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古気候モデリングの会議の印象

[英語版と基本的に同じ内容だが、どちらもまだ改訂するつもりである。]

先週(6日から10日まで)京都で古気候モデリングに関する研究集会があった。わたしは7日から10日までの会に出席した。

わたしは以前には古気候モデリングを展望したり推進しようとしたりしたが、この10年ほどはその方面で活動しておらず、これから活動する計画もない。今回は主催者の求めによって参加した。

この会合は古気候の全体を扱うものではなく、もっと対象をしぼったものだ。PMIP3 (古気候モデリング相互比較プロジェクト第3期)と呼ばれるプロジェクトのワークショップだった。

方法としては、PMIPはおもに大気海洋結合大循環モデルを使う。それに加えて、生物地球化学サイクル、植生の変化、氷床の力学などのモデルが結合されることもある。他方、現実の多数の年を限られた計算機時間でシミュレートするために、大気の部分を非常に単純化したモデルを使うこともある。

時間の枠組みとしては、PMIPは対象を第四紀(地球の歴史のうちの最近約2百万年)にほぼしぼっているが、いくらか過去への拡張がある。中生代古生代や原生代はこの会合の話題になっていない(そのような時代に関心をもつ出席者もいたようではあるが)。

もっと具体的には、PMIPは次のような、参加者たちのさまざまなモデルに次のような同じ条件を与える協調した数値実験を行ない、 現実の過去の気候の証拠との対応を確かめることを計画している。

  1. 最終氷期極大期 ("LGM", 21000年前) 時間断面
  2. 完新世中期 ("MH", 6000年前) 時間断面
  3. 最近の千年 ("LM", 西暦850年から現在) 時間進行

最初の2つは、PMIPの第1期が始まった1994年からその計画に含まれていた。この2つの気候は(統計的な意味で)定常状態の気候と考えられ、それぞれの状態と現在の気候との差が基本的には境界条件に対する応答であると考えられている。最終氷期極大期の主要条件として大陸氷床の広がりCO2濃度があることはBroccoli and Manabe (1987)によって示されている。完新世中期の主要条件としては、地球の軌道要素、とくに近日点が北半球の夏にあったことがあることは、COHMAP (1988)によって示されている。(軌道要素の現在との違いによる強制作用は1万年前のほうが大きいのだが、その時代には大陸氷床がかなり残っていた。そこで境界条件の現在との違いが単純な6千年前の事例が実験対象として選ばれた。)

3つめの最近千年の実験は、おそらく気候と人間の歴史との関係への関心から発したものと思われるが、今起きている全球温暖化が千年間の変化の文脈のうちでどのくらい異常かという論争でも注目されている。

それに加えて、PMIP3の文脈の中で次のような実験をすることが考えられていた。

  • 急激な気候変化の事件のシミュレーション。氷期の間に起きたもの(Dansgaard-Oeschger振動やHeinrich事件)と氷期のあとの氷床縮小期に起きたもの(新ドリアス事件や8200年前の事件)を含む。
  • 氷床縮小過程 (21000年前から約1万年前まで) 時間進行
  • 完新世 (約1万年前から現在) 時間進行
  • 1つ前の間氷期 ("LIG" あるいはEem期、日本では下末吉期、約12万5千年前) いくつかの時間断面または時間進行
  • 鮮新世中期 (3百万年前) 時間断面
  • 始新世 (これはまだ詳しく指定されていない。参加者のうちには、約5千5百8十万年前の暁新世・始新世境界高温期(PETM)を理解するための実験の結果を示した人もいた。)

参加者の顔ぶれは、学問分科の面では、学際的だった。気象学、海洋学、雪氷学、自然地理学、生態学、地質学、古生物学、地球化学、同位体地球科学、計算科学、データベースマネジメントなどが含まれる。

他方、おもな参加者はすでにお互いによく知っており、科学的課題を共有するグループを形成しているように思われた(同じコミュニティの中の同僚どうしでの競争はあるにちがいないのだが)。

この研究活動の意義として社会への貢献は話題になっていたが、それは気候に関するよりよい科学的知見を得ることによってIPCCに貢献するということにしぼられていたように思われた (わたしが出席しなかった1日めにほかの話題があったかもしれないが)。出席者のうちには、ほかの場では気候研究の社会的意義を論じている人たちもいたが、その人たちもこの場ではプロジェクト実行に集中しているように見えた。そこで、わたしは自分が唯一のよそ者のように感じられたのだが、人間活動起源の地球温暖化に関連する視野からいくつかの意見を述べた。それを次の節にふたたび展開する。

人間活動起源の地球温暖化の視点からのコメント

最近の千年

気候は実際「ホッケースティック型」だったのか? モデルから考えると、過去千年間を想定した、太陽と火山からの強制作用と気候内部変動によって、20世紀後半と同様な全球規模で温暖な気候をつくることができるか?

この問いに対応するためには、たぶんいくつかのグループが気候モデルによる最近千年の時間進行実験をする必要があるだろう。

しかし、太陽と火山による強制作用の大きさは、その不確かさに比べて、あまり大きくない。(先月日本で開かれた太陽活動と気候変動に関するワークショップ[2010-11-18の記事参照]を参考に考えると), 今では(たとえばGray et al. 2010によれば) 太陽の全放射輝度(TSI、いわゆる「太陽定数)のMaunder極小期(17世紀)と現在との差はLean et al. (1995)の復元推定ほど大きくないと考えられている。このLeanほかの復元推定がCMIP3 (いわゆるIPCC第4次報告書向けの実験)の「20世紀の気候再現実験」で使われたものである。

PMIP3の最近千年の実験の強制作用のデータセットはすでに用意されており、それは太陽と火山による強制作用に関する複数の復元推定を含む。モデルの不確かさ、強制作用の不確かさ、古気候の証拠の不確かさをカバーするような多次元のアンサンブルをつくるために、モデルだけでなく強制作用データも複数のものを使って実験することが提起されている。

この提起はもっともだと思うが、時間進行型の実験は計算時間がかかる。そしてもし複数の条件についてそれぞれモデルを動かすことが必要ならば、モデルの空間分解能について妥協する必要があるだろう。

わたしは、複数(少数)のチームが最近千年の時間進行型計算を実行し、それには太陽と火山による強制作用の現実にありそうなもののうち最大規模のものを含め、最近千年の全球の気候の現実にありそうな変動の幅を示すべきだと思う。これは今の人間活動起源のシグナルが出現する背景のノイズレベルを示すようなものである。結果は、知られている強制作用についてありそうな値を与えた実験と、強制作用を与えない実験とで、ノイズレベルには判別できる差があるということになるかもしれないし、ないということになるかもしれない。これはモデラー共同体の義務のようなものだと思うが、ノイズレベルを知ることに本気で取り組む意欲のある少数の科学者にだけ勧められると思う。この部分に古気候モデリングコミュニティ全体の集中した努力をつぎこむべきではない。

しかし、この多くの人には退屈と感じられる実験の検証だけを目的とせずに、この時間スケールの古気候の証拠を全球規模で総合することは、おもしろく、また望ましいことだと思う。

太陽と火山による強制作用に対する気候の応答に関する理解を前進させるには、成層圏の力学を現実的に再現できるモデルが必要だと思う。火山による主要な強制作用が、成層圏にあるエーロゾル(おもに硫酸)が太陽放射を散乱することによることはよく知られているが、このエーロゾルによる吸収で成層圏自体が暖まることの影響もありうる。また、太陽放射のうち紫外線部分の相対的変動は全放射輝度の相対的変動よりもだいぶ大きい。紫外線の変動は成層圏の気温分布を変えることができ、それは力学的な惑星波の伝播に影響を与えることができる。成層圏の力学をよく表現するには高い鉛直分解能を必要とするので、わたしは、千年の時間進行に沿って計算するよりも、理想化した強制作用を与えた因果関係のわかりやすい実験をすることを示唆したい。海洋(表層)の応答も重要と思われるので、それぞれの実験の計算は三十年くらいの期間を対象とするべきだろう。

(なお、太陽の影響に関するもうひとつの示唆である、宇宙線と雲の形成を介した連関は、まだ協調したモデル実験に含めるのに必要なプロセスの定量的な理解ができていないように思われる。)

ひとつ前の間氷期 (LIG)

この項目および次の急激な気候変化の項目のわたしのコメントは、実験設定を変えてほしいという希望ではなく、実験結果を世の中にどのように示してほしいかに関する希望である。

ひとつ前の間氷期の気候が、温室効果の強化によって起こる見こみである温暖化した気候と、どのように似ていてどのように違うのかを明示することが大事だと思う。わたしはときどき次のような単純化されすぎた言説に出会う。
「ひとつ前の間氷期は、産業革命前を基準とすれば温暖だったが、その差は2℃以内だった。しかし海水準は5mくらい高かった。もし2℃だけ温暖化した傾向が継続するならば、海水準が5m上がるだろう。これは明らかに世界の人間社会にとって望ましいことではない。したがって2℃の温暖化は危険な気候変化だと考えられる。」
わたしは海水準は全球平均地上気温の単純な関数ではないと思う。わたしは、(地球の軌道要素が重要な要因だったと思われる)ひとつ前の間氷期と、温室効果の強化による温暖化気候とでは、両半球間や季節間のコントラストが異なるはずだと思う。
ひとつ前の間氷期を気候政策を考えるための類似例として使いたいならば、その状況をもっと精密に知る必要がある。

急激な気候変化、とくに新ドリアス事件と8200年前の事件

知られている急激な気候変化の事件は、いずれも、大陸氷床の(部分)崩壊か、氷床のとけ水による湖の破壊が関与しているようなので、現在の気候のもとでは同じことは起こらないはずだ。(しかしグリーンランドあるいは西南極の氷床の崩壊は起こりうるので、過去と現在の状況の共通点と違った点を知る必要がある。)

しかし、同じ形の現象でなくても、これらの事件のときの海水準や気候や植生の変化の速さを知ることが、気候変化(人間活動起源の地球温暖化の見通しと予想外のシナリオとの両方を含む)への適応のためのヒントとして重要だと思う。適応に関しては、人々は全球規模よりも地域規模の変化の情報を求める。地域規模の変化の復元推定を自信をもってすることはいつもできるわけではないが、可能な場合は有用だろう。

データ総合・地図化の意義

(この節に書いたのはわたしがなん十年も前から考えていることだが、今回の会議に出席して考えが強まった。会議の出席者の多くはこのことをすでに認識しているはずだが、より広い範囲の人々に向けて強調しておく必要があると感じた。)

古気候の研究は、近代的観測機器で実時間に記録されたものではなく、さまざまな種類の証拠から復元推定された現実の気候の証拠を必要とする。

過去の証拠から出発する古気候研究者はふつう、ある固定された場所で得た標本を詳しく調べ、特徴的な変数の時系列を提供する。そして、そのデータの期間が近代的機器観測記録の期間と重なりがあるならば、証拠の特徴的変数と近代的気候変数との相関関係を評価し、前者が後者の代理変数となりうると主張する。また彼らは時系列の周期性や、離れた場所での証拠の時系列との同時性を論じることが多い。しかしそのような議論は、それだけにとどまるならば、実証的裏づけが不充分なことが多い。

気候に関するもっとよく組織された知識を得るためには、証拠に基づく知識と、理論的考察やモデリングとを結びつける必要がある。このために、証拠を編纂して地図化することが決定的に重要だ。

理論のほうから出発すれば、全球規模のものを論じるほうが、ローカルなものを論じるよりやさしい。ところが、経験的証拠はふつうローカルなものだ。理論的考察と比較するためには、たくさんのローカルな証拠を組み合わせて全球規模の特徴を推定する必要がある。たとえば、理論的考察によって全球平均気温の「予測」(過去に関するものなので「予」は不適切かもしれないが)が得られたとする。これを検証するために、温度の代理変数と考えられている証拠のそれぞれを温度の数値に変換し、空間的・季節的代表性や代理変数の不確かさも考慮しながら空間的平均操作をする。

温度については、(いつもではないが)多くの気候変化は全球規模で同じ符号であると考えてよいかもしれない。しかし降水量などの水循環に関する変数ではそのようなことはありそうもない。もし気候変化が鉛直運動をも含む大気循環の強化として起きるならば、下降流のところでは乾燥し、上昇流のところでは湿潤化するだろう。変化を理解するためには、その空間的パタンを見る必要がある。

また、空間的コントラストは原因として重要だ。大気の循環でも海洋の循環でも、上昇流と下降流の分布は、温度やそのほかの変数(大気の湿度や海洋の塩分など)の全球平均値よりもその空間的コントラストに大きくよる。このような因果関係を検証するには、温度そのほかの空間分布の証拠が必要だ。

参考文献

  • A.J. Broccoli and S. Manabe, 1987: The influence of continental ice, atmospheric CO2, and land albedo on the climate of the last glacial maximum. Climate Dynamics, 1, 87 - 99.
  • COHMAP members, 1988: Climatic changes of the last 18,000 years: Observations and model simulations. Science, 241, 1043 - 1052.
  • L.J. Gray, J. Beer, M. Geller, J.D. Haigh, M. Lookwood, K. Matthes, U. Cubasch, D. Fleitmann, G. Harrison, L. Hood, J. Luterbacher, G.A. Meehl, D. Shindell, B. van Geel and W. White, 2010: Solar influence on climate. Reviews of Geophysics, 48, RG4001, doi:10.1029/2009RG000282, 58 pp.
  • J. Lean, J. Beer and R. Bradley, 1995: Reconstruction of solar irradiance since 1610: Implications for climate change. Geophysical Research Letters, 22, 3195 - 3198.