(古気候モデリングの会議の印象の記事をもとに、今後どんな研究を推進したらよいかの提案づくりに貢献するためのたたき台的な覚え書きに書きかえている。さらに改訂するつもり。)
人間社会は完新世の限られた幅の気候に適応してきた。とくに人口のふえてしまった現代社会は全球規模の気候変化に対して脆弱である。現代社会は、人間活動起源の気候変化要因をなるべく軽減するとともに、気候変化への適応能力を高めていかなければならない。
20世紀後半の全球平均気温の上昇の主要な要因が人間活動起源の大気成分改変である可能性は非常に高い。21世紀にも、人間社会が化石燃料消費を続けるならば、それが温暖化を引き起こす可能性は高く、その大きさは2〜3倍の不確かさはあるが比較的明確な見通し(projection)がある。しかし、太陽や火山などの要因が重要でないという判断は、20世紀後半の温暖化の原因特定に限ったものであって、今後もそうだと決まったわけではない。20世紀になかった規模の太陽変動や火山噴火が起こるかもしれない。また、気候システムがprojectionでよく表現されていないプロセスによって急激に変化する可能性がないわけではない。人間社会が適応するべき対象は、必ずしもprojectionで得られた気候変化ではなく、それに含まれない驚きの気候変化をも含めて考える必要がある。驚きの気候変化については、精密な予測は不可能だが、起こりうる変化の規模をおさえておくことは重要である。さらに、地球環境の複数の要因の変化がどのように連関しておこるかの具体的シナリオをもつことが有用な場合がある。そのような知識を得るためには、過去に起きた気候変化について、証拠に基づく復元推定と、物理法則に基づくモデリングの方法を組み合わせてせまる必要がある。
時間の枠組みとしては、対象をほぼ第四紀(地球の歴史のうちの最近約2百万年)にしぼる。海陸分布が海水準変化を除いて現在とほぼ同じであり、また時間分解能の高い証拠が得られる時期だからである。
ただし、第四紀だけでは、21世紀後半に予想されるような温暖な気候の類似例が不足する。このため、次にのべる優先事項のほかにさらに手を広げられるならば、
- 鮮新世から第四紀への遷移(約3百万年前)
- 異常な温暖期である暁新世・始新世境界高温事件(PETM、約5千5百8十万年前)
- PETMの背景となる暁新世・始新世の平常状態
をも追加するべきかもしれない。
最終氷期極大期(LGM): 気候システムの感度のベンチマーク
最終氷期極大期(約2万1千年前)は1970年代から扱われている対象だが、今後も重点のひとつである。この時期には、大陸氷床の広がりとCO2などの温室効果気体の濃度がよくわかっており、グローバルな気温はほぼこの2つの要因に対する応答として説明可能である。この状態をより正確に知ることによって、気候システムの感度をよりよく評価できる。
完新世: 軌道要素への応答、土地被覆変化、人類史との関連
完新世(最近約1万年間)には、強制作用として地球の軌道要素とくに北半球の夏の日射量の変化、証拠の例としてアフリカのサヘル地域などの花粉や湖の水位などに見られる乾湿の変化が注目されている。植生の変化は気候に対する応答であるとともに原因でもありフィードバックを形成している。また人間活動(農業、牧畜、森林利用)による土地被覆改変の気候への影響も無視できないかもしれない。他方、気候変化は人類の歴史上のできごとに影響を与えている可能性がある。
最近の千年: 太陽と火山の強制作用とそれへの応答の解明
化石燃料消費が拡大した20世紀を除く過去千年間の気候変動は、太陽と火山の強制作用によるものと、気候内部変動が主なものと思われる。人間活動による土地被覆変化も無視できないかもしれない。今後にありうる太陽と火山を原因とする気候変動に備える上で、この時期の事例のモデリングと証拠のつきあわせによって因果関係にせまれる可能性があり、そこまで至らないとしてもシナリオ例を提供できる。
太陽と火山による強制作用の復元推定の不確かさは大きい。したがって、単純にシミュレーション結果を証拠と比べても検証になるとは限らない。
ひとつには、太陽と火山による強制作用の復元推定のうち振幅を最大限に見積もっているものを使い、最近千年の連続シミュレーションを行なって、全球の気候の現実にありそうな変動の幅の上限を示す仕事もある。
もうひとつには、太陽と火山による強制作用に対する気候の応答に関する理解を前進させるための、因果関係のわかりやすい実験を行なうべきだ。太陽放射の紫外線部分の変動に対する応答を扱うためにも、成層圏エーロゾルの太陽放射に対する(散乱に加えて)吸収の働きを扱うためにも、成層圏の力学を現実的に再現できるモデルを使って実験する必要がある。海洋(表層)の応答も重要と思われるので、それぞれの実験の計算は三十年くらいの期間を対象とするべきだろう。
ひとつ前の間氷期: 氷床融解・海面上昇の実態と因果関係
最近(2008年ごろから)、ひとつ前の間氷期(約12万5千年前、Eem期、下末吉期)の気候が、温暖化軽減策の目標設定の話題で材料として使われることがある。たとえば次のような単純化された言説に出会う。「ひとつ前の間氷期は、産業革命前を基準とすれば温暖だったが、その差は2℃以内だった。しかし海水準は5mくらい高かった。もし2℃だけ温暖化した傾向が継続するならば、海水準が5m上がるだろう。これは明らかに世界の人間社会にとって望ましいことではない。したがって2℃の温暖化は危険な気候変化だと考えられる。」
しかし海水準は全球平均地上気温の単純な関数ではないだろう。間氷期の温暖期の気候の特徴は、温室効果強化による全球温暖化の状態よりも、完新世前半の軌道要素強制による北半球温暖化の状態に近いのではないだろうか。両者では両半球間や季節間のコントラストが異なるはずであり、グリーンランドや西南極の気候と全球平均気温との関係も異なるはずである。
軽減策の目標設定のためであれ、適応策の参考シナリオとしてであれ、気候政策を考えるための類似例として使いたいならば、間氷期の氷床融解の過程をもっと精密に知る必要がある。
急激な気候変化: ありうる変化の速さ、生態系の応答
氷期にあったDansgaard-Oeschger振動やHeinrich事件、後氷期の新ドリアス事件と8200年前の事件は、いずれも、大陸氷床の(部分)崩壊か、氷床のとけ水による湖の破壊が関与しているようなので、現在の気候のもとでは同じことは起こらないはずだ。しかしグリーンランドあるいは西南極の氷床の崩壊は起こりうるし、氷が関与しなくて海面の水・熱収支の変化で深層水の沈みこみが抑制される事態はありうるかもしれない。
全く同じ形の現象でなくても、これらの事件のときの海水準や気候や植生の変化の速さを知ることが、気候変化(人間活動起源の地球温暖化の見通しと予想外のシナリオとの両方を含む)への適応のためのヒントとして重要だと思う。適応に関しては、人々は全球規模よりも地域規模の変化の情報を求める。地域規模の変化の復元推定を自信をもってすることはいつもできるわけではないが、可能な場合は有用だろう。
データ総合・地図化の意義
(この部分は今のところ前の記事のくりかえし。)
古気候の研究は、近代的観測機器で実時間に記録されたものではなく、さまざまな種類の証拠から復元推定された現実の気候の証拠を必要とする。過去の証拠から出発する古気候研究者はふつう、ある固定された場所で得た標本を詳しく調べ、特徴的な変数の時系列を提供する。そして、そのデータの期間が近代的機器観測記録の期間と重なりがあるならば、証拠の特徴的変数と近代的気候変数との相関関係を評価し、前者が後者の代理変数となりうると主張する。また彼らは時系列の周期性や、離れた場所での証拠の時系列との同時性を論じることが多い。しかしそのような議論は、それだけにとどまるならば、実証的裏づけが不充分なことが多い。
気候に関するもっとよく組織された知識を得るためには、証拠に基づく知識と、理論的考察やモデリングとを結びつける必要がある。このために、証拠を編纂して地図化することが決定的に重要だ。
理論のほうから出発すれば、全球規模のものを論じるほうが、ローカルなものを論じるよりやさしい。ところが、経験的証拠はふつうローカルなものだ。理論的考察と比較するためには、たくさんのローカルな証拠を組み合わせて全球規模の特徴を推定する必要がある。たとえば、理論的考察によって全球平均気温の「予測」(過去に関するものなので「予」は不適切かもしれないが)が得られたとする。これを検証するために、温度の代理変数と考えられている証拠のそれぞれを温度の数値に変換し、空間的・季節的代表性や代理変数の不確かさも考慮しながら空間的平均操作をする。
温度については、(いつもではないが)多くの気候変化は全球規模で同じ符号であると考えてよいかもしれない。しかし降水量などの水循環に関する変数ではそのようなことはありそうもない。もし気候変化が鉛直運動をも含む大気循環の強化として起きるならば、下降流のところでは乾燥し、上昇流のところでは湿潤化するだろう。変化を理解するためには、その空間的パタンを見る必要がある。
また、空間的コントラストは原因として重要だ。大気の循環でも海洋の循環でも、上昇流と下降流の分布は、温度やそのほかの変数(大気の湿度や海洋の塩分など)の全球平均値よりもその空間的コントラストに大きくよる。このような因果関係を検証するには、温度そのほかの空間分布の証拠が必要だ。