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乱暴な温暖化対策はまともな温暖化対策をじゃまするかもしれない

地球温暖化に対しては、適応策と、軽減策の両方が必要だと考えられており、わたしもそう思います。「適応策」は、気候が変化することに対する人間社会の損失を小さくしようとするもので、「軽減策」は、気候の変化自体を小さくしようとするものです。

ここで「軽減策」と表現したものは日本では「緩和策」という用語が標準的に使われますが、わたしはこの用語はわかりにくいと思うので意識的に「軽減策」と表現しています。軽減策の主役は、化石燃料の消費をできる限り減らすことであり、それには、エネルギー需要を減らすこと、エネルギー利用の効率をあげること、エネルギー資源の源を再生可能エネルギーに求めること、の3つとも必要だと思います。

これまで「緩和策」として考えられてきたものだけでは期待するほど早く温暖化をくいとめることができないので、もっと強引な方法が提案されることがあります。英語圏でgeo-engineering (ジオエンジニアリング)と呼ばれることが多く、直訳すれば「地球工学」ですが、この用語は他のこと(たとえば鉱山を掘ること)をさすこともあるので、杉山昌広さんはこれを「気候工学」として、「気候工学入門[読書メモ]という本で解説しています。わたしは「気候工学」も気候適応策の工学まで含みうるので、これを「気候改変工学」と表現しておきたいと思います。

気候改変工学として提案されているものは、大気中の二酸化炭素を減らすものと、地球による太陽放射の吸収を減らすことによって温度上昇をおさえるもの(「太陽放射管理」)とに大きく分けられます。

大気中の二酸化炭素を減らす策は、別の機会に論じたいと思いますが、何を「緩和策」とし何をgeo-engineeringとするかの区別はあまり理屈がとおっていません。これまでのIPCC(気候変動のための政府間パネル)や気候変動枠組み条約締約国会議などでのたまたまの議論のいきさつで決まったもののようです。両者をまとめなおしたうえでそのうちの個別の策の得失を考えていく必要があると思います。

以下わたしの用語では「温暖化軽減策」に気候改変工学的な策も含めています。

太陽放射の反射をふやす策を科学的に論じたおそらく最初の人は、ソ連の気候学者Budyko (ブディコ)です。1974年(日本語訳1976年)に出した「気候の変化」という本で、成層圏のエーロゾル(固体・液体の微粒子)をふやす案を出しています。ソ連国内ではもっと前から論じていたようで、ルーシンとフリート(1971年、日本語訳1974年)の「地球を生かす気候改造[読書メモ]という本でも紹介されています。ただし当時Budykoはむしろ自然および化石燃料起源のエーロゾルが太陽光を反射することによる寒冷化を心配しており、化石燃料起源の二酸化炭素による温暖化を今から見れば過小評価していました。しかし人間社会のエネルギー資源利用が指数関数的にふえると予想し(おそらく核融合が普及すると考えたのでしょう)21世紀末ごろには廃熱による温暖化の軽減策が必要になるかもしれないと考えたのでした。しかしBudykoも1980年(日本語版1983年)の本「気候と環境 -- 過去・未来」では二酸化炭素による温暖化を重視するように考えを変えています。

21世紀にはいって、いくつかの気候改変工学の構想が議論されていますが、そのうちいちばん実現可能性の高そうなのは、やはり、成層圏のエーロゾルをふやすものです。これは大きな火山が噴火した際に起きることと同じなので、経験があることに近いのです。想定されている物質は硫酸で、明らかに大気汚染物質、酸性雨の原因物質ですが、想定されている量では地上の人間や生物への害は無視できるという計算があるそうです。しかし、次のような問題が指摘されています。

  • 大気中の二酸化炭素がふえることによる悪影響は、温暖化によるもののほかに、海洋酸性化によるものがあり、太陽光反射ではこれは軽減できない。
  • 太陽光反射で、温室効果強化による温暖化を全球平均・年平均では打ち消すことができたとしても、地理的分布や季節変化が異なるので、地域的・季節的に大きな気候変化が起こることは防げない。
  • 成層圏に入れたエーロゾルは2年くらいで落下してしまう。温暖化軽減の効果を持続させるためには2年以下の間隔でくりかえし注入する必要がある。経費が払えないなどの理由で中断されたら、2年以内に、それまでにふえてしまった二酸化炭素などによる温暖化が表面化する。
  • 太陽光エネルギー利用のさまたげになる。

この最後の件は、強引な温暖化軽減策が本筋の温暖化軽減策をじゃますることになりますので、重要だと思います。

ちょっと気候の科学(そのうちでの大気放射学)に踏みこむ必要があります。地表に達する太陽放射には、太陽から方向性をもった光線として届く「直達日射」と、大気(雲やエーロゾルを含む)による散乱を受けた結果方向がランダムになった「散乱日射」とに分けられます。大気中で硫酸液滴のような白い(太陽光吸収が少ない)エーロゾルがふえると、地表に達する太陽放射全体としては少し減るだけですが、散乱日射がふえ、直達日射は大きく減るのです。

そして、太陽放射利用のうちで、平らな面(斜面でもよい)で受ける方法ならば直達日射も散乱日射も使うことができますが、鏡やレンズを使って光を集めて使おうとする方法[菊池 隆、堀田 善治 (2011)「太陽熱エネルギー革命」の読書メモ]では直達日射でないと活用できません。

アメリカのNOAA(海洋大気庁)の研究部門のMurphy (マーフィー)という人が、1991年のピナツボ火山噴火のとき直達日射がふだんよりも20%くらい少なくなったという観測例を参照して、これは集光型太陽エネルギー利用への影響が無視できないという論文を書いています。

  • Daniel M. Murphy, 2009: Effect of stratospheric aerosols on direct sunlight and implications for concentrating solar power. Environmental Science and Technology (American Chemical Society), 43, 2784-2786. http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/es802206b (本文は購読者以外は有料)。

(ちなみにMurphyさんは、地球温暖化に伴う気候システムのエネルギー収支の各項の数値を具体的に計算した論文の著者でもあります。『化学』(http://www.kagakudojin.co.jp/kagaku/ )の昨年(2010年) 6月号のわたしの解説「地球温暖化の考え方」の最後の部分でふれたものです。)