降流に対しては安定ということもできるかもしれない。これでできる対流はローカルなものだ。細かく見れば水平に一様ではなく上昇域と下降域があるわけだが、その(少なくとも、その上昇域の)水平スケールは対流の起きる鉛直スケールと同程度だ。

ローカルな対流が起きてしまえば、成層はローカルな対流に対しては安定になる。ところが、もっと大きな水平スケールの乱れに対して不安定なことがある。

そのうちでとくに、地上で低気圧[4月9日の記事参照]であるような、水平スケールが100 kmの桁の円形の渦を考える。赤道から緯度5度以上離れているとすると、地球の自転に伴うコリオリの力[6月6日の記事参照]がきき、気圧と風の分布はほぼ、いわゆる「傾度風」の関係[6月12日の記事参照]になる。純粋にそうならば風は円運動を続けるだけだが、地表面[3月28日の記事参照]付近では摩擦力も効くので、傾度風よりも少し地上の低気圧の中心に向かって吹きこむ形になる。地表面が暖かい海面ならば、海面から蒸発した水蒸気をたくさん含んだ空気が渦の中心付近に集まることになる。空気の質量保存によって、地表付近で風の収束するところには上昇流があり、上空のどこかの高さで風が発散するような構造がある。上昇流によって持ち上げられた空気は断熱変化によって温度が下がるので[6月6日の記事参照]、やがて水蒸気について飽和し、凝結が起こる。これで上昇流が強化されると、まわりから水蒸気を集める地上の風も強化されることになる。そこで、水平に一様な成層をした基本場(ひとまず、流れはないとしよう)が、ローカルな湿潤対流に対しては安定であっても、このような渦と対流が結合した形の乱れに対しては不安定である(そのような乱れが増幅する)ような状況がありうるのだ。これが「第2種の条件つき不安定」と言われるものだ。これはCharneyとEliassenの1964年の論文によって示された。大山勝通(かつゆき)さんも同じ年に、まったく同じではないが同様なしくみを指摘している。

「台風のできるしくみはCISKだ」という表現が正しいかどうかは、さまざまなプロセスが共存する自然界の現象の何に注目するかによる。台風の構造を準定常的に維持することの説明ならば、微小振幅の乱れが増幅するという不安定論は明らかに不適切で、たとえば温度差から運動エネルギーがつくられるという熱機関的な説明のほうがよいかもしれない。しかし、CISKの理屈を成り立たせているプロセス要素の組み合わせは現実の台風の発生だけでなく維持にとっても重要な役割を果たしている、とは言ってよいと思う。

なお、「wave-CISK」と呼ばれる概念もある。これは、円形の渦ではなく、大気の大規模な力学的波動と湿潤対流とが組み合わさった乱れが増幅することによって基本場が不安定になる状況をさしている。こちらは赤道上でも生じうる。